思い出に生かされている話

草乃

思い出に生かされている話

 それは、彼の屋敷の納戸にしまわれていた。

 今の彼に似つかわしくない、クマを模して手作りされたもののようだった。確か義母はこういうものは苦手だと言ってなかっただろうか、それなら、義姉の誰かだろうか。私が縫い物を得意としていると話したとき、皆に感心された記憶もあるので、聞かなければ特定は出来なさそうだ。


 出会ったあの頃の彼を思うと、もうぬいぐるみなど持ち歩きはしなかっただろうけれど、きっとそれよりも以前もう少し幼い頃はこういったものを抱きしめたり連れ歩いていたのだろうと、考えるだけで愛しさが溢れてくる。きっと、さぞやかわいかったにちがいない。


 彼、とは言うが、この屋敷の主人であり、私の夫でもある。

 結婚の後、彼は私を避けている。朝も挨拶くらいで支度は一人でしているし、帰りもわざと遅くしている。そうでなくともともに過ごすのは食事の時くらいで、それ以外は部屋に籠もって出てきもしないのに。


 当然だ、彼は長年想っている人がいた様子でけれどその人を見付けられないから、たまたま話の上がった私と結婚することになったのだ。

 彼の親、ほんとのところを言えば彼の祖父になるが、私の父が務めていた職場の上司にあたった。


 その縁で、幼い頃に数度、この屋敷にもお邪魔して彼とも顔を合わせていたのだけれど、彼の記憶にはないようで、この縁談が持ち上がった際にそわついたのは私だけで、彼からはずっと恨まれている。

 近ごろは記憶の中の幼い彼にまで避けられる夢を見て夜に中々寝付けないようになってしまった。


 彼がいない間に、屋敷を掃除して回るのが日課になっていて、ようやく納戸に来られた、というのが正しい。といっても久しく開いていなかったようで、鍵は錆がついていたし開くのに難儀した。

 中に入ると明かりを入れる窓から差し込んだ光に、もうもうと埃が漂っているのが見えた。

 これは掃除のしがいがある。中身を検めるのは彼に確かめてからにしよう、そう決めて乗っている埃を落とそうと端から手を付けたところで長持のうえにちょこんといたぬいぐるみが目に入ったのだ。


 手に取り埃を払う。薄汚れたそれは大事にだいじにされていたのだなと継接ぎからもうかがえた。

 私も、大事にしてもらえたらどれだけ幸せだっただろうかと、埃がちらちら舞う中で、幼い頃の思い出の中だけの彼に縋りながら、そんなことは絶対に起こらない今を想った。

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