第77話 : ケジメ
八月十四日、世間では旧盆の休みを取っている人が多い。
俺の会社もこの時期は半分も出社していなかった。
実家に行けば今頃は姉夫婦が子連れで帰省しているはずだ。
俺も一昨日、お袋から「姉ちゃんと顔を合わせなくていいのか」と言われていた。いずれは碧や柔先輩を引き合わせたいが、今日はどうしても来たいところがあったので、そちらを優先した。姉ちゃん、ごめん。
「ここよ」
そこにあったのは『矢口家』と小さく刻まれた墓石だ。
壁型のもので、墓誌が裏に刻まれているスタイル。どこか洒落た現代風のお墓だ。脇には建立者として「矢口凌雅」の名前が彫ってある。そこにある時期から恐らく父親が亡くなったあとに建てたものなのだろう。
「春のお彼岸以来ね。本当は月命日ごとに来るべきなのでしょうけど……ごめんなさい」
そう言いながら碧は持参した雑巾で丁寧に掃除をしている。
ここは市内の中心に近いお寺の墓地だ。今の家から歩いて十五分くらいの距離のところにズラリと墓石が並んでいる。
その片隅に凌雅さんが眠るお墓があった。
「お父さん、久しぶりです」
柔先輩が花束を挿している。トルコギキョウとリンドウ、それにピンクのスプレー菊と黄色いスカシユリを入れた明るい感じの仏花だ。
線香の香りが鼻をくすぐり、どこか気を引き締めさせる。
遅めの迎え盆だが、仏様が俺達に何かを伝えているようなむずがゆさも感じられる。
「ゲン君も」
「うん」
碧親子が線香を献げた後、俺が線香入れに何本かを寝かせて置く。暑いので腕に汗をかいているのだが、そこに纏わり付くように煙が流れてくる。
「後輩君はお父さんに煙たがられているのかな」
柔先輩が悪戯っぽく笑う。
「柔、そう言うことは」
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「俺は構わないさ。俺としてはお父さんがどんな人物か自分で確かめたかったんだろうと思っているし」
「そうしておいて頂戴」
「後輩君は悪い人じゃないって私からお父さんに言っておくよ」
そんなやり取りをしながら凌雅さんの墓参りを済ませた。
俺としては懸案事項を一つ片付けた訳で、碧親子にとっては一つのケジメをつけたと言うことになるのだろう。
家に戻ればなぜか春満がいた。
人の部屋に無断で入るな。大体お前は自分の所の墓参りは良いのかと言いかけてハタと気付いた。一力の所は東京式、つまり七月に盆の行事を済ませるのだ。ということはコイツはお盆の墓参りに行っていない訳だ。ご先祖様がバチを当てるぞ。
「お帰りなさい。今日は私が夕食を作ったの」
「「「えっ」」」
「何よ! みんなして驚くほどのことでもないでしょ」
いや、驚くよ。あらゆる家事全滅の貴女が作る料理って無茶苦茶恐いんだけど。
「ぼやぼやしていないで座って。それと文句があるなら食べてから言って頂戴」
その自信はどこから来るんだ。怖さが倍増するぞ。
まあ、そこまで言うからにはまともな物を食べさせてもらえるかも──太陽が西から昇るくらいの確率だとは思うが──淡い期待をしながら食卓に向かえばそこには丸い形をした物が。
「春満さん、これホットケーキですよね」
「碧ちゃん、そこ、確認するところなの」
「ごめんなさい……」
「はる……お姉さんが日頃どうしているか考えてみれば碧に非がないことはわかるだろ」
「いつになったら素直にお姉さんと呼べるの? 昨日までの私と今日の私は違うんだからね」
う~ん、ここまで言われると……三人で顔を見合わせながら恐る恐るナイフを入れてみる。
一応きちんと焼けているみたいだ。今までならドロリと液体が垂れてくるか、カチカチの岩みたいな物体になりナイフが通らなくても不思議はないはずだが、ひょっとして奇跡が起きたのだろうか。
恐る恐る口に運んでみる……
「!」
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