第13話 原点との邂逅〜前編〜

 少年は私の主であり、私を創造した神である。


 明けることのない夜が空を包む空間に部屋を作り、一人暮らしている。


 ここは常に夜なので時間感覚という物が狂って仕方が無いが、数週間振りに私は主に呼び寄せられた。


「主よ、お呼びでしょうか?」


「あ! 【オリジン】! 待ってたよ〜! ······オホン! あー、君を呼んだのは他でもない」


 私を前にして軽く咳払いを挟み、普段の軽い口調から丁寧に変えた。


 主がこういう話し方をする時は大抵ロクでもない要望が飛んでくる。


「なんで、着々と進む僕の計画を邪魔する奴が現れないのかな?」


「······と言いますと?」


「だってさだってさ! 確かに僕達の宿敵である【バイトヒーロー】とかは頑張ってくれてるよ? でもさ、今僕達が探してる『山羊』を見つけて僕達から保護する! とかそんな動きが無いわけじゃん? それってどうなのよ?」


「どうなのよ······と聞かれましても、あちら側に気付かれずに計画がスムーズに進むのならそれは良い事なのではないでしょうか?」


 計画が思い通りに進んで一体主は何が不満だと言うのだろうか。


「いやね、思い通りに進み過ぎるのも面白く無くない? やっぱり僕が求めているのは『展開の変化』と『スリル』な訳よ!」


 やはり私にはこの人の考えている事が理解できない。しかし、そこが上位種たる私の主と私との違いなのだろう。


「――――そこでオリジン君には命令おねがいがあります!」


 来た。確か前回の命令おねがいは『この世界にWiFiを引いて欲しい』だったか。そんな訳の分からない物が来ない事を祈って耳に意識を集中させる。


「バイトヒーローの所に行って、僕達の計画をそれとなく明かしつつ、テキトーにボコって来てください!」


 なんでしょう······なんでしょうその願い......やはり······やはり貴方様は――――!


「お任せ下さい。その命令おねがい、このオリジンが、喜んで遂行させていただきます!」


 オリジンはそう言い放ち、窓から飛び出して行く。最も敬愛する主の命令という希望を胸に刻みながら。


 原点は回帰する。英雄気取りの男に絶望を刻まんと。



◇◇◇◇



 今日は休日。ガラス張りの店頭からは、たくさんの人で賑わう道、店が見える。


 少し視点を戻して俺の働く店では······客は一人しかおらず寂れに寂れている。一体この差はなんだと言うのだ。


 と言うかこの客もこの客だ。ずっと雰囲気が暗い! なんか入りづらそうオーラを出している様な気がする!


 うん! 絶対そのせいだ! 払うもん払って帰ってくれませんかね?


「お客さん、ずっとため息ばかり吐いて悲しそうですけど、どうかしたんですか?」


 帰ってくれという言葉を飲み込み、俺は言葉をかける。見た所20代半ば程に見える。


 フード付きの黒いパーカー、作業着の様なくたびれた黒いズボンの全身黒一色の、こんなバイトでもしてなかったら絶対に話しかけないであろう男に。


「実は······し···師匠からおねがいと言うか命令と言うかを貰いまして、お願いされた瞬間は嬉しかったんですけど、冷静になって考えてみたらなんてややこしいお願いなんだろうって······」


 なるほどこの人は苦労人タイプか、俺もこんなタイプの人をよく知っている。


 ほらあの、不破の唯一の友達の······名前が確か······そう緑馬りょうまさん! あの人は不破の事「友達!」と言ってはしゃぎ回っているが(それも警察官としてはどうなんだ)この前も不破からウチのランチセットを買ってくるように頼まれて買いに来ていた。半分パシリだ。


 おっと話が逸れてしまった。そう、この人の師匠のおねがいの話だったな。


「お願いって、今回は何を頼まれたんですか?」


「はい、今回は2つお願いがあって······一つは『山羊やぎ』を探して来る事です······」


 ヤギ? 師匠は酪農家か何かなのだろうか?


「また突飛なお願いですね······なんか別の農場にいたり···とかするんですか?」


「どこにいるかも分からないのに······必要だから見つけて連れて来いって! 酷いですよねホント······」


 これはかなり思い詰めているな···大の大人が今にも泣きそうな目でこちらを見てくる。


 こんな時は慰めの言葉の1つでもあった方が楽になれるだろう。


「大丈夫です! 僕がもし見つけられるようなら···少しですがお手伝いさせていただきます!」


「本当ですか! その言葉があるだけで救われます! ありがとうございます!」


 うんうん······さっきより幾らか表情が明るくなった。


 よく顔を見てみると、その瞳はキラキラと輝いて、淡い藍色のその色と合わさって星空のようだ。


「それで···師匠からのもう1つのお願い、と言うのは?」


 この際だ 。ちゃんと全部聞いて、解決出来る物はその手助けをしよう!


「もうひとつの願いというのは······バイトヒーロー【九重 空牙】アナタを殺すことです」


「は?」


 その言葉の意味を脳が理解するより先に、俺は頭を掴まれ外へと投げ飛ばされた。


 俺と男の間にあったカウンター席も、店頭のガラス張りの店頭も障壁としての意味を果たすこと無く粉々になっている。


「今ので死ぬと思ったんですけど......案外丈夫ですね」


 店の奥から男は悠々と歩いて近付いて来る。煙で霞んでよく見えないが、右腕の肘から下にかけてが服ごと鎧のように変質している。


「お前······Xエクスだな」


「おっと······そういえば自己紹介がまだでしたね。私、名をオリジン と申します。名前だけでも覚えて死んで頂けると助かります」


 コイツがオリジン!! こんな奴と···応援が来るまで1対1サシで戦って大丈夫か?


「何何? ヒーローショー? それともなんかの撮影?」


「うわっ! すごい本格的じゃね?」


 まずい一般人も集まってきた! 両側の道を塞ぐように人だかりが出来ている......


 これで逃げる事も出来ないッ!! 


 どうする!? 一般人に被害は出せない、応援も今の所望みが薄い、おまけに相手は店長達から一度逃げ切れるレベルの怪物! 考えろ空牙! 打開策を!


「うーん······少し人が邪魔ですね······」


 俺は呼吸と思考を一瞬で整え、オリジンが振り払おうとした手を刀で受け止める。今コイツは······人を殺そうとしたのだ。


「ぐっ······撮影の邪魔になりますから! 皆さん早く下がってください!」


「へぇ、流石の機転と反射神経ですね······ヒーロー」


「うっせーよ······お前はそんなに余裕で良いのか?」


 取り敢えず一般人を遠ざける事は出来た。


 後は応援の要請だが、これについては心配はいらない!


 店長特性『戦闘服バトルスーツ・改』の隠された機能! 自動救援機能!!


 この機能のお陰で、俺は任意に自動で店長、および対X特務課にこの映像と音声を届ける事ができる! そういう事で今のこのピンチもこの胸に付いている超小型カメラで······カメラで? あれなーんでエプロン?


 突然の襲撃で戦闘服着てねーじゃん!!!! あ! 意識し出したら滅茶苦茶全身痛い! 俺可哀想!


「オリジンてめぇ嵌めやがったな······! 許さん!」


「私は特に何もしてませんが······まぁ良いでしょう。不公平だと愚痴を垂れながら死にゆく様を見るのも悪くないですが、それだとアナタが報われませんね。ハンデとして、最初の2撃は手を出さないでおいてあげましょう。いかがですか?」


 なんだそれ······マジで油断してんじゃん! いや、それだけの自信があるんだろう。


「本当に良いのか? それでお前が死んでも文句言うなよ?」


「良いですとも。私の魂は常に主と共にありますので」


 オリジンはフードの前ポケットに手を突っ込んだまま立っている。


 その気なら、初手から全力で行かせてもらうぜ!


『じいちゃん流・燈凛轟燃とうりんごうもく


 俺の刀は確かに肩口を捉えた。しかし――――


「!! 動かねぇ!?」


 俺の刃は身体を通らなかったのだ。


「もう1発!!」


 もう一度同じ所に、一撃目より強く技を放ったが、ギィン!という金属音が虚しく響くだけだった。


 これがオリジンの能力······なのか?


「あの······もしかして何か能力使ってたりします?」


「それに関しては安心してください。まだ何も手を出していませんよ」


 デスヨネ! 素の基礎能力フィジカルでこれですよね!


「あと······ボーナスタイムは終わったので、今度はこっちから行かせて貰います」


 オリジンは言い終わるとほぼ同時に、俺の手を掴み首を刈り上げた。


 なんて事ない、オリジンにとってはほとんど力すら入れていないだろう軽い回し蹴り。


 しかし俺にとっては死を迎えるのに充分過ぎる威力を持っていた。


「ア゛ッ····!! ガッ······ァ゛!!!!」


 息が上手く吸えない。体の全細胞が自分の物じゃ無いみたいに絶叫をあげている。でも視界だけははっきりしていると言う点がより一層死への恐怖を引き立てる。


「手足の痙攣······血の混じった泡を口から垂れ流し······今にも死にそう! って感じですが、アナタは2発、私はまだ1発 これでは不公平なので、もう一回蹴ります。なのでまだ死なないでくださいね」


 これをあと1回受けなきゃ死ねない······? 割と善良に生きてきたはずなのになんなんだこの拷問めいた最期は······あークソ 死にたくねえなぁ······


「オラオラオラァ! 空牙確保ォ!」


 どこか遠い所で聞き覚えのある声が聞こえる。


 その頃にはオリジンではない別の誰かが俺の体を掴んでいる感じがする。


「市民の避難もこなしつつ······俺達が来るまでよく耐えた! ナイスヒーローだ」


 今度は聞き覚えのあるムカつく声がする······


「ばんじょ······ふわ......なんでここに――――」


「あー、話は後! 店長とメイは遅れて来る! その前に店長から預かってるこれ飲め! 『ゲンキカリール』みたいな名前の回復薬だ!」


 万丈から俺の口に液体が注がれる。相変わらず店長の作る飲食物はクソ不味い······でも···みるみるうちに傷が癒えていくのが分かる。


「ブハァッ! 死んだかと思った! てかお前ら! なんでここに······」


「Xの匂いがした!」


「――――で、飛んで行ったバカがいた事をおたくの店長から報告を受けた」


「なるほど······でも、これで3対1! 反撃開始だぁ!」

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