七三とミミズ (岩手県/25歳/女性)

夜中に地震が起き、目が覚める。ドアの向こうが怪しく光っており、その光は人型の何かを包んでいる。

光に包まれた人型がドアの向こうから玄関を指指し、その方向へ自分は向かう。

その瞬間ベッドに棚や箪笥が倒れこんでくる。


謎の人型に助けられる話。


「震災が起こるたびにこういった話はいくつか湧いて出てくるものですけど、私の場合は少しというか、かなり違いました。真逆でした」


真逆ってことは…?


「はい。危うく大けがか、最悪死ぬところでした。

 それは、はじめは人型だったんです。私も怪談とか好きで、当時は中学生でしたけど、色々調べてこの手の話を知ってました」


真逆ってことは、指指す方に行ったら、そこに何か重いものが倒れてきたんだ?


「いえ。

あの日は昼間だったじゃないですか?私は学校にいたんですけど、揺れてるときは来なかったんです。

問題はその日の夜中、いつまた大きな揺れが来るかわからなくて、なかなか寝付けなかったんです」


わかる。私も漫画読んでたなぁ。


「それで、気付いたら寝落ちしてたみたいで、夢を見たんです。

凄く綺麗で、何メートルもある大きなお花とか、たくさんの人とか、桃源郷?っていうんですかね、浮世離れした世界にいたんです」


夢って感じだね


「そこにいたんです。人型。見た目は普通の人なんですよ。スーツで七三分けの。

でも光に包まれてるというか、纏ってる感じだったので、

あ、震災の時に人を助けてくれる人だ

ってすぐにわかりました」


なるほど。


「そしたら私が見てることに気づいたのか、その七三がこっちに歩いて来たんです。ニコニコしながら。

それで私の後ろを指指したんです」


「あ、後ろに行けばいいんだって思って、私は走ったんですね。

その瞬間地面が消えて、桃源郷みたいな世界もなくなったんです。

落ちた先の世界は地獄絵図でした。

辺り一面火の海で、焼死体とか、飛んできた車に押し潰された人の側で泣いている子供とか、意味わかんない、なんか、凄く大きい


ミミズみたいな」


…映画じゃん。戸締りの。


「でもそのミミズみたいなの、脚が十本くらいあって、ミミズみたいなんだけど、虫みたいでもあったんです。

映画程大きくはないんですけど、人より遥かに大きいミミズが現代日本にいるわけないじゃないですか」


伊勢暦。


「なんですか?それ。

…それでそのミミズ、走り回っては泣いてる子供や逃げ惑う人々を丸呑みにしていくんです。

私は必死に走りました。死にたくないので」


「そうして夢中に走っていたら、いつの間にか火の全くないところ、火が既に燃え尽きたようなところにいたんです」


「七三もそこに…

そしたらその七三が左を指指したんです。さっき騙されてるので疑念はあったんですけど、指指す方向には確かに見慣れた自宅玄関のドアがあったので、その七三に背を見せないようにゆっくり歩き出しました」


「しばらくそうしていると、硬い金属に触れたので、ドアについたって思って、そこで初めて七三に背を向けたんです。

案の定というか、まぁ私、また騙されまして…」


うん。


「幻覚ですかね。それ、車だったんです。中には人、多分この車の持ち主の家族がいたんですけど、みんな亡くなってました…

凄く苦しそうな顔で、窓に張り付いていて…私の顔を睨んでるみたいで…」


うん。


「そしたら七三がいつの間にか私の真後ろにいて、耳元で笑いながら言うんです」


「”騙されてやんの”って」


ふむ?


「これ、私のこともそうなんですけど、この家族を騙して車に誘導して、結果波に飲み込ませたのかもしれなくて、だったら、私にそれを見せた意味って何なの?って…わけわかんなくて…」


確かに真逆だね。


「結局、笑い声がどんどん大きくなって、家族に睨まれながら、視界が狭窄していったんです。

気付いたら朝でベッドの上でした。

話はこんな感じです」


なるほど。

そういう災害にかかわるものに、意思はないって聞くけど…


「明確に悪意ありますよね」


断言はできないけど、まあそう感じる人は多いだろうね。


「それにこの話、続きがあって」


現実でも何かあったの?


「いえ、あの、私が話したような体験を、他の人も体験してて

不思議な世界、七三、地獄みたいな世界、ミミズ。

この四つが共通するみたいなんです」


四つね…。どんな人から話を聞いたの?


「当時の…同級生や両親から」


あぁ、だから真逆なのね。


「はい…その人達、震災の一週間くらい前から、バラバラのタイミングでこんな感じの体験をしていたらしくて…。

その人達は…ほ、ほとんど…亡くなりした…」


そっか…。


「この体験をした同級生に、石室って人がいます。

彼、体験自体が私と酷似してて、他の同級生や両親は、少し違う体験をしたみたいなんです」


違うって言うのは?


「あの世界で、ミミズに呑まれたそうなんです」


なるほど。


「私、あの日が近付くと、未だにこの体験をするんです。

あの地獄みたいな世界に、どうしても入ってしまうんです…」


今年はもうあった?


「はい。

私…ミミズに呑まれました。走って逃げながら…後ろを振り返った瞬間に…」


「私…どうなっちゃうんですかね…?」



お話をお聞かせいただいた日より、今日で一週間が経つ。

彼女からの連絡は、未だ無い。


江戸時代に制作されたとある歴史書には、地震蟲が地震を起こしている。といった内容が記されている。

容姿はなんとも形容しがたい不気味さがあるのだが、お聞かせいただいたものと類似する特徴として、地震蟲には脚が十本ほどあるのだそうだ。

頭は東、尾は西を向いている。

鹿島大明神が要石で鎮めているはずの、あくまでも空想上の存在である。


夢の中に出てくるミミズの正体が地震蟲だとして、その世界に誘導する七三、四つの共通点。


考えても仕方のないことかもしれない。

天災に抗う術など無いのだから。

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