第四十七話 颯の持つ悪性
颯は白面鬼神を使うか迷った。あれは自らの悪性を前面に引き出す術だ。使えば理性を失い、敵味方関係なく攻撃を仕掛けかねない。
以前睦月と戦った時に使った謎の力。あれを使うことが出来ればいいのだが、生憎あの力を自由に引き出す
状況は劣勢。この中では一番強いと予想される神楽の攻撃でさえ通じないところを見るに、今のメンツでは睦月に勝つことは不可能に近いと言わざるを得ない。
颯の頬を汗が伝う。このままではいずれ自分は殺されてしまうだろう。そうなる前に手を打たなければならない。
睦月の目が再び颯を捉える。鎧越しにも伝わってくる狂気の瞳。辛うじて睦月の攻撃を刀で受けるも、衝撃までは殺せず吹き飛ばされてしまう。まともに受身も取れず、地面をゴロゴロと転がる颯。何とか体勢を整えるが、すぐ目の前に睦月の次の攻撃が迫っていた。
「くっ!?」
咄嗟に刀を交差させて衝撃に備える。次の瞬間、派手に火花を散らし颯の刀が弾かれた。手が
それでも必死に睦月に向かって刀を振るう。しかし、痺れたままの手でまともに刀を振れるはずもなく、颯の斬撃はあっさりと弾き返されてしまった。そして完全にノーガードになった颯に対し、睦月の刀が襲い掛かる。
やられる。そう思ったが、衝撃はいつまで経っても訪れない。見ると、睦月は攻撃を外していた。意図してではない。偶然そうなってしまったのだ。
「今の力。お前のものではないな」
睦月が雫に目を向ける。颯は雫の能力について覚えていないが、彼を守ろうと振るった能力で、睦月は運悪く攻撃を外してしまったのだ。
そのことにすぐに気付いた睦月は攻撃対象を雫に定める。
「お前か、妖!」
今更こんな弱小の妖を取り込むまでもない。能力については少し興味深いが、今の自分には必要ないだろう。何せこれほどの力を手に入れたのだ。十傑第二位である沙耶の弟子――神楽に一歩も引けを取らない。その事実は睦月を高揚させるには充分であった。
この妖はどういう訳か人間である颯に協力的だ。つまり那岐の目的にとっては邪魔な存在。ここで滅してしまっても問題はないだろう。
「消え去れ!」
睦月の滅殺――
琴葉が横から介入し、睦月の刀を斬り上げたのだ。生憎武器破壊までには至らなかったが、それでも睦月の刀の軌道をずらし、技を不発に終わらせることに成功した。
「人間の癖に何故妖を守る」
睦月の問いかけに対しても、琴葉は冷静だ。雫を庇うように立ちはだかり、言葉を
「彼女は仲間です。颯さんを慕う大切な。だから守ります」
「仲間だと。妖が? 退魔師のお前がそれを言うのか」
「あなたにはわからないでしょう。人の心を失った今のあなたでは」
その言葉に睦月は笑った。
「人の心だと? この身がウォーデッドになった時から、いや今やウォーデッドを超えたのだ。人の心など持ち合わせているはずもない!」
「いいえ。彼は持っていました。人としての心を。人としての優しさを。人としての暖かさを。今のあなたにはそれがない。ただの化け物。それこそ醜悪な妖と同じです!」
何が彼女をそうさせるのか、睦月には理解できなかった。そもそも人の身でウォーデッドに立ち向かおうと言うこと自体が間違いなのだ。ウォーデッドは世界が生み出したバランスの調整者。例え元が天命に背いた大罪人だとしても、その役割は世界にとって必要なものなのだ。それなのに、琴葉は自分の前に立ちはだかって見せる。全く意味がわからない。
「大人しくしていれば見逃してやろうと思っていたが、そうまで言うなら仕方がない。お前も死ね!」
人間に対して滅殺を使うというのも
睦月は二人に対して突進した。自らの道を進むために。
睦月が構える。もう猶予はない。このまま行けば、琴葉と雫は殺されるだろう。今の睦月にはその覚悟と力がある。
颯は歯を噛み締めた。このままでは何も出来ずに仲間を失ってしまう。せっかく雫は人の心を取り戻したと言うのに。今の自分は何もできない。せっかく命がけで琴葉の命を救ったと言うのに。今の自分では彼女を救えない。
と、ここまで考えて、颯はハッとした。
雫が人の心を取り戻したのはいつだ。琴葉の命を救ったのは。それは自分が長い眠りから目覚める前。ウォーデッドであった頃だ。
瞬間。颯の脳裏を無数の記憶が駆け巡る。不結の十六夜に見出され、自分は詩織を守るためにウォーデッドになることを選んだ。それからの一年間、十六夜と共に無数の妖を狩って回った。詩織達と再会を果たしたのはその後だ。その時に雫と出会った。雫に名前を付けたのは自分である。神楽と出会ったのもこの時だった。覇王級との戦いは正直苦しかったが、それも今となってはいい経験である。その後退魔師である琴葉に決闘を挑まれた。妖に邪魔されて、窮地に立った琴葉を救い、詩織につれられ実家へと帰ったこともある。暴走した自分を詩織が沈めてくれたこともあった。その後那岐と対決して自分は。
全てを思い出した。自分がウォーデッドであったこと。その間にしていたこと。十六夜が殺されて、肉体が目を覚ますに至ったこと。そして、自身の刀が二本であった理由も、全て。
そして今、大切な仲間が殺されそうになっている。助けなければならない。これは自分の不始末が産んだ争いだ。睦月が自分を狙ってきた時点で、彼を殺すべきだった。その結果が仲間の死に繋がるのだけは避けなくてはならない。
とは言え、今の自分はウォーデッドではない。どれだけ力を尽くしたところで今の睦月には届かないだろう。ならばどうする。いや考えている暇はない。既に睦月は攻撃の態勢に入っている。止めるためにはそれ以上の速さで割り込むしか方法はない。
颯は白面鬼神の術式を脳裏に思い浮かべた。この辺りの要領はウォーデッドであった頃の呪印展開とそう変わらない。記憶を取り戻した彼にとっては然程難しいことではなかった。
しかし、白面鬼神では肝心の仲間を巻き込みかねない。よって発動させるのは白面鬼神ではなく別の術。目指すのは以前睦月との戦いで一瞬だけ到達できたあの状態だ。
脳内で術式を改変する。引き出すのは自分の悪性。だが、ただ引き出すのではない。引き出した悪性を自分から切り離し、憑神の要領で自らに纏わせる。言うなれば白面憑神。颯はその術式を構築し、左手を頭の上に掲げる。何かを掴むように力を込め、一気に左腕を引き降ろす。
現れたのは白い面。その表面にはウォーデッドの仮面のデザインが浮かんでいる。颯の中にあった悪性とは、ウォーデッドであった頃に宿していた妖性の一つ。一方であるドラゴンの妖性は十六夜の消滅と共に失われてしまった。しかし颯の体を維持するのに使われていたもう一方は、そのまま颯の中に残っていたのである。その妖性とはかつて人が想像した幻想種。人に似た姿を持った人ではないもの。すなわち鬼である。
ドラゴンと鬼。二つの妖性を持っていたからこそ、颯の刀は二本であり。二本の刀が鎖で繋がれていたのは、それが魂と肉体を繋ぐパスであったからだ。颯の肉体は鬼の妖性を受けて既に変異していた。人ならざるものであったが故に、一年の眠りを経ても肉体は劣化しなかったのである。
そう、今の颯はただの人間ではない。鬼の妖性を持った、れっきとした鬼なのだ。なればこそ、気配は人のものでもウォーデッドのものでもない。鬼とは奪い、喰らうもの。よってその力で傷つけられた傷は、例えウォーデッドであっても癒えることはない。謎の力と呼ぶには充分の代物である。
その力を今、颯は解放した。
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