天地海の神々が世界をめちゃくちゃにしてます! 助けてください、知恵神様!

Agim

第一章 寒冷化と森のエルフ

第一話 知恵神ヴィドリア

「最近、人間たちの勢力が拡大しつつありますね。彼らはクロロプラストとの対立を生みかねないので抑止したいのですが……」


 この世には、生物の枠に収まらない存在が文字通り星の数ほど存在する。


 まるでそう、神と形容するのにふさわしい超常なる者たち。


 彼らは各惑星・恒星に複数存在し、宇宙の秩序と平和を守るべく日々活動している。


 中でも最近注目されているのが、生命の溢れる豊かな惑星。ここヴィーダである。


 ヴィーダにいる神は星の力を操る天地海の三神と、生命の力を操る鰓・翼・腐・原・知の五神に分かれていた。


「た、助けてくださいヴィドリア様!」


 五神でも特に現在有力なのが、知恵神ヴィドリア。彼女は地上に住む生命を統括し、彼らの進化に合わせてその実力を伸ばしている。


 知能の高い種族の出現により、彼女は知恵神という名を冠するほど絶大な力を手にしたのだ。


 そんなヴィドリアは、普段自身の眷属たちの悩みを解決しつつ、惑星内の生物バランスを保つべく活動していた。


 今もまさに、困りごとを抱えた眷属が彼女の神殿に駆け込んでいる。


 西洋風の荘厳な神の城に入ってきたのは、美しい金髪を靡かせ長い耳をした絶世の美女。エルフの女性である。


「あら、久しぶりですねビアンカ。まずは呼吸を整えてください」


 汗だくで入って来た美女に、これまた目を見張るほどの美女が手を差し伸べる。


 彼女こそ知恵と地上の生物を司る神、知恵神ヴィドリアだ。


 清廉さを思わせる長い銀髪に、透き通るような美しい肌。見る者すべてが視線を奪われる空色の瞳。肌の露出をほとんど見せない神々しい衣装は、むしろ彼女の妖艶さを引き立たせていた。


 異性のみならず同性までもを魅了する神の姿。それが彼女である。


「聞いてくださいヴィドリア様」


 そんな彼女に、ビアンカと呼ばれたエルフの女性が語り掛けた。どうやら急を要するらしい。

 呼吸を整えつつも、彼女は語り口を止めようとはしない。


 それに対し、ヴィドリアはとても落ち着いた様子だ。優しい視線を向け、話を続けるよう促す。


「ヴィドリア様もご存じとは思うのですが、近ごろ長期間の寒冷化が発生しています。森の実りも減りつつあり、エルフの集落が打撃を受けているのです。どうか私どもに、お知恵を授けてはいただけないでしょうか」


 ビアンカは首を垂れて彼女へと願う。要件は短くわかりやすい。


 しかしヴィドリアは、どうにも引っかかることがあったらしい。ビアンカの言葉に首をかしげていた。


(? 最近は人間勢力の拡大で、温暖化が進行していると思っていたのですが。私の見立てが間違っていたのでしょうか)


 そう、彼女が引っかかっているのはまさにそこだった。


 人間が農業革命を起こし数千年。数々の王朝が成立し、同時に森林の破壊が始まっている。


 化石燃料の使用にまでは至っていないが、数十年、数百年単位で間違いなく気温は上昇し始めていた。


 だというのに寒冷化とは。ヴィドリアは毎日太陽の神へ祈りを捧げている。惑星であるヴィーダの神よりも、恒星である太陽の神の方が遥かに位が高い。当然、太陽の勢力に変化があればすぐに気付くことができた。


 だからこそ、これが太陽の力によるものではないとわかる。


 ……ちなみにこれは余談だが、ここで言う太陽はあくまでも地球付近にあるそれに酷似した恒星・・・・・・・・・・・・・・・・である。


 太陽と月。この二つの存在なくして、地球とよく似たこの環境は成しえない。余談終了。


(それに、エルフは集団の単位が小さい。大規模な寒冷化が発生しているというのなら、何故ビアンカだけが私に助力を求めてきたのでしょうか)


 エルフとは、森に住み狩猟採集生活をしている類人猿の名だ。


 神の力、魔法に対する適性が高く、寿命も非常に長い。


 死ににくく食料を獲得しやすい彼女たちにとって、群れの規模を必要以上に拡大する必要はない。


 だからエルフは、基本家族や親族といった小規模の集団で生活している。

 人間のように街を作り数千人単位の群れを作ることはない。


 地球で例えるのならば、ネアンデルタール人のようなものだろうか。


 個の力が非常に強く、少数の勢力でも十分に生活を送ることができる。狩猟採集生活でも、彼女たちにとっておよそ不自由と呼べるものは存在しなかった。


 だからこそ農耕技術は必要がなく、農耕に必須である土地も必要ない。土地の権利という概念が生まれなければ、都市や国家といった勢力も生まれづらいだろう。


 唯一彼女たちの言語が統一されているのは、ヴィドリアの入れ知恵と人間種との交流によるものだ。


 であれば、他のエルフもヴィドリアに助力を求めてくるはず。


 街の代表が一人知識を授かりに来るというのは、人間のように大規模な群れを作ってこそのものである。


(……単純な話ではなさそうですね)


 ヴィドリアは柔らかくビアンカの手を包み込むと、彼女の瞳をまっすぐに見つめる。


 エルフ特有の翡翠色の瞳。それが今は、不安そうな色に包まれていた。


 何かがあるのは間違いない。しかしそれは、己の眷属を見捨てる理由にはならない。


「救いましょう。私の知識を授けます」


 短く簡潔な言葉。ただそれだけに、ビアンカは打ち震わされた。


 ヴィドリアの声は知恵ありし数多の生物に浸透し、無条件で感動と心酔を与える。

 それはどれほど強固な精神を持つ者でも抗えない、神の御業。


 ヴィドリアが救うと言った。ただ一言に、ビアンカは言いえぬ全能感を覚えた。


 何もかも、あらゆる不安や障害を取り払われたような。彼女に任せればすべてがうまく行くと言った、実際何の根拠もない確信。


 これこそ、ヴィドリアが持つ魔性の力である。いくら魔法への適性・耐性が高いエルフと言えど、彼女の魅了は覆しようがなかった。


 ただ今回の場合、彼女の言葉に嘘偽りの類は一切含まれていない。大真面目にエルフを救うと言っている。


 要するに、寒冷化によって不足している食糧事情を解決すればいいのだ。知恵の神であるヴィドリアの知識をもってすれば、その程度なんということはない。


(それに、犯人の当たりも付いています。太陽神の皆さまでないということは、気候変動など起こせるのは一柱しかいない)


 天神シェーロ。彼女以外、これほど大規模な自然災害は起こせないだろう。


 天の力を操る星の神。生命の神であるヴィドリアよりも上位の存在。


 彼女が感じていた不安感とはつまり、上位神に喧嘩を売らなければならない可能性だ。


 己の眷属を守るためならば、天神にだって刃を向けねばならない。


(なるべく穏便に済ませられれば良いのですが)


 もちろん第一はエルフたちのことだ。というより、これほど大規模な変革。むしろエルフ以外の眷属も心配せねばならない。


「まずは現場を知らなければなりません。ビアンカ、貴女の集落に案内していただけますか?」


 ヴィドリアは決意を固め立ち上がると、ビアンカを同じように立たせ案内を促す。


 善は急げだ。寒冷化の影響を受けているのは、恐らくエルフだけではない。


 ならば即座に対処法を確立し、あらゆる眷属に伝達する必要がある。ひとつの勢力に時間を使っている暇はない。


「もちろんですヴィドリア様! 私どもにお力添えいただき、ありがとうございます!」


 これに対し、ビアンカも力強く答える。


 彼女とて、ヴィドリアに頼りきりではいられない。自分にできることは己の力で。できないことだけ神の力を。それが彼女の信条だ。


「さて。シェーロ様と矛を構えるのは嫌なので、自然現象ということで片が付けば良いのですが」


 二人は力強い足取りで神殿を後にする。気まぐれな神々に抗うため。

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