最終章 疾風の如く

第四十九話 妖総進撃

 その日、世界は恐怖に包まれる。突如現れた妖の大軍勢。人々は成すすべなく蹂躙じゅうりんされ、情勢は混沌を極めていた。


 妖の狙いは世界各地に点在する隠世の門。そこを制圧すれば、死者の魂は行き場を失い、やがてこの世の穢れに汚染され妖へと落ちる。妖が支配する新たな世界。それが彼らの目的であった。


 妖に現代兵器は通用しない。この世のものではない妖に物理的な攻撃が有効な訳もなく、各国の警察も軍も手をこまねいて見ていることしか出来なかった。それで立ち上がったのがそれぞれの地域に根付いた怪異殺し達だが、妖は数も強さも圧倒的で焼け石に水。ほとんど意味を成さなかった。


 この事態に対しウォーデッド十傑が動く。一人欠いているとは言え歴戦のウォーデッドの中でもトップに君臨する者達である。襲い来る妖を千切っては投げ千切っては投げ。その大立ち回りはSNS上にもアップされ、各国の人々の関心を引いた。


 ある者はウォーデッドを神の御使みつかいと呼び、ある者は地獄の門番と呼んだ。普段ならば人にその存在を察しられないよう立ち回るウォーデッドだが、こうも現世に妖が溢れている状況ではそうも言っていられない。何故このタイミングで妖が一斉に動き出したのかは想像するしかないが、恐らく那岐の差し金だろう。那岐の計画を事前に突き止められなかったため後手に回ってしまった形だ。とは言え、そこに妖がいるのなら斬るのみ。十傑達は各地へと散り、それぞれ奮戦するしかなかった。




 妖の行軍は、ここ――満ヶ崎でも起こっている。弱小の妖から強力な妖まで、実に多くの妖が集まっていた。


「ひぃいい! 助けてくれ~!」


 逃げ惑う人々。時刻は昼十二時頃。繁華街の人通りが多くなる時間帯だった。故に現場は大混乱。逃げども逃げどもその先に別の妖がいる。人々はパニックになり、ただひたすらに駆け回る者、その場に座り込み祈る者、絶望し自殺をはかる者などで溢れかえった。


 そんな満ヶ崎に陣取ったのはウォーデッド沙耶。神楽の師にして十傑のナンバーツー。数少ない白色の鎧を持つウォーデッドだった。


 沙耶は十六夜を連れていない。この乱戦の中ではそれが弱点になるとわかっていたからだ。しかし沙耶には自立開放の固有能力がある。沙耶はまともなウォーデッドとしては唯一、十六夜からの許可なく転身出来るのだ。


「しかし流石に、数が多いの」


 繁華街にある高いビルの上。そこに沙耶の姿はあった。見た目だけなら和服に身を包んでいるだけのただの少女にしか見えない。しかしウォーデッドとして生きてきた時間は他の追随を許さないほど長いのだ。


 沙耶は刀を手にしビルの上から跳び下りた。途中で転身し、着地を決める。その霊力に惹かれたのか、すぐに妖が集まって来た。


「まぁ何匹いようと斬るのみだが、の」


 沙耶が刀を振るう。すると周囲の妖達がいっぺんに蒸発した。沙耶クラスになると、ただの斬撃でもこれほどの威力が出るのである。


「さぁかかってくるがよい。儂が相手だ!」


 今度は突きの姿勢で構え、妖の集団へと突っ込んだ。繰り出された刺突の衝撃は、その延長線上百メートルほどまで伸び、妖を貫く。まともに霊核を狙った訳でもないのに、余波だけで妖達は消滅していった。断末魔を残し消えていく妖。しかし、これはしゃべることも出来ない低級の妖ばかりだ。それは沙耶も気付いていた。


 弱小とは言え妖は妖。こうしてまみえた以上、放っておく道理はない。沙耶は呪術で真空の刃を発生させ、妖の集団へとぶつける。細切れに斬り裂かれた妖はそのまま溶けるように消えた。


「全く、だらしねぇな~」


 沙耶の耳に届く歪んだ声。声のした方に目を向けると一体の妖が立っていた。


「こんだけ数がいるってのに、十傑の一人も止められないとは……。やっぱり雑魚は雑魚だな」

「貴様は、白斗か」


 天魔級白斗。以前神楽達が取り逃がした妖である。


「ああ、そうだよ。尤も、今の俺は天魔級じゃなくて破神級だがな」


 破神級。文字通り神すら破るとされるクラスの妖だ。この短期間にもうそれだけ成長したというのか。その成長速度には驚かされるが、それでやることが変わる訳ではない。


「破神級か。やるのは久しぶりだが――」


 沙耶が構える。それに答えるように白斗も構えた。


「相手にとって不足はない」


 刹那。沙耶が踏み出す。だが白斗の方が速い。白斗の拳が沙耶の霊核を捉える。否、捉えるはずだった。しかし拳が当たる瞬間、沙耶の姿が消える。


「なっ!?」


 白斗は周囲を見渡すが、そこに人影はない。完全に沙耶を見失った。


「ちくしょう、どこに消えた!?」


 次の瞬間。空間を引き裂いて沙耶が姿を現す。白斗の真後ろに。


 気配を察した白斗が振り返ろうとした時、既に勝敗は決していた。沙耶の滅殺が白斗の身体を薙いだのだ。切り離された上半身が、断面に沿って崩れ落ちる。そして、白斗の下半身からは血の噴水が上がった。


 破神級ともなれば、上半身と下半身を切り離された程度では死なない。しかし、そこはウォーデッド十傑の滅殺だ。ただの斬撃とは訳が違う。沙耶の滅殺の持つ特性は毒。触れたものを瞬時に腐食させる猛毒だ。それで胴体を断たれた。つまり。


 白斗の身体から噴出した血が辺りに降り注ぐ。すると、そこにいた妖達の身体が腐食し始めた。周囲にいた妖は、すぐに原形をとどめない肉塊へと姿を変える。


「馬鹿な。この俺が一撃……だと!? 破神級になったこの俺が!?」


 当然毒を使った本人は何ともない。ただ、白い鎧は血を浴び赤く染まっている。


「破神級になったばかりのぬしにはわかるまいよ。破神級の中にも更に格が存在していることを」


 沙耶は身を翻した。もうここに用はない。次の妖を狩りにいくだけである。


「主は弱い。それだけだ」


 そう言い残して、沙耶は飛び去った。残された白斗の残骸も、もう数秒すれば溶けて消えるだろう。沙耶の使う毒は強力だ。故に、現世ではあまり使うべきではないのだが、今の状況ではそうも言っていられない。那岐がそれほどの数の破神級を従えているかはわからないが、自分の前に立つなら斬るだけだ。


 しかし、那岐の目的は未だにわからない。直接本人に聞きたいところだが、そう易々と姿は見せないだろう。道すがらにいる妖も残さず斬りながら、沙耶は那岐に思いを馳せる。かつて技を磨きあった同志は、一体いつ道をたがえてしまったのか。十傑のトップに至るだけの才覚を持ちながら、狂気へと走ってしまったその理由は何か。考えたところで答えは出ない。それでも、もし自分の前に那岐が立つのなら、その時は全力でかかろう。十傑第二位の自分では那岐にはかなわないかも知れないが、こちらには奥の手がある。使わないに越したことはないが、それで那岐を止められるのならば躊躇うことはない。


 正面にまた妖の集団がいる。気配からして破神級も混じっているようだ。沙耶は気持ちを切り替えて、その集団に突っ込む。あまり被害を拡大させるのはよくない。その分世界のバランスが崩れてしまうからだ。


 沙耶は周囲に人がいないことを確認し、真っ先に破神級を狙った。使うのはもちろん自身の滅殺――腐霞ふがすみだ。閃光が走り、再び血の雨が降り注ぐ。毒の混じった血に当てられた妖達が次々と溶けていった。その光景はまさしく地獄絵図のようだ。その惨状を作り出しているのがたった一人のウォーデッドであることなど、この世の誰が理解できようか。


「(沙耶。颯達が動き始めたぞ)」


 離れた所で町全体を把握してもらっている十六夜から念話が届く。


「(そうか。では引き続き監視を頼む)」

「(それは構わんが。お前、こちらの方が立場が上だということを忘れてはいまいか?)」

「(今はそんなことを言っている場合ではなかろう? 坊やが動いたというのなら、それを追って那岐も動き始めるやも知れん)」

「(その時は追って知らせる。今は妖の掃討を急げ)」

「(わかっておる)」


 何か言いたげだったが、十六夜は念話を終了したようだ。あの十六夜とも長い付き合いである。何を言いたいのか大体想像がつくが、この事態に収拾がついたらゆっくりと聞くことにしよう。


 人の悲鳴が聞こえる。そう遠くない。沙耶はその方角に向かって駆け出す。人がいるということは滅殺は使えないということだが、然して問題はないだろう。一体ずつ確実に屠って行けばいいだけだ。


 悲鳴を上げながら蹲っている女性の前に、沙耶は立つ。対するは霊力の強さからして恐らく妖災級。沙耶にとっては大した相手ではない。が、手を抜いてやる必要はないだろう。相手は妖だ。妖は世界のバランスを崩す。だから斬るのだ。それが自分に課せられた使命であり、罰なのだから。

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