這子

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 包みを開いて中の物を文机の上に並べた。詩文が書かれた多くの紙、ぬいぐるみ人形、硯箱、髪飾り等々。

 端甫(許筠)が姉(許蘭雪軒)の婚家から引き取ってきたものだ。

 姉は常々「自分は三九の年(二十七歳)にこの世を去るでしょう」と言っていたが、その通りになってしまった。

 幼き頃から賢く美しかった姉。自身を含めた我が許家の子供たちは詩文の巧みさで世間から高く評価されていたが、端甫は姉が一番上手だったと思っている。

 明るく優しかった姉の人生は金誠立との結婚で一変してしまった。

 凡庸な義兄は姉に辛く当たっていたようだ。自分より優れていた妻を疎ましく思っていたらしい。

 それでも夫婦の間に子供が誕生した。

 机上のぬいぐるみ人形〜這子というらしい〜は姉の妊娠を知った時、端甫が姉に贈ったものだ。子供が這うような形をした布製の人形は日本で作られたものだ。かの地では子供の厄除けに用いられているそうだ。偶然入手した彼は、これから生まれる子の無事を人形に託したのだった。

 その効用があったのか、姉はまず女の子を、続いて待望の男の子を産んだ。

 後継の男子を産んだことで姉の婚家での立場は安定した。

 義兄は相変わらず姉には冷たく、妓楼に入り浸っていた。だが、姉は二人の子供を育てることに夢中でそれなりに充実した日々を過ごしていたようだった。

 こうした平穏な日々は長く続かなかった。

 愛する子供たちが相次いで世を去り、その心痛で妊娠していた三番目の子も失くしたのだった。

「全く、お前は役立たずだな」

 端甫は人形に冗談めかして文句を言った。

 その後、次兄 許篈が政争によって配流され、その後世を去り、端甫自身も事件に巻き込まれて地方に下った。

 全てを失ったような状況になり、姉はどれほど絶望しただろうか。

 心労に心労が重なった故に身体を壊し冥界に旅立ったのだろう。

 あちらの世界には、子供たちや次兄もいる。姉にとっては却って俗世にいるよりも良いかも知れない。

 そう思うと端甫の心は少し安らいだ。

「さて」

 彼は人形を机上に戻し、かわりに詩稿を手に取った。

「これをどうすべきか」

 本人は燃やしてしまうことを望んでいたが、彼には出来なかった。

 ふと、生前、姉が言っていたことが脳裏に浮かんだ。

「自分の詩集が明国で刊行されたらどれほど素敵でしょう」

 彼は姉の望みを叶えようと決意したのだった。

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這子 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

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