【KAC20232_お題『ぬいぐるみ』】寺生まれの虎さん
鈴木空論
【KAC20232_お題『ぬいぐるみ』】寺生まれの虎さん
※この小説は KAC2023 のお題を元にした連作短編の第二話です。
ここからでも問題なく読めますが宜しければ一話からご覧下さい。
※ ※ ※ ※ ※
「はあ……」
カクは仕事を中断すると溜め息をつきながら椅子の背もたれにぐったりと寄りかかった。
ここ最近、ずっと調子が悪かった。
常に身体がだるく気分も晴れない。集中力も散漫になっていた。
原因はわかっていた。
睡眠のせいだ。
と言っても寝不足なわけではない。
睡眠自体は十分取れているが、まるで眠った気がしないのである。
少し前の話になるが、カクはまとまった休みを使ってある地方へ旅行に出かけた。
そしてそこで奇妙な出来事を経験したのだ。
たまたま見かけた小さな本屋に立ち寄ったのが切欠だった。
店内には店員も客も誰一人おらず、おかしいなと思いながら店の奥へ進んだところ地下への隠し階段を発見。
興味が沸いてその階段を降りて行ったのだが、気が付くと宿泊先の旅館の自室にいた。
しかも後から聞いた話ではその本屋は大昔に潰れて今は存在しないはずだという。
実際もう一度訪れてみると本屋など影も形もなく、そこはただの空き地だった。
今思い返してみても意味のわからない出来事だった。
不思議だとは思ったものの、思い出せば思い出すほど現実のことだったのか疑わしく思えた。
だから恐らく寝ぼけて夢でも見たんだろうと納得し、その後は特に気にもしなかったのだ。
ところが旅行から帰ってから、その時の本屋での出来事を毎晩繰り返し夢で見るようになった。
床に入ってしばらくするとカクはあの本屋の中にいた。
夢の中だとはっきり自覚できたが、出口が見当たらないために本屋からは出られず、いつまで経っても夢は醒めない。
仕方が無いのであの時と同じように本屋の奥へ行き、本棚の仕掛けを作動させて地下への隠し階段を降りていく。
長い階段を下り、その先の狭い通路をひたすら進む。
そして歩き続けてへとへとになった頃、ようやく夢が終わるのだ。
この夢を見るようになってからカクはいくら眠ってもまるで疲れが取れなくなった。
むしろ寝れば寝るほど疲れが増えるようにさえ感じられた。
そもそもどうして毎晩同じ夢を見るのか。
今までは夢の内容など起きたら忘れてしまっていたのに、どうして同じ夢を見たとはっきり覚えているのか。
「なんか、やばいもんに憑りつかれでもしたのかな……」
気晴らしに洗面所で顔を洗いながらカクは独り言を呟いた。
鏡を見ると目に酷い隈ができていた。
頬や首筋なども以前に比べてやつれているように見えた。
※ ※ ※
悩んだ挙句、カクは週末に近所の寺へ相談に出掛けることにした。
寺へ行くのが正しいのかはわからない。
だがこういうとき当てになりそうな場所が他に思いつかなかった。
まあ解決しないまでも話を聞いてもらえば気晴らしくらいにはなるかもしれない。
カクはそんな風に気楽に考えていたのだ。
ところが、寺の住職はカクを一目見るなり言った。
「ああ、それはうちじゃ無理だね。紹介状を用意しましょう」
「え」
住職は封筒と住所を書いた紙を用意すると状況を飲み込めないカクに強引に握らせた。
「今日中にそこへお行きなさい。でなければ貴方、死にますよ」
そう念を押すと住職は寺の奥へ引っ込んでしまった。
カクは唖然としながらしばらくその場に立ち尽くした。
※ ※ ※
紙に記された住所の場所へ着いたときはもう日暮れ前になっていた。
遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。
「……本当にここで合ってるのか?」
目的地へは辿り着いたものの、カクは不安の眼差しでその建物を見上げていた。
そこはごくごく普通の一軒屋だった。
寺ではないし、古くからある屋敷という感じでもない。
住宅街にいくらでもありそうな建売住宅である。
あの人、住所書き間違えたんじゃないか?
カクは不安に思った。だがせっかくここまで来たし、命に関わるとまで言われているのだ。
人違いなら謝ればいい。
そう思いながらカクは呼び鈴を押した。
少し間があって玄関が開いた。
出てきたのは小学生くらいの小さな女の子だった。
自分よりも大きな虎のぬいぐるみを抱え、無言でカクの顔をじっと見上げている。
ここの子供だろうか。
カクはしゃがみ込んで女の子と目の高さを合わせると丁寧に言った。
「やあ、初めまして。おうちの方に御用があって来たんだけど、呼んでもらえるかな」
「………」
女の子はいきなり虎のぬいぐるみをカクに投げつけた。
予想外の行動に反応できず、カクはそれをもろに顔面に食らってその場にすっ転ぶ。
「いてて……。おい、いきなり何するんだ――って、あれ……?」
カクは顔を押さえながら起き上がったが、すぐ異変に気付き慌てて辺りを見回した。
そこは本屋だった。
あの何度も夢で見た、もう存在しないはずの本屋。
「なんでだ、どういうことだ? 俺また夢でも見てるのか?」
戸惑いながらも本屋の中を歩く。
しかしやはり出口は無い。
カクは気が進まなかったが、どうしようもないので結局いつも通り本屋の奥へ向かった。
本屋の奥には一冊だけ不自然に本が飛び出した本棚がある。
その本を押し込むと、本棚が振動して横にスライドし隠し階段が現れる。
これまで何度も繰り返した流れである。
「ここを降りたら目覚められるのかな」
そもそも今回は眠った覚えもないのだが……。
カクは何故か不安を感じたが他に行ける道もない。
やがて諦めたように階段を降りて行こうとした。
その時、背後から声がした。
『なるほど』
驚いて振り返ると、そこには虎がいた。
正確には虎のぬいぐるみだった。カクの倍は背丈のありそうな巨大な虎のぬいぐるみが二本足で立ち、カクをじっと見下ろしていた。
「なっ……!?」
カクはギョッとして、それから悲鳴を上げようとした。
しかし虎はそれより先にカクを両腕で(両前足で?)抱え上げると、猛スピードで走り出した。
そして壁の上方の窓に飛び込むとガラスを突き破って本屋の外に出た。
※ ※ ※
カクは気が付くと天井を見つめていた。
「ここは……」
「あ、起きた」
カクの声を聞いて近くにいた女の子が振り返った。
さっき虎のぬいぐるみを投げつけてきた女の子だ。
カクは起き上がり室内を見回した。
生活感のあるフローリングの部屋。
この子の家の中か。
見れば、女の子の傍には例の虎のぬいぐるみが転がっていた。
「気分はどうかしら」
女の子が水の入ったコップを差し出しながら言う。
カクはそれを受け取りながらふと気付いた。
あれだけ酷かった身体のだるさが嘘のように消えている。
「ああ、大丈夫。なんだかとてもすっきりしてる」
「それはよかった」
女の子はニコリと笑う。
喋ってみると年の割に随分落ち着いた子のようだった。
「ええと……何が何だかわかってないんだけど、あれは君が助けてくれたんだよね」
カクはコップを口元へ運びながら言った。
夢に出てきた虎は大きさは違うがあのぬいぐるみと同じ形をしていた。
それに、階段を降りようとしたときに聞こえた「なるほど」という声。
あれはこの子の声だ。
詳しいことはわからないが、カクは自分がこの子に助けられたらしいということだけは理解した。
「あなた、呪いにかかっていたの。あと一回あの階段を降りていたら残りの魂を吸い尽くされて死んでいたわ」
「え……?」
「呪いの影響は遮断したからもうあなたには影響ないわ。でも呪い自体は残っている。放っておけば他の犠牲者が出かねないから対応する必要がある。……あなたあんな厄介な呪いを一体どこで引っかけてきたの?」
女の子はどこか咎めるような目でカクを射すくめる。
カクは戸惑いながら尋ねた。
「ちょっと待ってくれ。君は一体何者なんだい?」
「紹介状を読まなかったの? 私はヨミ。こういう厄介な物を祓う仕事をしている者よ」
「祈祷師とか除霊師みたいなものってこと? 君みたいな小さい子が?」
するとヨミはからかうように言った。
「あら、多分私あなたよりも年上よ?」
「へ?」
「昔ある呪いを受けてね、年を取っても姿が変わらなくなってしまったの。私がこんな仕事をしているのはこの呪いを解く方法を見つけるため」
「………」
冗談なのか真実なのかカクには判断が付かなかった。
ただ、そんな事もあるかもしれないと思わせるだけの説得力がこの女の子――いや、この女性にはあった。
何しろカクのことをあんなにあっさりと助けてくれたのだ。
少なくとも何か特別な力を持っているらしいことは間違いない。
「それで、こちらの質問に答えてもらってもいいかしら」
「ああ、すみません。実は先日旅行に出かけたんですが……」
何故か敬語になった。
それはともかく、カクは旅行先での不思議な本屋の出来事を話して聞かせた。
ヨミは時折相槌を打ちながら黙って聞いていたが、カクが話し終えると言った。
「その空き地が気になるわね。実際に見てみたいわ。明日の予定は空いてる?」
「え、僕も行くんですか?」
「当り前でしょう。関係者の貴方がいたほうが手掛かりを掴める可能性が高いもの」
「………」
幸か不幸か明日も休日。今の時期は休日出勤の必要もないし、他の予定も特にない。
そんな訳で、カクはヨミという謎の少女に連れられて再びあの本屋跡地へ向かうことになったのだった。
(KAC20233へ続く)
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