ウォーデッド

C-take

プロローグ

プロローグ

 全ての生命には天命――運命が定められており、現世うつしよでの役割を終えた魂は、隠世かくりよへと向かい、あらゆる魂の祖――祖霊それいへとかえる。


 これこそが、この世界の構造かたち


 そして、影ながらそれを守る者達が存在した。


 隠世のつるぎにして番人。その名をウォーデッドと言う。




 人影のない路地裏で、激しい戦闘が行われていた。


 あやかしと呼ばれる異形の化物。その長く伸びた爪による猛攻を刀の鞘で捌ききり、青年は妖から距離を取る。黒いロングコートが青年の動きに合わせてはためいた。


 見た目から推察される年齢は二十代後半ほど。一見普通の人間に見える青年だが、彼こそ隠世の剣たるウォーデッドの一人なのだ。


 そして少し離れたところには、十代半ばほどと思われる少女の姿があった。右目の下には特徴的な縦に三つ並んだ丸のタトゥー。こちらも青年と同様、黒い衣服に身を包んでいる。彼女は十六夜いざよい。人の形をしてはいるが、人ではない。ウォーデッドを従え、現世の不浄を狩る役目を担う、この世界が生み出したシステムの一部。十六夜と言うのも個人の名称ではなく、特定の条件を満たした人間の魂をウォーデッドへと変える役割を持った少女の総称だ。


 淡いみどり色の長髪を風にたなびかせながら、十六夜が青年に向けて手をかざす。どこか神秘的にも取れる色白の肌。やや彫りの深い顔立ちが、彼女の美しさを際立たせていた。


夜鐘やがね、開放許可」

御意ぎょい


 長い足を存分に生かして妖から一度距離を取り、夜鐘が、左手にした刀を顔の前に掲げた。


かい!」


 夜鐘がそう叫ぶと、刀の鞘に付いた懐中時計のようなレリーフが中央からまぶたのようにパックリと開き、禍々しい瞳が姿を現した。次いで、夜鐘の足元から黒い炎が燃え上がり、彼の全身を包み込む。


 転身てんしん。ウォーデッドが人の姿から戦闘形態に移行する行為である。炎が消えた時そこに立っていたのは、全身を黒い鎧に包まれた夜鐘。鎧の形状は各ウォーデッドごとに異なり、彼の場合は馬を模した形となっている。それは、半人半妖たる彼等の持つ妖性ようせいがどのような姿で現れるかに起因するのだが、およそ動物の姿であるのが一般的だ。


 転身した夜鐘は、すぐさま妖に踊りかかった。その動きは人間にはとても真似出来ないほどに速く、鋭い。ウォーデッドの反射神経と身体能力を持ってすれば、例えガトリング砲の掃射を受けたとしても、全ての弾丸を的確に斬って捨てることが出来るだろう。


 そんなウォーデッドからの攻撃である。妖側も即座に反応するものの、彼の素早さには付いて行けず。下から斬り上げるような太刀筋で、片腕を落とされた。傷口から真っ赤な血が噴出する。が、これは本物の血液という訳ではない。霊血れいけつと呼ばれる、肉体を失った魂が持つ霊力が可視化されたものだ。


 妖が不快な叫び声を上げた。どうやらこの妖は生前の記憶を持っていないタイプのようだ。恐らく言葉の使い方も忘れているのだろう。そう。妖も元は人間の魂。肉体を失い無防備になった魂が、現世の穢れを受けて変異した姿なのである。妖のように、そのままでは輪廻の輪に還ることが叶わない魂を穢れごと切り刻むことで祖霊の元に送るのが、十六夜とウォーデッドに与えられた役目なのだ。


 夜鐘は返す刀で、妖の片足を切断し、妖から機動力を奪う。後はとどめを刺すだけ。夜鐘はその霊力を開放し、自身の滅殺めっさつ――ウォーデッドの持つ必殺の一撃を放った。夜鐘の滅殺の名は黒陽こくよう。球状に凝縮した黒い炎を、斬撃とともに敵にぶつけるというものだ。


 黒陽を受けた妖はその穢れごと焼き尽くされ、光の粒子となって消えて行く。これで妖の討伐は完了。妖となっていた人間の魂は、やがて祖霊へと還るだろう。


「今日だけで三体目か。ここのところ多いな」


 転身を解き人の姿へと戻った夜鐘が、刀を鞘に納めつつ、十六夜に歩み寄る。


「それだけ今の世が不浄に満ちているということだろう」


 十六夜の抑揚のない声が、夜鐘を迎えた。少女らしからぬ口調も十六夜の特徴だ。


「ここまで多いと、何かの前触れなんじゃないかと疑いたくないか?」

「お前がウォーデッドになった頃と比べても、人口は増えている。その分死者も増え、結果妖が増えるというのは道理だろう。私達の間でも、おおむね同見解だ」


 十六夜は魂のあり方が曖昧で、同じ十六夜同士で情報の同期が可能である。故に各個体とも個性が薄く、髪色やタトゥーの形など多少の見た目の違いの他は、ほぼ同一と言えた。これは決して不具合ではなく、この役割に個性は必要ないという祖霊の判断によるものだ。


 夜鐘がウォーデッドになってから数十年。数多くの妖を滅し、歴戦のウォーデッドとなった彼だが、これでもウォーデッド全体から見れば若手に分類されるほどに、彼等の歴史は長い。


「……まぁ、俺はお前の指示通り妖を狩るだけだ。で? 次はどうする?」

「とりあえず近場にいた妖は今ので最後だ。一度門前町に戻って休息を取ろう」


 どうやら連戦はひとまず終わりのようだ。そういうことであればゆっくりと休ませてもらおう。夜鐘は刀をロングコートのベルトに差し込み、両手を持ち上げてグッと伸びをした。


 その時、風が吹き抜ける。季節に似合わない、妙に冷たい風。同時に、温かい雫が頬に当った。少しの違和感。その違和感の正体に気付くまでに、そう時間はかからなかった。頬に振ってきた温かい雫が自身の血だとわかったからだ。


 肘から先の感覚がない。そして、傷口となったその部位から噴出した血液が、自分の頬に当ったのである。


 それでも、そこは歴戦のウォーデッドだ。それが何者かからの攻撃だと察した夜鐘は、瞬時に姿勢を低くし、周囲を見渡した。しかし、それは無意味に終わる。次に瞬間には夜鐘の上体が、新たに現れた妖の巨大な口の中に納まっていたからからだ。




 まさに一瞬の出来事。その僅かな時間で、ウォーデッド夜鐘はこの世から消えた。相方である夜鐘を失った十六夜は、その場で膝を着く。


「馬鹿な。我々に接近を察知させないとは……」


 然程時間もおかずに、十六夜の姿も闇に溶けるように消えた。ウォーデッドと十六夜は一蓮托生。どちらかが命を落とせば、残った方も生き残ることは叶わない。


 ビルの上から一部始終を見ていた白いロングコートの男は、十六夜が消滅するのを見届けてから、小さく呟く。


「これはやむを得ない犠牲だ。我が目的が達成された時、その時こそ、全てのウォーデッドは呪縛から開放される」


 男の見た目は二十代前半。やや色白が過ぎるくらいの肌色だが、それが彼の妖艶な美しさに拍車をかけている。やや長い白色の前髪の間から覗く瞳は金色の輝きをたたえており、この世ならざる存在感を充分に放っていた。


 やがて男は白いロングコートをひるがえしながら姿を消す。後に残されたのは現世の喧騒のみ。この時には既に、世界のことわりは少しずつ、だが確実に狂いつつあった。

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