ぬいぐるみはなぜ殺される

松丘 凪沙

第1話

 アイドルである関口麗奈の死因は刃渡り10センチもあるアーミーナイフで喉を切り裂いた事による失血死だった。


 死んだ関口は三人組病みカワ系アイドルグループ「スーサイドスクエア」のリストカット担当でイメージカラーは赤、両腕にあるまるで横断歩道のような縞模様の自傷痕から「シマウマ」の愛称でファンからは愛されていた。

 関口は最近悪質なストーカー被害に悩まされており、ライブ中のトークでもたびたび「死にたい」などと漏らしていたという。


 心配した事務所側が関口の自宅マンションから包丁やカッターなどの類を没収した上で、仕事のない日も含めて毎日様子を見に訪れていたのだが、午後からのライブを控えたこの3月13日、朝早く迎えに来たマネージャーの川上大輝が携帯に連絡するも、いつまでたっても下へ降りてくるどころか既読すら付かない事を不審に思い合鍵を使い寝室の扉を開けたところで死体を発見した。


 死体はベッドの上で両手でナイフを握った状態で横たわっていた。布団が掛かった状態で首が切られたため、周りには全くと云っていいほど血液が飛び散ってはいなかった。死体の傍らにはズタズタに切り裂かれた血塗れの熊のぬいぐるみが置かれており、その中には破壊された小型の盗聴器が仕込まれていた。また死体からは睡眠薬が検出されたという。


 ストーカー被害や現場の状況などから警察の所見としては、精神を病んでいた被害者がファンからの贈り物であるぬいぐるみの中に盗聴器を見つけ、ファンに裏切られたと感じたことにより衝動的にぬいぐるみを切り裂いた後自殺を図ったとして結論づけられるところだったのだが、それに待ったをかけたのが同じグループのオーバードーズ担当、増田みゆきである。


 あの子があんな方法で自殺をするわけがない、これは殺人だと主張し始めたのだ。


 増田の主張は、「あの子が自殺するなら絶対に風呂場で手首を切って死ぬはず、頸動脈を切って死ぬなんて本人のプライドが許さない。これではオーバードーズで死ぬためにフルニトラゼパムを飲むようなものだ、自分なら絶対にそんな事はしない」というものだった。

 そのあたりの拘りについてはよく分からないが、確かに自殺、他殺のどちらにせよ凶器であるナイフの入手経路については疑問が残るのも事実だ。


 被害者のここ最近の行動や通販での購入履歴なども調べたが、刃物を没収されて以降彼女がナイフを入手する機会はなかったと見て間違いない。


 また、それと前後して事務所からファンからの贈り物を詰めた段ボールが運び込まれた。どうやら切り裂かれた熊のぬいぐるみもこの時持ち込まれたようだ。もちろん危険物の類が入っていないかは事務所側で事前にチェックしていた。他殺だとしてもこのナイフはいったいどこから持ち込まれたのか。

 凶器の件はひとまず置いておいて、死体から検出された睡眠薬が普段から増田の持ち歩いている物で、関係者であればいつでも盗める状況だった事から容疑者は同じグループの増田とマネージャーの川上の二人に絞られた。


 因みにもう一人のグループメンバーである首吊り担当の久川は死亡推定時刻の午後9時よりも前から動画サイトで「投げ銭1万円につき1秒間首を吊る」という生配信を行っており、視聴者のコメントに対する返事もしていたため早々にアリバイが成立し容疑者から外された。


 他殺だと仮定するのであれば先述の通り増田が他殺説を主張した事を考えると犯人は川上でほぼ間違いない。事実、死亡推定時刻の前後にマンションに出入りする川上の姿が入口エントランスに設置された監視カメラに映っていた。しかし、その映像の中の川上は手ぶらのワイシャツ姿で、大ぶりのナイフを隠し持つ事ができるようには見えなかった。


 被害者、関口麗奈の死は自殺なのか他殺なのか。

 そして、凶器のナイフはどのようにして現場に持ち込まれたのか。




 

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