56話 注目の的



「……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……」


 これって、わたしが愛の氷で失敗した時の……。


「……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……」


 ホントにゴメンね……苦しいよね……。


「……もっと愛して……もっと愛して……もっと、もっと、もっと……」


 もっと、愛していいの……?


「……もっと激しく……もっとめちゃくちゃに愛して……全部、あげるから……」


 あはははははは、サーシャーーー、大げさすぎるよーーー。


「……もっと……もっと……もっと……愛してる……愛してるよ、アリア……」


 いいよーーー、もっと、もっと、もっとたくさん愛してあげるーーー……。


「アリア」


 んーーー……もっとーーー……?


「起きて。修行ノルマに行こう」

「ノルマ!?」


 え!? ノルマがなに!? 投げられるの!?

 ビックリして周りを見たけど、お姉ちゃんはいない……。


「おはよう、アリア」

「え、あ、サーシャ……もういいの?」

「ん? なにが?」

「もっと愛してとか、もっと激しくとか、めちゃくちゃにして? とか……」

「えっ!? 聞こえ、ぇ、えっと……ゆ、夢、じゃないのかな? 私は、アリアを起しただけだよ……」

「え? ああ、もう朝なんだね……いつの間にか寝てたんだ……。まあ、夢だよね。大げさ過ぎてすごくビックリしたよ」


 はぁーーー、すごい夢だったな……。

 昨日の、愛の氷が苦しくて、うわごとのように「愛してる」を繰り返してたサーシャの声がよほどショックだったのかな……。

 愛してるだけじゃなくて、もっと愛してとか、激しくとか、すごく大げさだったのは、わたしの罪悪感のせいとか?


「夢のことはいいから、ノルマの準備しよう。学校に遅れるかもしれないよ」

「……サーシャはもう50km走ってきたの?」

「走ってきたよ。さ、準備しよう」

「うん」


 今は朝の5時……これより早く起きて50km……。

 原人と獣人の差……。それだけじゃないよね、サーシャが努力家なんだ。

 わたしを守る為に毎日努力してるんだ……わたしもその努力を見習わないと。

 顔を洗って歯を磨いてサーシャに着替えさせてもらう。


「よし、じゃあ、頑張ろう!」

「うん、頑張ろうね」


 玄関前で軽い体操をして、ランニングをスタートする。

 サーシャの先導は相変わらずだけど、今日は昨日より近くにいる。

 コースがほぼ決まっていて、わたしもある程度覚えているので迷わないからだ。


「あと50mだよ。もう家が見えてるからね」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 辛い、辛いよ……。

 でも、もう少し……もう、ちょっと……。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……あっ!」

「アリア!」


 思いっきり足がもつれた。

 あ、これは、顔面直撃……。

 

「間に合って、よかった……」


 サーシャの胸をクッションにして転んだみたい。


「大丈夫だった、アリア?」


 大丈夫だよ。でも、恐怖で心臓がドキドキしてる。

 サーシャの胸に顔を埋めてると落ち着く……。

 わたしは、無言で何度かうなずいて大丈夫アピールをする。


「よかった……。落ち着くまで、こうしてる?」


 無言でコクコクする。


「いいよ、ずっと抱きしめててあげるからね」


 サーシャはやっぱり優しい。

 地面に倒れて汚れてるはずなのに、このまま抱きつかせてくれてる。

 立ち上がって、汚れを払いたいよね……。

 でもゴメン。わたしのわがまま。落ち着くまでこうしていたい……。


「スーハー、スーハー、スーハー……」


 落ち着くよ……これって、愛の匂いだ……。

 わたしの為に匂いを出してくれてるんだ。いっぱい堪能させてもらおう……。


「スーハー、スーハー、スーハー……。ふーーー、落ち着いたよ、ありがとう」

「うん、よかったよ」


 立ち上がって汚れを払ってあげる。

 サーシャにも怪我がないようでよかった。


「愛の匂いを出してくれたおかげですごく落ち着いたよ。ホントにありがとう」

「え!? 愛の匂いがした!? ……ちゃんと洗って、着替えたはずなのに……」

「濃くはなかったけど、愛の匂いがしたよ。わたしの為に匂いを出してくれたんだよね?」

「え、あ、う、うん……。落ち着いてくれるかなって……」

「うん、すごく落ち着いたよ。ありがとう」

「……よかったよ……」


 顔が真っ赤だったので、氷を出してあげた。

 水筒は常に持ち歩いてるのでそれに補充するだけだ。自分とわたしのランニングの間に氷は少なくなっていたみたいなのでちょうどよっかった。


「じゃあ、腕立てをする前にお風呂掃除をしてくるよ。ノルマのあとはすぐに入りたいし」

「わかったよ。先にアリアの部屋に行ってるね」

「うん。すぐに戻るから」


 お風呂掃除をしてお湯を入れる。


「お母さん、あとはお願いねー」

「わかってる。ノルマをサボらずにやるのよ」

「うん」


 ……お母さんは、わたしがノルマをサボると思ってるのかな?

 そんな恐ろしいことは出来ないよ。あの悪魔の反感を買うことはしたくない。地獄投げされて1時間も動けなくなるのは絶対にごめんだ。

 それに、サーシャの為に強くなるって決めてるんだから、真剣にやるつもりでいる。

 

「お待たせー」

「お疲れ様。じゃあ、一回身体を拭いてあげるよ。リフレッシュして再開しよう」

「うん、ありがとう」


 サーシャに身体を拭いてもらってノルマを再開する。

 愛のマッサージのおかげでホントに楽々だ。

 ……これなら、一度に50回×3もいけるんじゃないの?

 明日にでもやってみようかな……。


「よし、終わり! お風呂行こう、サーシャ!」

「うん、行こうか」


 いつも通りのお風呂タイムだったけど、湯船のお湯がすごく少なかった。

 二人で入ってるのに、半身浴より少なく感じる。

 お母さんに文句を言ったら「毎日2回も入るのに、そんなにお湯は入れられないわよ」って言われた。

 ……うん、その通り過ぎて反論できない。

 毎回肩までつかるくらいにお湯を入れてたら、水道代と魔石代がすごいことになると思う。


「「「いただきます」」」


 お風呂のあとは、朝ごはんをみんなで食べる。


「サーシャ」

「アリア」


 二人で食べさせあった。

 一度も自分の手で自分の口に運んでない。

 コップも一つ。ストローが二本刺さってて一緒に飲む。

 お母さんは呆れた顔をしてたけど、そんなことはどうでもいい。

 サーシャが幸せそうに笑ってるからわたしも幸せ。

 それ以外のことはどうでもいい。


「今日のアリアの服はこれでいこう。可愛いよ」

「うん、流石はサーシャだよ」


 今日は普通の可愛い服をコーディネートしてくれた。

 やっぱり、昨日のお姫様スタイルは幽霊の後遺症だったみたい。


「わたしもサーシャの服を選んであげる」

「お願いね」


 サーシャの服を選ぶために一緒に部屋を移動する。


「……ん? サーシャの部屋、愛の匂いがいっぱいする……」


 昨日入ったときは愛の匂いは全くしなかった。

 でも、今はハッキリと感じる。

 わたしの部屋に残ってる匂いよりずっと濃い匂い。


「スーハー、スーハー、スーハー……やっぱりいい匂いだよー」

「そ、そう?」

「わたし、この部屋に住もうかな……」

「ゴメン。恥ずかしいから、無理……」


 サーシャを見ると、また顔が真っ赤になってる。

 ま、そうだよね。普通は自分の部屋に他人を住まわせるとか恥ずかしいよね。でも、わたしたちは夫婦なんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……。


「アリア! 服! 服を選んでほしい!」

「あ、うん」


 サーシャのタンスの半分はわたしの古着が入ってるけど、もう半分はサーシャの服が入っていた。

 わたしは、タンスの中からわたしの服に近い色合いの服を選んで合わせてあげた。


「デザインは無理だけど、色だけでもお揃い! いいよね」

「嬉しいよ、ありがとう」

「お揃いの服とかほしいねー。学校が終わったら買いに行く?」

「私は服よりアクセサリーが欲しいかな。お揃いのアクセサリー。それだったら、ずっとつけていられるよね」

「そっか。ネックレスとか髪留めなら、服装に関係なくずっとつけていられるもんね。流石サーシャだよ!」

「ありがとう」


 ネックレスなら、例え服に合わなくても中に入れしまえば関係ない。髪留めも、シンプルな物ならどんな服装にも合う。


「じゃあ、今日の放課後に……時間、あるかな……」


 放課後は道場の見学と修行ノルマがある。

 遊んでる時間なんてない気がする……。


「商店街に行かなくても、帰り道の露店とかでもいいと思うよ」

「露店……お揃いの物って売ってるのかな?」


 商店街のお店はメーカー品の物がたくさん売ってる。量産品ばかりなので、お揃いの物を買うのも簡単だ。でも、露店の場合は個人作成の一点ものばかり。同じものを売ってるのは見たことがない気がする。


「いいお店を知ってるから案内するよ」

「うん、任せる」


 やっぱりすごいな、サーシャは……。

 アクセサリーに興味がないと思ってたけど、お揃いの物を買うために調べてくれてたんだ。わたしと結婚したら、お揃いの物を買う予定をしてたんだね。

 ……6年間も愛してくれてたんだから、当然か……。

 愛を知ったばかりのわたしが思いつくことなんて、全部思いついてるよね。


「準備できたよ。学校に行こうか」

「うん」


 外に出たのでサーシャの胸に横からくっつく。そして、サーシャが肩を抱いてくれて準備完了だ。

 ……すでに周りから見られてる。みんな、そんなにサーシャのことをいじめたいの?


「ぐるるるるるる……」

「可愛いよ、アリア。しっかり守ってね」

「うん。ぐるるるるるる……」


 ……ホントにみんな見てくる。いいかげんにしてほしい。

 

「よ、よう、嬢ちゃん、おはよう……」

「……おはよう、ジョンさん」

「その、なんだ、いつもより仲がいいな……」

「なに? ジョンさんもサーシャをいじめるの? ぐるるるるるる……」 

「サーシャって……ザナーシャちゃんのことか?」

「……そうだよ。世界一愛してるわたしのお嫁さんだよ。ちなみに、サーシャって呼んでいいのはわたしだけだから。わたしだけのサーシャなんだから、手を出したらジョンさんでも許さないよ……ぐるるるるるる……」


 わたしのサーシャに手を出す……いじめたら許さないよ。


「はは、お嫁さんか。まあ幸せにな。これ、お祝いだ、持ってけ」

「……ありがとう、ジョンさん」


 ジョンさんは大丈夫そうだね。リンゴを2つくれたし、お祝いもしてくれた。

 でも、周りの視線は変わらないから注意が必要だ。

 学校が近くなると、視線は生徒のものに変わった。

 ヒソヒソ度がアップしたような気がする。やっぱり、陰口の中心は学校なんだ。ずっと一緒にいてあげたいのに、学年が違うのでお別れしなきゃいけない。なんとか守ってあげたいけど、物理的にどうしようもない。

 ……だったら、精神的に支えてあげよう!


「サーシャ、水筒」

「え、うん」


 水筒の中には氷が入ってるけど、まだ少し隙間がある。


「愛の氷、愛の氷、愛の氷、愛の氷……」


 隙間ぎゅうぎゅうに愛の氷を詰めてあげた。


「わたしが休み時間に行くまで、愛の氷で耐えてね。すぐにいくから」

「……ありがとう、アリア。愛してるよ」

「うん、わたしも愛してる」


 別れることになる階段の踊り場でわたし達はしばらく抱き合った。

 別れたくないよ……。気持ちを伝える為に、わたしは顔をくっつけてしばらくスリスリする。サーシャもスリスリを返してくれるので、お互いの気持ちは一緒なんだと思う。


「次は休み時間だね……待ってるよ」

「うん、絶対に行くから」


 サーシャが愛の氷を一つ食べて、笑顔で階段を上がって行く……。

 寂しいよ……。一緒にいきたい、離れたくないよ……。

 サーシャの匂いが消えるまで、わたしは踊り場で匂いを堪能した。


「アリアちゃん、おはよー」

「おはよー」


 席に座って隣の友達と話し始める。

 行き遅れの先生と結婚学のバトルをしていた友達だ。


「ねえねえ。さっちゃんさんとどこまで進んだの?」

「進んだって、なにが?」

「昨日の夜が結婚初夜だったんだから、もう最後までいったとか?」

「……ゴメン、意味がわからないよ」


 結婚学を取得してる人の言葉はホントに意味がわからない。わたしは先生じゃないんだから、結婚学は止めてほしい。


「もー、今更隠さなくてもいいよ! 昨日の放課後からずっと、二人の噂で持ちきりなんだから!」

「放課後? 噂?」

「放課後にトイレで愛しあってたんでしょ? 二人でトイレに行くのを見てた人がいるし、アリアちゃんの「愛せてよかったよ」って言葉を聞いてる人もいる。くぅーーー、なになに、なんでそんなに見せつけるの!?」


 トイレではサーシャを慰めてただけだよ……。

 たしかに、愛をしったのはその時だし、お互いに愛を語りあってたけど、見せつけてはいないと思う。ちょっと大げさすぎない?


「しかも、帰りは抱き合いながら帰ったみたいだし、ホントに人目を気にしなさ過ぎ!」

「あれは、サーシャを守る為に……」

「くぅーーー、やめて! そんなに愛を見せつけないで! 「お前は俺が守る」なんて、恋愛小説の中の騎士とお姫様だよ!」


 ……ダメだ、結婚学の人は話が通じない。

 抱きついていたのはサーシャを陰口から守る為だったんだけど、それを言っても違った解釈をして勝手に盛り上がりそうだ……。


「今朝も抱き合いながら登校して踊り場で愛し合ってたよね? 少しは遠慮しよう! ここは学校で人目がいっぱいだよ! 気にならないの!?」

「うん」


 愛に時間は関係ないよね?

 お互いに愛してるから愛しあう……普通のことだよね?

 恋人はみんなそうしてるよね?


「なんでそんなに過激なの!? 周りの女子は真っ赤だったよ! 男子も引いてたんだよ! もうちょっと控えようよ!」

「抱きあってるだけで過激なの? 家ではもっと愛しあってるよ?」


 家ではご飯を食べさせあってるし、お風呂でも愛しあってる。

 ずっと一緒にいて色々愛しあってるけど、別に過激だとは思わない。夫婦だし、愛してるし、普通のことだよね?


「……アリアちゃん、家で愛しあってるって……まさか、同棲してるの?」

「どうせい? よくわからないけど、同居……一緒には住んでるよ。昨日の夜からだけどね。それからはずっと愛しあってるかな。昨日の夜も今朝も、いっぱい愛しあったよ」

「……アリアちゃん、もういいよ……。もう、鼻血出そう……すご過ぎ……」


 鼻を押さえた状態で顔をそむけられた。

 ……鼻血? なんで?

 周りを見ると、みんながこっちに注目していた。

 女子も男子も顔が赤い。呆然とこっちを見てる人もいれば、こっちをみながらヒソヒソ話をしてるグループもいる。

 ……みんな、結婚とか愛とかが珍しいのかな?

 でも、昨日はすごい質問ラッシュで、みんなは愛をしってたよね……。

 ……愛じゃなくて、愛しあってるのが珍しいとか? 

 この学校で学生結婚してる人はたぶんわたし達だけだ。普通は社会に出て、成人してからみんな結婚する。事実婚状態でも、学生で結婚して、校内で愛しあってたら相当目立つのかもしれない。

 ……サーシャの為にも、あまり目立たない方がいいのかな?

 今のサーシャはいじめや陰口のターゲットになっている。あまりにも目立ち過ぎると、いじめや陰口がひどくなるかもしれない。

 ……もしかして、すでにひどくなってる?

 昨日の放課後からわたし達の噂が広まってるなら、今まさに、ひどいいじめを受けてるかもしれない。

 ……助けないと!


「ゴメン! ちょっとサーシャの所に行ってくる! 先生には適当に言っておいて!」

「ちょ、アリアちゃん! 流石に授業中は!」


 友達がなにか言ってるけど全部無視だよ!

 昨日はそのせいでサーシャを泣かせちゃったんだから!


「サーシャ、無事!!」

「アリア!?」


 6年生のサーシャの教室に入り、思いっきりサーシャに抱きつく。

 普段は6年生の教室なんて怖くて近づけないけど、サーシャを守る為ならなんだってできる。 


「ぐるるるるるる……」


 周りを威嚇してサーシャを守る。わたしに出来るのはこれだけ。

 

「アリア、落ち着こう。今はホームルーム中だよ」

「関係ないよ! 守ってあげるからね!」

「関係あるから。落ち着こう、ね」


 サーシャのクラスはすでにホームルーム中だったみたいだ。

 先生や周りの6年生がみんな見てくる。

 ……なに? 生徒だけじゃなくて、先生もいじめに加担してるの?


「ぐるるるるるる……」

「騒がせてしまってすいません。先生、この子を教室に送っていきたいのですが、いいですか?」

「ああ、送ってあげなさい」

「ありがとうございます。アリア、行こう」

「うん。ぐるるるるるる……」


 サーシャと4年生の階段の踊り場まで下りてきた。


「アリア、ホームルームや授業はちゃんと受けようね」

「わたし達のことが噂になっていて、いじめや陰口がひどくなってると思ったらじっとしてなんていられないよ!」

「大丈夫だよ。1時間目は全校集会が開かれるって聞いた?」

「ううん、聞いてない……」


 ホームルームで聞かされたのかな? 昨日はそんなこと言ってなかったよね。

 全校集会が開かれてサーシャが大丈夫になる……どういうこと?

 

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