捨て子のエイプリルと、忘れられたぬいぐるみの王子さま

石河 翠

第1話

 ある冬の午後のことです。


 エイプリルは、広場のベンチで薄汚れたくまのぬいぐるみを見つけました。誰かの忘れ物でしょうか。周囲には寒空の中、ほっぺたを真っ赤にしながら走り回っている子どもたちがたくさんいます。あの中の誰かが、遊ぶのに邪魔だからとベンチに置いているだけかもしれません。だから、エイプリルはみんなが帰るのを待つことにしました。


 静かにじっとしていれば、機嫌の悪い大人に怒鳴られることもありません。意地悪な子どもに冷やかされることもありません。まるでここにはいないかのように、できるだけ気配を消しておく。それは取り柄のないエイプリルの、唯一得意なことなのでした。


 夜になりました。近所の家々からは暖かな光と美味しそうな匂いがあふれてきます。それに導かれるように、子どもたちはひとり、またひとりといなくなっていきました。そしてとうとう誰もいなくなった時、くまのぬいぐるみはやっぱりベンチの上に置かれたままだったのです。


「今からあんたは、あたしのものよ」


 むんずとエイプリルはぬいぐるみを拾い上げます。ふかふかで柔らかい毛皮は、エイプリルのあかぎれだらけの小さな手に優しく馴染みました。どことなくべとついたくまは、優しくて甘い匂いがします。きっと元のおうちでは、大層可愛がられていたのでしょう。


「あたしがあんたのことを大事にしてあげるわ。さあ、うちに帰らなくちゃ」


 エイプリルはくまに頬擦りしました。


 少女には、家族がいません。気がついたときには、町外れの廃屋にひとりで住んでいました。キャベツの中から赤ん坊が生まれるのは絵本の中だけですので、おそらく実の母によって捨てられたのでしょう。


 いくら慣れているとは言え、ひとりは寂しいものです。寒さが厳しくなる冬になればなおのこと。でもこれからはふたり暮らし。楽しい毎日になるとエイプリルがうきうきしたそのときです。


「おい、お前。馴れ馴れしいぞ」


 腕の中のぬいぐるみが、じたばたと暴れだしました。ぐいぐい抱きしめられているのがお気に召さなかったのでしょうか。ぴょんと飛び出すと、偉そうにベンチの上で腕を組みました。


「まったく、出迎えが遅いではないか。あんな寒空の下に僕を放置するなんて。僕を誰だと思っている」

「あんたは誰かの忘れ物のくまのぬいぐるみよ。そして、今日からあたしのものになるの。だから、ちゃんとあたしの言うことをききなさい」


 突然ぬいぐるみがしゃべり出しても、エイプリルは驚いたりなんかしません。世の中には信じられないことがたびたび転がっているのだと、花屋のお姉さんが話していました。それにエイプリルは知っているのです。世の中、舐められたらおしまいだということを。ここはどちらが上なのか、はっきりさせてやらなくてはいけません。


「うるさい、僕は王子さまだぞ」

「はいはい、王子さまの持ち物だったのね。でも今は、ひとりぼっちじゃない」

「不敬だな。僕が城に帰れば、お前は鞭打ちだぞ」

「自分は忘れ物のぬいぐるみじゃないと言うのなら、お城に帰ってみたら? 王子さまは他にもいっぱいぬいぐるみを持っていて、もうあんたのことなんて忘れちゃってると思うけど」

「お前に僕の気持ちがわかるもんか!」

「あたしに拾われなきゃ、あんたは犬っころに噛みちぎられるか、煮炊きの火付けに使われておしまいよ」


 ふたりして言い争っているうちに、くまはすってんころりんとベンチの下に転がり落ちました。ベンチの下には、しばらく前にできた水たまり。あまりきれいとは言えない水の中で、しょんぼりと下を向いています。


「どうしてこんなことに……」


 しゃくりあげたところで、ぬいぐるみの目からは涙ひとつこぼれません。ぽたぽたとしたたりおちるのは、毛に染み込んだ泥水だけ。


 大切にされていたはずなのに捨てられてしまったぬいぐるみと、大切にされた記憶なんてないみなしご。一体どちらが不幸せなのでしょう。それでも、この生意気なくまと一緒にいれば、おしゃべりの相手に困らないことだけは確かなようです。


「こんなところで喧嘩して馬鹿みたい。あたしの言うことをきくなら、洗って綺麗にしてあげるわ」

「クッキーが食べたい」

「もしも手に入れられたら、半分こしてあげる」

「仕方がない。お前を僕の世話係にしてやろう」

「なんて偉そうなくまなのかしら」

「僕の名前はくまじゃない。バーナードだ」

「はいはい、バーナード。お願いしますって言うのは、あんたのほうよ」

「……お願いします」

「よくできました」


 そういうわけで、エイプリルはこの自称王子さまなぬいぐるみと暮らすことになったのです。



 ***



 エイプリルはバーナードを連れて、廃屋まで戻ってきました。もちろんぬいぐるみを洗うのに使うのはお水です。マッチはとても貴重なものですし、暖炉もない廃屋で火を使って火事でも起こしてしまったら大変なことになってしまいますからね。


「嫌だ、助けてくれ! どうして冷たい水になんか浸けるんだ!」

「だってあんた汚いもの」

「風呂を用意しろ」

「馬鹿ね、お風呂なんてこんなところにあるわけないじゃない」


 エイプリルはため息をつきました。当然のようにお風呂に入ることができると思っていたなんて、バーナードの持ち主はやっぱりお金持ちだったのでしょう。ぬいぐるみが自分のことを王子さまだと勘違いするのも無理はありません。


「変な巾着袋で僕をこするな」

「ムクロジの実が入っているの。直接こすったら、粉々の皮まみれになるわよ」

「風呂に入るなら、石鹸だろう!」

「いいからもう黙って」

「ぐええええええ」


 洗い終わったエイプリルは、問答無用でバーナードをぎゅうぎゅうと絞り上げていきます。余分なタオルなんてないので、仕方がありません。今まで高貴な子どものように大事にされていたらしいぬいぐるみは、すっかりしょぼくれてしまいました。


「あんまりだ」

「ちゃんと絞らないと、乾く前に中の綿にカビが生えるわ」

「僕は人間だからカビなんて生えない」

「明日は雪が降るから、カビが生える前に凍ってるかもね」

「酷い。僕は王子さまなのに……」


 相手をするのが面倒になってきたエイプリルは、さっさと物干しロープにバーナードを吊るしました。そして減らず口ばかりのバーナードに尋ねます。


「じゃあどうして、ぬいぐるみに変えられたの」

「どうした、急に」

「あんた王子さまなんでしょう」

「そうだ、王家お抱えの魔女が僕をこんな姿にしたんだ」

「いくら魔女でも、いきなり理由もなしに誰かを呪いやしないわ。あんた、何をやらかしたの」


 エイプリルは魔女が出てくる物語をたくさん知っています。畑の野菜ラプンツェルを勝手に食べられて怒った魔女もいれば、祝宴に招待されなくて怒った魔女もいます。魔女が怒る理由はちゃんとあるのです。若干心が狭いような気もしないではないですが。


「……授業をさぼった、それだけだ」

「ふーん?」

「算数なんかできなくても、問題ないだろう!」

「そうかしら」

「古臭い歴史を知らなくても、困りはしない」

「なるほど」

「語学だって、もっと上手なひとが通訳すればいい」

「うんうん」

「ちょっと綴りを間違えたくらいで、どうして怒られる」


 エイプリルは、頭が痛くなりました。


「バーナードがただのくまのぬいぐるみなら、お勉強は必要ないだろうけど。王子さまだっていうのなら、ちゃんとしたほうがよかったわね」

「なんだと?」

「計算ができないとお釣りをごまかされるわ。読み書きができないとパン屋のおじさんみたいに店を盗られちゃう。言葉がわからなかったら、違う国のひとと喧嘩になるわ。それがいつか大きな争いになるかもね」

「……だから、ぬいぐるみに変えられたのか。こんな愚かな王子は要らないから、どこかに捨ててしまえと?」

「さあ、あたしにはわからないわ。でも、惜しいことをしたわね。あんたの代わりに勉強したい人間はきっといっぱいいたんでしょうよ」


 エイプリルの言葉に、バーナードは物干しロープに吊るされたままうなだれるのでした。



 ***



 それからバーナードが反省したかというと、残念ながらそうでもありません。朝起きてから夜眠るまで、お城の生活を恋しがってばかりです。


「子どもはたくさん眠るのが仕事なのに」

「でも起きないと、ごはんがなくなるわ」

「ごはんは普通、ごみ捨て場から漁らない」

「だから早く起きるのよ」


 今日の戦利品は、しなびたりんごと少しだけ硬くなったミートパイでした。エイプリルのことを邪魔者扱いしないひとが、昨日の残り物を分けてくれたのです。表立って優しくしてはくれませんが、これだけでも十分に親切なひとだとエイプリルはわかっています。


「……美味しくない」

「いらないなら、あたしにちょうだい」

「お城では朝からアイスクリームだって食べられた」


 お城のごはんというものは、どういうものでしょうか。大通りのレストランのような良い匂いのするごはんが毎日出てくるのでしょうか。思わずよだれを垂らすエイプリルの隣で、バーナードは天井を見上げました。


「クッキーが食べたい」

「そんな高級なもの、食べられると思ってるの?」

「最初の日に約束したじゃないか」

「あたしは、手に入ったらって言ったわよ」


 エイプリルだって、食べられるものなら食べたいのです。ずっと昔に食べたことのあるクッキーは、甘くってほろほろしていて、とっても優しい味がしました。


「エイプリルは、どうして孤児院に行かないんだ。この国では、親のいない子どもが不自由しないために孤児院があるだろう」


 バーナードの言葉に、エイプリルが呆れたように鼻を鳴らしました。


「親のいない子ども全員が、孤児院に入れると思っているの?」

「そのための孤児院だろう?」

「慈善事業じゃないのよ。引き取り手が見つかりそうにない子どもは、入れてもらえないの」

「孤児院は、慈善事業だぞ」

「それは偉いひとの頭の中の話よ。あたしなんて、育てる意味がないって言われたわ」


 エイプリルだって馬鹿ではありません。孤児院で暮らしたほうが、今よりもましな生活ができるとわかっています。けれどエイプリルはせっかく入れた孤児院から、すぐに出ていく羽目になりました。


「なんで追い出されたの?」

「他のみんなと何か違うから、浮いちゃうんだって。ちゃんとお手伝いもしたし、勉強だって頑張ったのに」


 勉強嫌いのバーナードと、勉強さえさせてもらえなかったエイプリル。それぞれの身の上を比べて、エイプリルは胸がちくちくします。誰の邪魔にもならないように、うんと静かにすることを覚えたのはそれからです。


「バーナードはさ、あたしと違って帰る場所があるんでしょ。だったら、魔女に謝ればいいんじゃない?」

「嫌だよ。どうせ謝ったところで、僕のことなんてもうみんな覚えてやしないんだ」


 謝っても死ぬことなんてないのに。エイプリルは頑固なバーナードを見て、小さくため息をつきました。



 ***



 今日も今日とて、エイプリルはバーナードとゴミを漁ります。といっても、バーナードはエイプリルの持つかばんの中に入っているだけなのですが。


 その途中、バーナードは大きな通り沿いでお菓子屋さんを見つけました。甘くってお腹が空くようないい匂いが、通りの端っこまで漂ってきます。


「エイプリル、クッキーだ!」

「そうね。いつかお腹いっぱい食べてみたいわ」

「ねだったら、1枚くらいくれないのか?」

「そんなことをしたら、水をぶっかけられるわよ」


 バーナードには、エイプリルの言葉が理解できません。お父さんである王さまと一緒に町へ出かけたこともありますが、どんなひとも喜んで店のものをバーナードに差し出してきました。欲しいと店先を指差したなら、みんなが嬉しがったくらいです。


 エイプリルが言うほど、みんなは意地悪ではないのではないでしょうか。そう思ったバーナードは、勝手にエイプリルから離れて、お店のクッキーをひとつだけくすねてきました。そうしてまたこそこそと、かばんの中まで戻ってきたときです。


「泥棒!」


 お菓子屋さんのおかみさんが叫びました。バーナードは大慌てでかばんの底に隠れます。すごい勢いで走ってきたおかみさんに腕を掴まれたエイプリルは、びっくりしてしまいました。


「あたし、何にも盗っちゃいないわ!」

「うるさい、この盗っ人め」


 唇をぎゅっと引きむすんだエイプリルは、かばんの中からクッキーを見つけると、さらに怖い顔をしました。けれどもうそれ以上、違うとは言いませんでした。代わりにクッキーをおかみさんに返して、ごめんなさいと頭を下げたのです。


「まったく、もう二度とうちの店に近づくんじゃないよ」


 うんと叱られたエイプリルは、こくんと小さくうなずきました。家に帰るとエイプリルは、目にいっぱい涙をためてバーナードを壁に投げつけました。


「どうしてあんなことをしたの?」

「あんなに怒られるなんて思ってもみなかったんだ。でも、エイプリルだってクッキーを食べたかったんだろう。なんで返してしまったんだ」

「美味しい朝ごはんを分けてくれるのは、あのひとだったのに」

「店なら他にいくらでもある」

「あのひとの代わりはいないわ。あんたは、あのひとの信頼を裏切ったのよ」


 エイプリルはなにもわかっていないバーナードにすっかり怒ってしまいました。


 バーナードは、悔しいような悲しいような何とも言えない気持ちになりました。自分が悪いことをしてしまったというのはわかっています。それなのに、どうしても「ごめんなさい」の一言が言えません。


「……」

「言いたいことがあるなら、口に出して言いなさいよ」

「……」

「もう、バーナードなんか知らない。勝手にすれば」


 エイプリルはそっぽを向いたまま。バーナードはうなだれたまま、とぼとぼと部屋を出て行きました。



 ***



 しばらくすると、エイプリルはだんだんと心配になってきました。すぐにいじけて帰ってくると思ったのに、いつまで経っても戻ってこないのです。


 町の向こうには、大きなお城がちらりと見えます。けれど、実際はとても遠いのです。ぬいぐるみの足では、一日歩いても辿り着けません。それにあの姿でお城の門番に出会っても王子さまだと気づいてもらうことはできないでしょう。


 とことこ歩いている途中で、しゃべるぬいぐるみだと気がつかれてしまえば、捕まったあげく売り飛ばされてしまうかもしれません。考えなしのわがままなぬいぐるみですが、あのくまはエイプリルにとってたったひとりの大事な友達なのです。


 エイプリルは慌ててバーナードを探しに出かけました。くまのぬいぐるみはすぐに見つかりました。ムクロジの実で洗ったおかげでふわふわのピカピカになったのに、誰もバーナードには気がついていないようです。大人の足に踏み潰されかけながら、あっちにふらふら、こっちにふらふら。後ろで見守っているエイプリルは気が気ではありません。


「一体、どこに行こうとしているのかしら」


 首をかしげたところで、エイプリルは気がつきました。ここはさっきの大通り。バーナードは、エイプリルがしこたま叱られたあのお菓子屋さんに来ているのです。まさか懲りずにクッキーを食べにきたのでしょうか。真っ青になったエイプリルが駆け寄るよりも先に、くまはお店のおかみさんにゆっくり頭を下げました。


「……ご、ごめん、なさい」


 エイプリルはびっくりしました。謝ったら負けだとでも思っているようなバーナードが、ごめんなさいを言うなんて。


「エイプリルは何も悪いことをしていません。僕がどうしてもクッキーを食べたかったんです。お詫びに何でもします。どうか、エイプリルのことを嫌いにならないでください」


 お菓子屋さんのおかみさんは、とても恰幅のいい女のひとです。おかみさんの前でぶるぶる震えながら、バーナードは小さな声で訴えました。慌ててエイプリルもその横に滑り込みました。


「すみません、この子はお金の使い方を知らないのです。どうか見世物にしたり、燃やしたりしないでやってください」


 必死で謝るふたりに向かって、おかみさんが怖い顔で聞きました。


「ちゃんと反省したかい」

「はい、自分勝手なわがままをやめて、みんなのことをもっとよく考えます」

「やれやれ、ようやっと王族の役割を思い出したようだね。良かったよ、心得違いが続くようなら王家をすげ替えなきゃならないところだった」


 おかみさんは満足そうにうなずきました。そしてぱちんと指を鳴らすと、綺麗な魔女に姿を変えたのです。



 ***



 バーナードは、ぽろぽろと涙をこぼしました。


「エイプリル、僕のことを見捨てないでくれてありがとう」

「当たり前じゃない。あんたはあたしの友達だもの」


 エイプリルはおかしそうに言いました。


「ねえ、まだ気がつかないの?」


 バーナードは、我にかえりました。どうして、涙がこぼれるのでしょう。よく見ればまぶたをこすっていたてのひらは、もこもこの毛皮ではなく、ふくふくとした人間の手になっています。


 バーナードはいつの間にか、くまのぬいぐるみから、光輝く王子さまに戻っていたのでした。しかも大通りのお菓子屋さんにいたはずが、お城のお庭まで移動してしまったようです。


「あんた、本当に王子さまだったんだね」


 にこりと笑ったエイプリルを見て、バーナードはずっと抱えていた自分の気持ちがわかりました。エイプリルの暮らしと、お城での暮らしとを比べ続けた理由。バーナードは優しいエイプリルにも、安全で穏やかな生活をしてほしかったのです。


「一緒にお城で暮らそう」


 もうあんな寒い廃屋で震えることもありません。美味しいごはんやきれいなお洋服、温かいお風呂だってあるのです。それなのにエイプリルは首を振りました。


「あたしは行けないわ」

「君は僕を助けてくれた。命の恩人だ」

「だってあたしは友達が欲しかっただけで、王子さまを助けるつもりだったんじゃないもの」


 エイプリルは唇をとがらせました。


「友達が困っていたら手を差し伸べるものだ」

「でも、友達をえこひいきしてはいけないわ」


 エイプリルはみなしごだけれど、とても賢い女の子です。シンデレラになれるのは、絵本の中だけ。何もできないままお城に行っても幸せにはなれないことを、ちゃんと理解しているのでした。お互いに譲らないふたりを見て、魔女がやれやれと首を振りました。


「うんと時間がかかるよ。それでも待てるかい」


 魔女の言葉に、エイプリルが首をかしげました。


「助けてくれるの?」

「魔女は同胞を見捨てはしないからね」

「同胞?」

「おや、気がついていないのかい。あんたは生粋の魔女じゃないか。だから、このぬいぐるみにも気がついたんだろう。普通は、ベンチに置き忘れられたぬいぐるみの声なんか聞こえやしないのさ」


 エイプリルが拾わなければ、バーナードは誰にも気がつかれないまま、忘れ物のぬいぐるみとしてずっとあのベンチにいたのでしょうか。運が良かったじゃないかいとにんまり笑う魔女は、やっぱり魔女らしくいい性格の持ち主のようです。


「じゃあ、約束だ」

「バーナード、優しい王さまになってね」

「エイプリルも、いい魔女になるんだぞ」


 そして魔女見習いになったみなしごと、ぬいぐるみから人間に戻った王子さまは、そっと指切りをしたのでした。



 ***



 お城に戻ったバーナードは、一生懸命勉強をしました。もともとバーナードは優秀なのです。外の世界を知り、守りたい相手ができた王子さまは、たくさんのひとと一緒に国を良くしました。


 誰とも結婚することのなかったバーナードは、やがて年の離れた弟に王位を譲り、豊かとは言いがたい北の土地で暮らし始めました。そこで森の魔女と一緒に、寒さに強い植物を育て始めたのです。


 森の魔女は、お城の魔女のお弟子さんです。寒い土地でも食べ物に困らないように、野菜の改良を続けてきました。ふたりは北の荒れ地を緑あふれる場所へと変えると、親のいない子どもたちを受け入れ、家族のように仲良く幸せに暮らしたそうです。

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捨て子のエイプリルと、忘れられたぬいぐるみの王子さま 石河 翠 @ishikawamidori

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