【超短編】俺たちの戦いはこれからだ

茄子色ミヤビ

【超短編】俺たちの戦いはこれからだ

「平野さん!変身時に激痛が走ると聞きましたが、それは事実ですか?!」


 平野チカラは改造人間である。

 

 元々は格闘技の世界王者だったが、世界征服を企む悪の組織に誘拐され、その優れた肉体は悪の尖兵として改造されてしまったのだ。

 しかし同じく組織に誘拐され、改造手術に協力させられていたゲンゾウ博士は、平野に脳改造手術が施される直前、彼と共に組織を脱走することに成功。追ってきた戦闘員によってゲンゾウ博士は無残な結末を迎えてしまったが、平野はその正義の意思を引き継いだ。 

 改造された身体はあらゆる昆虫の能力を使用でき、平野はその戦闘局面に合せた形態に変身し今日も戦っている。


 しかし、その代償がないわけではない。


 怒りの感情に支配された時のみ変身可能な『最終闘争形態』

 その形態は一時的な変身ではなく、二度と戻らない「変質」が生じてしまうのだ。

 事実、数々の激戦を繰り返してきた彼の肘から先は異様なものだった。


 カブトムシのように光沢のある黒。

 カミキリムシのような白い斑点。

 そして5本の指はそれぞれカマキリのカマのように尖っていた。


 そして平野は昔からの常連であるコーヒー店のカウンターで、その異形の右手を器用に使いマスター特製のコーヒーを本日も飲んでいる。


 冷静に見える彼は、内心戸惑っていた。


 確かに記者からの指摘通り変身のとき鋭い痛みが走っていた。

 しかし、それは以前の話だ。

 変身時の隠そうとしても隠せなかった苦悶の表情も、ここ半年は出ていないはずなのに何故そんな事を聞かれるのかと。


 また、この奇怪な右腕は驚くほど馴染み、自在に動かすことができた。

 もちろん完全に変質してからは痛みもなく、元々腕がそういう形であったと思えるほどスムーズに動く。

 それどころか以前は怪我をする度に入退院を繰り返していたが、最近ではどんな重傷も1時間以内に完治してしまうほどだ。


 悪の組織が自分に行ったことや、今も続ける人類に対する行為は決して許すことは出来ないが、人類を守るヒーローに成れたことには内心喜んでいた。もちろん自分の身体に怒るであろう先々のことに不安は感じながらも。


『私は強い。だから人より少し守れる範囲が広い。私は私の守れる範囲を守る。だからこれを見ている君たちも、自分の手の届く範囲を全力で守ってくれ』


 平野は自身が出演するそのCMが流れ終わったとき、ようやくイタズラ好きのマスターの手からリモコン奪うことに成功し電源を切った。

「頼まれたとはいえ…出るんじゃなかった。恥ずかしい」


 それから3年の時が流れた。


平野の身体は、片目と顎部、背中下部、両脚が既に変質してしまったが、3年前と同じく全く不調など感じなかった。


 それどころか昨日は幹部クラス30人を同時に相手して瞬殺してしまったほどだ。もちろん無傷で。


 ただその異様な姿のためマフラーは手放せず、襟が口元まであるロングコートが最近の彼のトレードマークになっていた。


 しかし彼を取り囲む状況は一変していた。


 なんと世界中の力なき人々が遂に立ち上がったのだ。


 怪人を見つけるや否や手近にある石を持ってでも戦うことを決意したのだ。



「どんなインタビューにも『問題ない』と答える彼の発言を信じているのか?」

「傷だらけで戦う彼を見て何も思わないのか?」

「彼は背中で勇気を語り、戦う姿で平和を唱えている」


 サラリーマンの集団が手に持つ傘で蝙蝠怪人を仕留め、平凡な主婦が蟋蟀怪人を軽自動車で轢き殺し、海外では教室に入ってきたモグラ怪人を教師が銃殺したなどというニュースが連日流れた。


 しかしその裏で、老人がクワで怪人に戦いを挑み無残に殺され、幼い子供がさらに幼い妹を守るため怪人に挑み死体も残らないといったことも多発していた。


 しかし『THE GOOD WAR HIRANO』を掲げた世界中の人々の熱狂は止まらない。


 一方で世界征服を企む悪の組織も、単純に向かってくる人数とその士気の高さに焦り、自分たちでも制御の効かない未調整の怪人を世に放つことに躊躇しなくなり、この戦いはさらに激化した。


 そんな現状を見かねた口下手な平野は、その自分の性格を押してまでも、積極的にテレビに出て発言するようになった。


「本当に大丈夫です」

「前よりむしろ身体の調子は良いくらいです」

「怪人が出たらすぐに逃げて専用ダイヤルに通報してください」


 と、例のコートとマフラー姿で訴えるも、世界の人々はその言葉を逆の意味で受け取り、さらに盛り上がり各地の怪人へと石を投げた。


 平野は今日も世界中の人から振り込まれた謝礼金を引き出し、いつもの店でコーヒー頼んだ。


 そしてどのチャンネルからも流れてくる例の自分の声を聞いてため息をつくのだった。

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