ブラックコーヒーとクリームソーダ

旦開野

第1話


カランカラン


私は「喫茶ミケ」の扉を押す。ドアベルが鳴る。レトロな、雰囲気のある喫茶店。女子高生の私が出入りするにはちょっと敷居が高いかな……とは思うけど。それでも私は喫茶ミケに通う。ここは雰囲気も良くて、メニューも美味しいし。何よりも……

「ああ柚花ちゃん、いらっしゃい」

 マスターがとてもイケおじなのだ!面長で清潔そうな短髪。背が高くて口髭の似合う、堀が深くて低音ボイスが耳に心地いい、とても素敵なおじさま……いやあ、とても良い。

 そう。察しのいい人はお気づきであろう。私は世間で言うところの枯れ専、というものなのだ。

 まあ言っても決しておじさんと付き合いたいとかどうかなりたいとか思っているわけではない。そうだな……理想としてはこの喫茶店の壁になりたい。うん、あそこにある観葉植物になってイケおじの方々を静かに観察していたい。

「柚花ちゃん、また変な妄想してるでしょ? 」

「えっ。あ、いやあ……そんなことないですよ。もう、人聞きの悪いこと言わないでくださいって」

 マスターは私の本性をよく知っている。人のことを見透かすのが上手い。マスターは私がこの店にどんな目的でやってきているのか、来店3回目にしてすでに見抜いていた。

「柚花ちゃんがわかりやすすぎるんだよ」

 とマスターに言われる。一応人に見られてはまずい部分は隠しているつもりなんだけど……

「ご注文は? 」

「あ、じゃあブラックコーヒーで」

「いつものやつね。了解」

 マスターに注文をしたあと、私は窓際の2人掛けの席へと向かう。最近、店が混雑していないときは大体そこへ座るようにしている。椅子に腰掛けて目線を上げる。目の前の席に座っているのは毎週木曜日のこの時間、必ずいる1人のおじさま……

「……」

 マスターとはまた違う、スッキリとした塩顔。少し垂れた目で、人相から穏やかで優しそうなのがわかる。マスターも素敵だが、こちらはこちらででまた素敵な雰囲気を持つおじさま……

「じろじろ見過ぎ」

 私の注文したブラックコーヒーの入ったカップと、クリームソーダをトレーに乗せて、マスターが呆れたように言う。

「そ、そうですか? 」

「そんなに気になるなら、見てないで話しかければいいのに」

「いいんです。私はこれで。認知されたくないんです私は……」

「はあ、めんどくさいね君も」

「放っておいてください」

「そんなに気になるなら話しかければいいのに」

「いやですよ」

「緑樹さん」

 こちらの答えなんて聞かずに、マスターは目の前に座るおじさま……緑樹さんに声をかけていた。

「ち、ちょっとマスター! 」

「ちょっと相席、いい?席はあるけど、この子、どうも緑樹さんのこと気になるみたいで」

「は?ちょ、ちょっと、なに言ってるんです? 」

「まあ、いいですよ」

「えぇ!? 」

 マスターもマスターだけど緑樹さんも緑樹さんだ。普通そんなお願い聞かないだろう。

「僕なんかとお話しても面白くないと思いますけど……」

「まあまあ。若いものに人生とはなんなのかって聞かせてやってください」

 勝手に話を進めたマスターは緑樹さんが座っていた席に私のブラックコーヒーとクリームソーダを置いた。これじゃ、席を移動せざるを得ないじゃない……

「お、お邪魔します……」

「どうぞ」

 緑樹さんは優しく微笑んで迎え入れてくれた。その笑顔を見て、私は思わず天を仰ぎそうになったがグッと我慢した。

「……クリームソーダ、お好きなんですね」

 そうなのだ。緑樹さんはこの喫茶店に来る時、いつもクリームソーダを注文している。渋いおじさまが可愛らしいクリームソーダを好き好んで注文しているというのはギャップがあり、萌えポイントの一つではある。

「ええ。お恥ずかしいながら僕、コーヒーが苦手で」

「そうなんですね……」

 うっ。またもや緑樹さんの萌えポイントを知ってしまった……などと心の中では思いつつ、なるべく平静を装い、私は返事をした。

「それに……」

 緑樹さんは続けた。

「クリームソーダは幼い頃の父との思い出があって。もう亡くなってしまったんですけどね。だから大好きなんですよね、クリームソーダ」

 緑樹さんの表情は、とても穏やかになり、顔を見ただけてその思い出がとても素敵なものであることが、私には伝わってきた。

「なんだか素敵ですね」

 これは紛れもない本心。

「そんな思い出、私も持ちたいな……」

 ついついぼそっと呟く。

「はは。あなたはまだまだ若いんですから。きっとこれからできますよ」

 緑樹さんはそう笑ってくれた。そんなふうに言われると、なんだか本当にそうなるような気がするのが不思議だ。

 ふと緑樹さんの目の前のクリームソーダに目をやる。まんまるのバニラアイスが少し溶けて、ソーダが溢れそうになっている。

「あっ……」

「ああ、ちょっと長くお話しすぎましたね。いただきましょう」

 緑樹さんは長細いスプーンを取る。私もブラックコーヒーの入ったカップを口に運ぶ。コーヒーはなぜかいつもよりもまろやかで優しい味がするような気がした。


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ブラックコーヒーとクリームソーダ 旦開野 @asaakeno73

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