異世界傍観伝

譽任

第1話 序章1節 生み出された子達




―プラネベルデ



銀河系を突き抜けたはるか先の名も無き銀河の中にある星の名である。その形態は地球に似て有機生命体が多数生息しており、その頂点に立つが如くムンフが存在する。



ムンフは人と同じく文明を築き、そしてそれぞれに肌を分けて争い続けた。争いは苛烈を極め、大きくある二つの大陸はそれぞれに関係を立ち、ある国は巨大な長城を作り上げ全ての国との国交を途絶えさせた。



これは、そんなプラネベルデ、ガルバギア大陸にある小国、リフォルエンデに生まれたある異世界人の生き様を描いた過酷にして残酷な物語である・・・。




ーーーーーーーーー





異世界と言うのは実に残酷である。


否、残酷である事が普通なのだろう。

いや、さらに言うならかつて彼が存在していた世界が温かっただけなのかもしれない。





ギィル・コールマイナー(転生前名不明)の

生まれた世界、プラネベルデはそんな世界であった。



転生前の記憶は最早おぼろげで、とてもこの世界の機転にはなりそうもない。それ疎かギィルの生まれた環境は劣悪であり、生き長らえるのも大変困難であった。




ギィルの母はギィルを生んですぐに死んだ。

元々体は弱く、生活環境もけして豊かではない。そしてギィルの父親であるが、彼はロクに仕事もせず自分の不幸を愚痴に酒を飲み明かす日々。



母親が死んでからは父親の方は余計に荒れた。酷い酒癖に加えて、子供たちに暴力を振るうようになる。酒が無くなれば、子供を怒鳴りつけ、酒を持ってくるように強要した。



そんな家計をなんとか支えているのは姉であった。姉、アリーネは生きる為に必死になって金を稼ぐ。そんな姉に習ってギィルも幼いながらも必死になって金を稼いだ。しかし、それは母を失い、仕事に手をつけない父とその子供たちがギリギリで生き延びれるだけのわずかばかりのお金。



・・・・・・そんなある日の事、アリーネがずっしりと何かが詰まった小袋を持って帰ってきたのだ。中には銀貨や銅貨、時折金貨も入っていた。だが、その顔に笑顔は無く、また父親もそんな姉に対して何も言わずにその金を受け取っていた。



それからしばらくして、ギィルは姉が幼児愛好者に買われた事を知った。そう、コールマイナー家は姉の貞操を犠牲にして生き延びる事が出来たのだ。




ギィル・コールマイナーは異世界からの

転生者であった。



生前の名前こそもう覚えて無いが、それでもまだ年端も行かない少女を売春するなどという行為がどれ程までに薄汚い所業であるかなどは分かっていた。



だが、分かった所で姉が買われたという事実が消える事は無い。ギィルにはそれを咎める事も、止める力も無かった。ただ、時折悲しい顔をする姉の目に、見て見ぬ振りをするだけしか出来なかった。



そして、姉は度々、そんな異常愛好者から買われる事になる。どんな人間が姉を買っているかは容易に想像ができた。この国でもっとも力を持ち、金を持つ者は鉱山の権利を大きく獲得した大商人達である。その力はそのままこの国を治めるまで膨れ上がり、それなりの者ならば不自由などはけして起きないのだろう、そう、幼い女の子を買う程までには・・・。



唯一の救いであったのは姉が自ら進んでそんな連中に腰を振るような事はなかったという事だ。幼心なりにその行為を恥じ、そしてそうする事によって己の保ち続けたに違いない。




だが、そんな救いを奈落へ突き落すような出来事が起きる。




父であるクレガーがアリーネに手をかけたのだ。



酒に酔い朦朧とした意識の中、幼い子供に向けた暴力、そして女として娘を見る目だけははっきりと行動を起こしていた。


行為の中、クレガーは言い訳のように呟いていた。


(お前の母さんだってそんな事はしなかったのに・・・)




だがそれでも姉は平常で在り続けようとしていた。だがそんなある日・・・とうとう姉も壊れてしまった。




「ギィル・・・ごめんね・・・ごめんね」



アリーネはうわ言でそう言いながら、ギィルの体を弄んだ。それは一方的な性的衝動であった。転生前の記憶が朧げにあったとはいえ、まだ子供であるギィルの体にそんな行為は痛み、そして嫌悪でしかなかった。


そんなギィルの目に映る姉の表情は最早半壊していた。口元はうっすらと笑い、目には弟に対する贖罪の涙。だが、姉はまるで己を慰めるように弟に体を重ねた。まるで汚い大人に触れられた体を弟に擦り付けるように・・・。ギィルはそんな姉の行為をなすが儘に受け入れた。



そうでもしなければ姉の精神はとっくに崩壊していたのかもしれない。



大人たちが生み出した汚い叙情の螺旋に幼い兄弟は飲み込まれていった。


その時からギィルはある計画を描く事になる。



そんな日が続き、その月日は数年経とうとしていた。



その日はすっかり夜は更け、家の周りは静寂に包まれていた。あいかわらず酒に明け暮れるクレガーの周りに薄暗い灯が灯すだけ。



クレガーはいつものように席を立つと家から離れる。


寝静まった真夜中

泥酔する父親

そして・・・それを吐き出すように外へ行き無防備になるその日を・・・。




ギィルはずっとその日が来るのを待っていたのだ。



その日の夜もクレガーはいつもより多く酒を浴びているようで、足元もふらつきながらふらふらといつも用をたつ場所へ向かおうとしていた。



後ろに何者かがひっそりとその様子を伺っているなど微塵にも思わず。



そして勢いよく、栓が取れたように解放された音と同時にそれはゆっくりと後ろに忍び込み・・・そして・・・。




・・・・・・クレガーは翌日崖の下から遺体で発見された。死因は泥酔による落下死。後部に強い衝撃よる陥没痕が決め手とされたが、それは落下の際に最初に受けた衝撃として片づけられた。つまりは事故死である。



母も先立たれ残った父親さえも失った家族の目に悲しみの色は無かった。それよりもようやく苦しみから解放されたような安堵さえあった。


ギィルは自分がやった事に罪悪感を覚えるどころか、姉を救った英雄であるとでも言いたそうな自信に満ち溢れる顔をしていた。



だがその笑顔も数週間後、陰りを見る事になる。



父親が死んで、ようやく二人で何とか生きていけると思ったその矢先、姉は病に倒れたのだ。




それは重度の黴毒だった。

顔や体には大きな腫れ物が増え、その体は日に日に弱っていった。



そして数日後、姉はゆっくりと息を引き取った。

享年僅か14歳。





これが転生後の彼が生きた世界である。


ギィルは半場自ら望むように天涯孤独の身となった。




失う者など何もない

それが彼のスタートラインだったのだ。




ーーーーーーーーーー



―数年後




気が付けばギィルは姉の年齢を超えていた。殺されて当然の父親と、かけがえのない姉を失った虚無感に苛まれながら、それでも必死に生きる。



生きる為に、ギィルはどんな仕事もした。



溝浚いに、汚物の処理、家畜のと殺に皮剥、人が嫌になるような事は何でもやり、それで得た収入がどれだけふざけた報酬でも苦む事無く受け取った。


だが、そんな俺にも絶対に許せない事がある。



それは姉と同じ轍を踏まないという事だ。ギィルは姉と同じく、その容姿は男とはいえ可愛らしいものである。そうなれば、姉の時と同じようにそんな連中に声を掛けられる事もあるのだ。




とある牧師が孤児のギィルを是非自分の所の聖歌隊へ招きたいと申し入れてきた時、ギィルは心の中で吐き気を催したのを忘れない。



表向きには慈悲深き行為に見えるだろう、しかし実際は己の気に入った少年たちを性欲の掃き溜めにすべくした愚かな所業だという噂はギィルの耳にも入っていた。



その真偽はともかく、そういう情報が出回る中でのその神父の優しそうな笑顔の裏に、どれほどまでの薄汚い笑みが隠れているかと想像すれば、さすがに警戒ぐらいは

するものである。なにより、間接的とはいえ姉を殺した行為に加担するなど、己の心が許さなかった。



本当は唾を吐き返したいぐらいの気持ちではあったが、ギィルはそれをぐっと堪え、只管に神父を睨む続けていた。すると神父から笑顔がすっと消え忽ち無表情になり、

まるで興味が失せたように神父は去って行った。



あの表情こそがあの男の全てなのだろうと悟る。それからギィルは同じような事があっても絶対に首を縦に振る事は無かった。



そんな日々が続く中、ギィルは15歳の歳を迎えた。




ーーーーーーーーー



―リフォルエンデ鉱山国


東の大陸、ガルバギアの中央に構える中立都市国家である。ハイロック山脈から連なる中央高域の尾根に構える小さな国だが、その資源ともいえる豊富な鉱石資源は世界一とも言われている。



だが、完全な内陸国であり、おまけに四方を強国に囲まれている為、常に争いの種が消えない。



北西に位置する閉ざされた王国、コドランド王国以外は常にその豊富な鉱山資源を狙って攻め入る隙を伺っているような状況である。




リフォルエンデは鉱山の経済圏を獲得した大商人達と彼等に雇われた傭兵団、これらを軍に昇格させ、互いに二権分離させた新興国である。



豊富な鉱石で巨万の富を築き、さらにその豊富な鉱石資源で新たな兵器開発など、リフォルエンデは近隣諸国を押しのける勢いでその力を伸ばしつつあった。



しかし、当然ながら各国がそれを黙って見ているなんて事は無い。リフォルエンデはしの四方を他国に囲まれた完全内陸国であり、当然ながらその全てに視野を向けて防衛に臨まなければならないという危機感を常に抱かなければならないのだ。



リフォルエンデの四方には北西に閉ざされた王国コドランド、北東にはこの世界最大の宗教国でもあるディアナイン神聖王国、そして南東には広大な領海を支配するアーレ・ブランドン共和国、最期に南西に位置するは、南国の虎とも言われるハビンガム王朝が構えている。



実質鎖国状態にあるコドランド以外は常に、数回ばかりの衝突が起こっている。特にハビンガムは元を辿れば、その商人、軍人何方もハビンガムにいた者達が大半だという事もあり、リフォルエンデの領有権を主張しているだけあってその軍事行動は後を絶たない。



だが、小国とはいえ、その全てを跳ねのけたという事はそれだけにリフォルエンデの武力が馬鹿に出来ないと言う事でる。




そういう事情のおかげか、この国では軍属や、鉱夫、そして商人という職業においては慢性的に人手不足もあり、それなりの歳になったものならば好きな道に選べる・・・とは言うが、商人は既にその利権をがんじがらめにされ、新規が入る隙間は無く、鉱夫に至っても同様にそれ自体では儲けるのは厳しくなってしまっていた。




結局の所、選ぶ事無く軍属に入るという選択肢しか無い訳だが、ギィルはギリギリの所でそれに対して悩んでいた。15になったとはいえ、ギィルの体はまだ小柄で、おまけに顔立ちも女性のように整っている。



こんな様で軍属に入れば、屈強な男だらけの中で自分の身を守れるかどうかなど分かったものでは無い。姉がどれほどまでの苦しみを得て死んで知ったのかが分かるギィルにとって性的暴行に対する恨みは根強かった。



だが、それでも・・・。



結局の所、ギィルに他を選ぶ選択は無かった。・・・もし、最悪そういう事になったとしても姉のように強くあれば何とかなる。



それにいつまでも子供じゃない。

大人になればそれなりに力も付け、大の大人の一人ぐらいは跳ねのける事も出来るだろう。



それに軍属に入れば、衣食住が保障されている。行き当たりばったりでその日の食い扶持を探さないといけないという危機感からは脱出できる。



当然、新米では報酬は発生せず、金を稼ぐとなれば長い道のりにはなるが・・・。




ーーーーーーーー




奴隷のように搾取されし続けるだけの鉱夫に比べれば軍は実に単純明快で分かりやすい。



15歳で軍には志願でき、士官学校出で無い者は下級兵として主に糧秣部隊へ配属される。



衣食住は保証されるが、賃金は貰えない。朝から夜まで調理場で働かされ、野垂れ死ぬのよりはマシかというレベル。



だが、いざ戦争が起これば下等兵だろうが戦場へ駆り出される。勿論、その役割は補給や運搬、食事係などが主ではあるが、志願すれば前線に立つ事も出来る。



最初に単純明快と言ったのはそこで得た『戦果』によっては確実に昇進できると言うものであった。



軍部は下等から始まり中級上級、そこから准尉、少尉、中尉、大尉とのし上がれる仕組みとなっている。それ以上の階級も当然あるが、士官でなければ大尉が最高位となる為、ギィルのような末端には関係ない。




だが、そこまで程ではないにせよ、上級兵まで上れば給料も人並みには支給される。一人で住むには困らない程度の住居も約束され無事に貧困から脱出できることができる。




だが、これらには大きいデメリットもある。

当たり前だが戦争に行くという事は常に死ぬ危険性があるという事だ。




だからギィルのような貧困である若者は皆こぞって軍へ志願する。未来があっても一生貧しい暮らしと、危険を被っても必ず成し遂げられる未来があるのと、どっちを選ぶのかは明白だろう。



何よりギィルは父親のような生き方をするのはまっぴら御免だと思っていた。母にしろ姉にせよ、金さえあればもっと長く生きれたかもしれない。



そう思えば思うほど軍に入って早く武勲を立てたいという気持ちが強くなっていった。




ーーーーーーーーーーーー





軍詰所の大きな門の横にある軍人志願受付所には毎日多くの人間が並んでいる。皆、ギィルのように若く、そしてみずぼらしい恰好しているものばかりである。




だが、これだけ並んでいても、よほどの事が無い限り落第する事は無い。人によっては寧ろまだ足りないぐらいだという人もいる。それだけこの国が各国に対し軍備を誇示して攻め入りる隙を見せたくないのだろうしそれだけの豊富な資金源もあるという事だ。




だが、ギィルはその列には並ばず、少し離れた所でそれを見ていた。主に並んでいる連中の人相を。



知らない顔も多いが、知ってる顔もいくつかあった。殆どが同業という互いに食い扶持を奪い合った連中である。生きる為に皆がやらないような仕事を奪い合い、時には

殴り合いをする事も…。



そんな連中もそうだが、特に自分の容姿に色目を付けて迫ったきた連中などが居ないかなども注意深く見る為でもある。



ここで情報収集を疎かにすれば自分のような華奢な体つきをした少年などすぐに目を付けられ、玩具にされるだろう、そうならない為にはどうするか考える時間もギィルには必要だったのだ。



そんな時である。




「おい!」



後ろから声をかけられた。

聞いたことのある声だ。




「なんだ、やっぱりお前も入るのかよ?」



振り向くと知った顔がそこにあった。だが名前は知らない。何故ならその顔もいつか

殴り合ったであろう同業の一人だったから。



ギィルは無視して観察を続ける。



「お、おいおい・・・無視するこたぁねぇじゃん?これからはもうお互いにドブさらい如きで喧嘩する事も無いんだからさ」


「だからってやられた痛みがチャラになる訳ない」



ギィルに声をかけたその少年とは何故かよく仕事の取り合いになっていた。ギィルはその度、何度も力で負かされ続けいる。確かにお互い軍に入ればそんな事をする事も無くなるだろうが、散々痛い目を見たギィルにとってそんな少年を快く思えるはずがない。




「なんだよ、まだそんな事で恨み持っているのか?」

「大体さぁーお前がよえぇから俺に仕事取られたんだろ?」

「それに弱いくせに突っかかってくるから余計に痛い目見るんだよ、大体お前が俺のやる仕事やる仕事全部を先にやろうとしてるから・・・」



「うるさいな、軍に志願しに来たんだろ?じゃあさっさと並べよ」


「あん?」



・・・・・・馬鹿に関わる時間なし。ギィルは心の中でそう呟いた。



「んじゃー逆に聞くけどなんでお前は並ばないんだ?」


「並ぶさ、あいつらの顔を拝んだらな」


「・・・ははーん、さてはお前・・・自分を犯しそうなヤツを見て尻込みしてるってアレかぁ?」


「うるさいな!さっさと並びに行ったらどうなんだ?じゃなきゃ邪魔だから向こう行けよ!!」


「なんだお前、顔真っ赤にして・・・ホントまぁ・・・」


少年はそこで何か言おうとして言葉を濁した。


「なんだ?」


「いや、まぁ・・・さ、なぁ、じゃあこう言うのはどうだ?」


「あの中に居る限り、俺がお前を守るってのは?」


「はぁ?」


「悪い話じゃないだろ?お前はその清らかなケツの穴を守れるってんだ、……ぷっくっくっく」



「この野・・・仮に守って貰ったとして、お前にどんなメリットがあるんだよ?」


「いやいやいやいやなーに、俺にも十分にメリットはあるぜ?」

「まぁとにかく、互いにここは協力しあった方が今後の為だと思うけどね」



全く何が『守ってやる』だ。ギィルは心の中で悪態をうつ。


少年は確かに力こそギィルには勝るが、それ以外はギィルと同じように小柄で在り、そして下手をすればギィル以上に整った顔つきをしている。明るい金髪は短くカットされているがその表情豊かな笑顔を泣き腫らしたいと考える輩も少なくはないだろう。



ギィルから言わせれば寧ろお前の方こそ自分の身を案じたらどうなんだと言わんばかりである。



・・・だが、何にせよあの中で一人でいるよりは例え二人であったとしても徒党を組むのは悪い話じゃない。


「・・・分かった・・・ただし・・・っておい!」


「おーし!そうと決まったらさっさと並ぶ並ぶ!!」



こっちが言い終える前に強引に肩に手を回し言いくるめるように受付所へ足を運ばせる。



「あ、そうだ・・・お前名前なんて言うんだ?」


「あ?・・・・・・ギィル、ギィル・コールマイナーだよ」


「ギィルね、俺はア、アベル・ベイカーだよろしくな!」


「分かったから手放せよ!」



こうしてギィル達はその少年と一緒にに軍へ志願する。

これから幾度と無く、その運命が交差するとも知らずに・・・。



ーーーーーーーー




「おい!それをさっさと3番に運びやがれ!!」


「はいっ!」


「終わったらすぐ溜まってる食器を洗え!それが終わったらすぐ明日使う食材の下ごしらえだ!分かったか?」


「はいっ!」



リプトン中等兵長の罵声が炊事場中に響く。ギィルとアベルはとにかくヘマをしないように必死になってそれに応えるのだけで精一杯だった。



軍に志願し、最初に配属された部署は糧秣部隊である。主に、上から末端までの腹を満たすべく、ひたすら食事を作る部隊。一番上のライオネル・リプトン中等兵長でも中等兵止まり、つまるところそう言った雑務は新人の下等兵とそれよりちょっと上の中等兵で賄われる。



他にも補給雑務隊も同じような構成で編成される。そこは主に全兵隊の選択や身の回りの清掃などを担当する。その中でも当然、基礎訓練、実戦訓練などは行うが、本格的になってくるのは上等兵まで昇進した時からである。




朝から晩まで働き、それが終わって初めておこぼれのような飯を与えられ、死んだように眠ればまた忙しい朝から始まる。これならまだ奴隷の方がマシだとも言える生活を延々と繰り返すのだがそれでも飯が毎日食えるなら文句も出ない。



消灯時間は毎日決まっているが、それは別に「寝ろ」と言う命令でもない。皆が寝静まった後に、こっそりと起き出し、気の合う連中とポーカーを楽しむのがここでの最大の娯楽となっていた。




「おい、早くとれよ」

「うっせーな、今考えてるんだからちょっと待てよ」

「どーせ俺の勝ちなんだからさっさと切れよ」

「あん?じゃコールすっか?」

「ああ、いいぜ?コールコール!」



・・・ギィルにとっては勝ち負けなんかどうでも良かったが、他の三人はこぞって金銭を賭けた。とは言っても給与なんて出るはずも無いので、ここで賭ける金は前もって持っていた金を皆で四等分したもので、負けてマイナスになったものは・・・




「・・・よし、ラスカーが俺に60銅貨の貸しっと」


「おいクリス、そんなもんイチイチメモってんじゃねーよ!」


「ダメダメーどうせ返せる時になって忘れたなんて言うのがオチだろう?こういうのはきっちりさせていかないと、今後の友情にも傷がつくってものさ」


「ケッ、何が友情だ、ついこの間まで食い扶持の奪いあいしてたばっかってのに」


「それはこれ、これはコレ・・・じゃあどうするもう一勝負?」


「あーやめやめ、俺は降りるね、どうもここ最近ツキがまわらねーや」



クリス・ブランドンとラスカー・オックル。

共に同じ日に軍へ志願した同期である。二人とも俺と同じ、糧秣部隊に配属されている。



クリスは褐色の肌が目立つ、プルタニアンである。ここから遥か南東の土地であるプルタニアから移住してきたらしい。



ラスカーは俺と同じ色白のノーウェスタンである。リフォルエンデは新興国と言う事もあって、割と様々な人種が存在する。とは言っても、元々ここに礎を築いた大商人たちはお隣のハビンガム朝から流れた人間が大半であり、それに次いで軍属の上層部もハビンガンである者が多い。ある程度経済的に潤った所でギィル達のようなノーウェスタンやクリスのような諸外国の者達が集まったと言える。






「おい、それより聞いたか?」



アベルが小声になり、皆を集めるように促したあと呟いた。



「ああ、どうやらいよいよ攻め込むつもりらしい」


「そうなってくると、俺達も駆り出されるかもな」


「願っても無いな、そこで武勲を垂れりゃ一気に上等兵まで二階級特進だ」


クリスが息巻いてそう言うとそこにいた全員が笑いをこらえそうになる。


「クリス・・・お前が死んだら、そうだな、これから生まれてくる俺の子供にお前の名前つけてやるよ」


「おい、それだけじゃダメだろ、しっかり武勲も立てないと・・・」


「は?お前らなんで俺が死んだ後の話になるんだよ」


「いや二階級特進ってのは・・・」



クリスの無知にギィルは優しく答える。


ちなみに二階級特進とは戦争において偉大な戦績を収めた上で殉職した者に与えられる功績である。



「・・・じゃあまぁ間を取って中等兵になれりゃいいかな?」


「ただ飯配っているだけの俺らがそうそう敵の首なんか取れるかよ」


「やってみなきゃ分からないだろ!」


「はぁ・・・そんな事より、この戦争どう思う?」


「そりゃ楽勝だろ、よほどのヘマしない限りこっちが負ける理由は無い」


「ハビンガム王朝とは幾度となくぶつかっているからな、それのどれも向こうの攻め一方でだ」


「よくもまぁ、何度も何度も攻めてきたよなぁ」


「そりゃ、奥にたんまり鉱石資源があると知ってりゃ乗り込んでもくるだろうよ」


「だが、土地の利が悪すぎる、こっちは山の上手、言うなりゃ麓に構える都市国家だ、それも何重にも渡って強固な砦に守られている」



「いくらハビンガムが「アレ」を持ってるからと言っても容易に攻め入られるとは思わないがね」


「アレ?」


「アレだよアレ」


そう言うとラスカーは大きな鼻を持つような

ジェスチャーをする。



「戦象部隊か」



ギィルがぼそっと呟くと、そこにいる全員に戦慄が走る。ハビンガム軍が誇る最強の部隊とも言える戦象部隊。




馬など遥かに凌ぐその巨大な象に跨り、それが幾多にも並んで前進、向かう合うものを全てその巨大な足で蹴散らすとも言われている伝説の部隊である。



温暖な気候と元々そこにいたとされる関係でハビンガムには多くの象が生息しており、その中でも家畜化に成功し、さらに特殊な訓練を施したものだけが晴れて戦象として利用される。しかし、それが実戦で使用された例はほとんど無い。



その理由は、あまりにも強力すぎるからである。そしてそれはハビンガム側にも同じことが言える。



戦象部隊は確かに強力ではあるが、それと同時にその扱いが極めて難しいのだ。巨大であるが故に反転させる事ができず、その行動は前進のみ。



その場合左右に回り込まれたりなどされると当然ながら挟み撃ちされたり、最悪後方を取られかねない事から使いどころが難しいとされている。




故に、用意はされてもそれは儀仗的なものか、示威的な効果をもって用される事が多い。




「まぁってもさすがに・・・今回も後方に配置して見せつけるだけなんじゃ?」



「いや、今回はこっちが攻める側だからなー・・・もしかすると」



「おいおいおい、怖い事言うなって!あんなのが突っ込んで来たら軍処か街まで破壊されるぞ」



「それに対してはもう対策しているとか言ってたけど・・・」




リフォルエンデが他国に誇れる最強の火器、大砲がある。大砲は大量の鉄を使用すため自国に豊富な鉱山資源や、それを作れるだけの技術がなければ作る事さえ難しいとされている。



だが、ギィルの目線で言えばその作りも前世のような近代的なものとは程遠く、それらがあの戦象部隊を一掃できるかと言われれば首を捻ってしまう。



それから夜も更け、4人は互いに眠りにつく。



朝になればまた多忙を極める日々が始まる。だが、そんな中でもきな臭い雰囲気だけは確実に迫りつつあった・・・。



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