縫いぐるみ神社
純川梨音
縫いぐるみ神社
俺は神社の石段を足早に登りながらお供えする祭壇を目指す。右手に縫いぐるみなんか持って。
俺が訪れた、この神社は珍しくも、願いを縫いぐるみにしてお供えするという神社だそうだ。
しかし、俺はここへ願いを叶えてもらうために来たのではない。願いをキャンセルするために来たのである。
幸い、まだ願いは成就していない。間に合うはずだ。アイツがこの神社に、俺の制作映画受賞の願掛けをしに行ったと聞いたときには焦った。
それで俺が賞を獲ったとしても、それは俺の実力ということにはならないではないか。
俺は自分の実力を証明するために制作してきたのだ。最後にそんなケチをつけられてはたまらない。
そんなわけで受賞作品発表日の前に、俺はこの神社へ急いだ。石段の下で厄除けのヘビの縫いぐるみが売っていたからちょうどよかった。
厄となるものと隣合わせにしてお供えすると、ヘビが丸呑みしてくれるとのことで、下手に願掛けをされたものに手を出すのは何だか怖いし、俺にとっての厄である願いの隣に俺の縫いぐるみを置けば丸呑みして帳消しにしてくれるだろう。
と、石段を登りきった俺は息をのむ。
ヘビの縫いぐるみだらけだ。どういうことだ。
近くで見ると、ヘビの縫いぐるみの横にある多くは、「〇〇ガン」と刺繍された黒い縫いぐるみだ。
アイツの話を聞いてすぐに飛び出してきてしまったことが悔やまれる。
ここは厄除け祈願の神社だったのだ。
普通、縁起のいいことをお願いする時に厄除けの願掛けはしない。
アイツの周りの空気を読まない才能はピカイチだと知っていたはずなのに。探してみるとアイツの作ったぬいぐるみはすぐに見つかった。
ご丁寧に、ビデオカメラが真っ二つになったフェルト絵の真ん中に「映画賞落選!」と刺繍されてあり、これも手作りしたらしい、ビデオカメラに巻き付いて丸呑みせんとするヘビのぬいぐるみがあった。
仕方なく俺は、アイツのヘビの横に俺のヘビを置いて神社を後にした。
後日、俺の作品が受賞したことがわかった。
果たしてこれは願いがキャンセルされた上での結果なのだろうか。複雑な気分だ。
縫いぐるみ神社 純川梨音 @Sumikawa_Rion
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