第五十二話 戦場

 颯は法術で空中に足場を造り、駆ける。那岐の周囲を回るように走り抜け、彼の攻撃をかわしていった。那岐の斬撃が生み出す衝撃は想像以上だ。一発でも食らえばひとたまりもないだろう。


「くっそ! これじゃあ近づけない!」


 那岐はまだ転身すらしていない。つまり、まだ本気を出していないということだ。こちらは最初から全力で立ち向かっているというのに、この力の差。はっきり言って無謀もいいところだ。


「考え直せ、颯。まだ時間はある」

「冗談! お前について行くくらいなら死んだ方がマシだ!」


 また一つ攻撃を躱す。先ほどからこの繰り返しで、全く攻撃が届かない。法術を使って攻撃しても、全て簡単に防がれてしまう。ならば直接切り結ぼうと試みている訳だが、近づくことさえままならない状態だ。


 やはり那岐は強い。流石は十傑のトップと言ったところか。鬼の妖性を纏っていても全く手が届く気がしない。だとしても――。


 颯は空中で姿勢を建て直し、刀を一度鞘に納める。そして空中の足場を蹴り、一気に那岐に肉迫した。


いかずちの太刀、雷電らいでん二閃にせん!」


 琴葉直伝の雷電。それのアレンジ版である。二つの雷が閃光となって那岐へと伸びた。しかし。


 それは無造作に振るわれた一撃だった。こちらの動きを予見していた訳でも、見極めた訳でもない。本当に無造作に振るわれただけの刀。だがそれは確実に颯の刀を受け止め、いなしていた。それだけではない。返す刀で颯の胴を薙いでいた。


「おっと、危うく殺してしまうところだった」


 傷は浅い。手加減されたのだ。颯の最速の攻撃を意図も簡単に防いだだけでなく、手加減を加えてカウンターを入れて来た。全く規格外だ。どうやっても勝てる気がしない。


 斬撃の余波で吹き飛ばされた颯だったが、傷が浅かったこともあり、何とか受身を取ることに成功する。とは言えダメージはダメージだ。傷口からはとめどなく血が溢れてきた。


 呼吸が浅く、速くなる。今の一撃でかなり体力を使ってしまった。琴葉が奥の手にしていたのも頷ける。要するに、雷電は決着をつけるための一撃。それでと相手にどめをさせなければ、それはすなわち敗退を意味している。


 だが今の颯はここで止まる訳には行かない。戦いの場は違えど、琴葉も、恐らく神楽もどこかで妖と戦っているのだ。それに妖が現れたのは世界中と聞く。もしかしたら自分が知らないウォーデッドや怪異殺し達も、世界のどこかで奮戦しているのかも知れない。そう思ったら、こんなところでめげる訳には行かないというものだ。


「随分余裕そうじゃないか。そんなことして足元すくわれても知らないぜ?」


 颯は笑みを浮かべて見せる。正直余裕なんてこれっぽっちもなかったが、それでもハッタリの一つも吐いて見せねばやっていられない。傷口は傷むが今の自分は鬼の身だ。そのうち出血は止まり傷も回復するだろう。


「俺は新たな世界の神になる男だぞ。百パーセント負けはない」

「新世界の神だ~? 何言ってやがる! お前はただのろくでなしだ! ウォーデッドの風上にも置けない!」

「ウォーデッドは新しく生まれ変わるんだ。これまでの古い観念に捕らわれない新たな存在へと。颯、お前という存在はその先駆けだ。共に行こう、新たな世界へと」

「まだ言うか! お前の指図は受けない! これまでも、そしてこれからもだ!」


 再び全速力で斬りかかる。舞い散る火花。颯の嵐のような乱撃と、それを防ぐ那岐の舞。颯は必死だが、那岐の方にはまだまだ余裕がある。どう考えても劣勢。しかしそれでも、颯は一歩も引こうとはしなかった。目指すべき未来のために。




 一方那岐は考える。颯は何をムキになっているのか。


 不結の十六夜を殺しウォーデッド颯の最後を見届けた後、颯の肉体が目を覚ましたのには驚いたが、ウォーデッドでなくなった彼に戦う理由はないはずだ。不結に十六夜を殺したことを怒っている風でもない。いや、それに関する怒りも持ち合わせてはいるのだろうが、今の彼を突き動かしているのは何か別の思いであるような気がしてならなかった。この絶対的な力量の差を前に一歩も引こうとしない信念。その源はいったい何なのか。


 ウォーデッドの開放は那岐にとって長年の夢であった。魂を消し去られるか、過去を奪われ使命を科されるかの二択を迫られ、後者を選んだに過ぎないウォーデッド達。その悲しい宿命からウォーデッドを開放することの、どこがそんなに気に入らないのだろう。


 那岐には理解が出来ない。人間としての記憶とウォーデッドとしての記憶。その両方を持っている颯だからこそ、この計画の有用性がわかると思っていたのだが、結果は今見ての通り。傷付きながらも刀を振るう姿は勇ましいが、颯に求めるのはそんなことではない。


 颯の斬撃を刀で受け止める。二度、三度と打ち込んでくるが、自分に届くほどの一撃ではない。白面にウォーデッドの顔が浮かんだ妙な仮面を纏っている颯。恐らくウォーデッドであった頃と同じか、それ以上の力を振るっている。それでも開放するまでもなく捌ききることが出来る攻撃しかして来ない。これではただの弱いもいじめだ。


 那岐は「ふう」と息をつく。颯の説得は続けているが、いくら言葉を選んでも彼は首を縦に振ってくれない。いっそ斬り捨ててしまおうかとも思ったが、やはり惜しいのだ。颯の存在はこれからのウォーデッドにとっての光になりえる。この機を逃せば、こんな存在とは二度と巡り会えないだろう。ここは何としてもこちらの言うことを聞かせるべきだ。そのためには颯の戦意を徹底的に削がなければならない。とするならば、自分に出来ることは一つ。


 颯を蹴り飛ばし、距離を作る。その隙に刀を一度鞘に戻し、眼前に掲げた。


「解」


 久方ぶりとなるあの言葉を口にする。こうするのは何年ぶりのことだろうか。足元から白い炎が吹き上がる。やがてそれらは鎧となって那岐の全身を覆った。


 那岐の持つ本来の妖性は幻想種――不死鳥。その意匠が各所に見られる鎧は純白で、ウォーデッドとしては非常に珍しい。何故そうなったのかは那岐自身も知らないが、長い歴史を持つウォーデッドの中でも、白い鎧を持つのは自分と沙耶の二人だけである。


 長らく纏っていなかった鎧だが、それでもこうして纏えば何ともしっくり来るものだ。これが自分の本来の姿なのだと改めて思わされる。


 颯の方に目を向けると、流石にこの姿を見て警戒しているようだ。それでも絶望の色に染まっている様子はないのだから、若いながら大した胆力の持ち主だと言える。この姿を見た者の多くは、その瞬間に跪きこうべを垂れてきた。それだけ絶対的な力があると、自分でも理解している。この姿ならば、颯も少しは話を聞く気になってくれるのではないか。そんな淡い期待を抱きながら、那岐は再び刀を抜く。


 これから始まるのは一方的な責め苦だ。颯の心を、身体を徹底的に痛めつける。心と身体が折れた時、もう一度あの言葉をかけてやればいい。


 しかし何分この力を振るうのも久しぶりのことだ。誤って殺してしまうかも知れないが、その時は彼にも妖になってもらおう。人間の身でありながら既に妖の領域へと踏み込んでいる彼だ。きっと素晴しい妖になるに違いない。


 那岐の目が邪悪に細まる。見た者の戦意を奪う圧倒的な戦力を前に颯がどう戦うのか。これは相等の見ものである。彼が折れるまではせいぜい楽しませてもらおう。


 いよいよこの戦いも大詰め。颯はこの力の前に成すすべなく倒れるしかない。那岐は刀を構え、颯に向かって一歩踏み込んだ。自身の夢の行く先を見据えて。

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