ハッピー・ラッキー・ジェノサイド

闇之一夜

序章「恐怖の魔女狩り」

<ジェノサイドとは、宗派、人種など、ある特定の集団に対する虐殺のことをいう。この作品における「特定の集団」とは、自分たちが捕食者の頂点にいると勘違いしている、ある霊長類のことを指す>





(この章にふさわしいBGM……Metallica「Am I Evil?」)



 中世ヨーロッパで、魔女狩りなるものが流行ったころがあった。教会の僧侶と、それを支援する貴族たちが、世捨て人や一人暮らしの老婆など、他人と変わっている女性や、少しでも不審に見える女たちを、世に災いをなす魔力を持つ魔女呼ばわりして捕らえ、拷問して処刑するという、よくわからん頭の悪そうな行いである。


 いちおう「神聖なる正義のおこない」の名目であったが、実はそれにより、当時の教会の腐敗と堕落から世間の目をそらすという真の目的があった。むろん魔法を使える本物の魔女が人間ごときに捕まったり、まして殺されるなどというザマをするはずもなく、殺されたのはすべて無力な一般人で、その罪状はあまねく言いがかりであった。


 被告が法廷で罪を認めないと拷問されたが、拷問器具は痛みを感じない細工がなされ、なんの根拠もないが、なんかそんな感じに見えるという憶測により、魔女は痛みを感じないとされていたので、容疑者がそのまま痛くないと言えば魔女だから処刑、痛いと言えば嘘を言ったことになり、虚偽の証言は魔女である証拠だから処刑という、どっちを選んでも殺される以外に道がないダブルバインドの手法が用いられ、魔女の嫌疑をかけられた女性は、ことごとく火あぶりにされていった。

 魔女を告訴した者には賞金が与えられ、その資金調達を口実に農民や商人など下層の国民から無理やり献金させて、教会はますます腐敗が進み、僧侶や司祭はこぞって銭儲けにふけった。

 だが彼らも悪の根源である魔女を退治して神に貢献しているというわけで、どんなに我欲にふけろうが、死後は必ず救われると本気で信じていた。あの世から戻って証言した者がいない以上、彼らが死後にどうなったかはわからない。まあ普通に考えれば地獄に行ったろうが。




 ところが、そのようにして魔女狩りを始めてから、数週間たったころである。ある村の農民たちの様子がおかしくなった。毎晩、彼らは遠巻きに教会を眺め、集団で林や木に隠れながら、偵察するようにじっと僧侶たちをうかがうようになった。それは日に日に近づき、ついには包囲するように数メートルずつ狭まってきて、さすがに教会側は不審に思った。


 ある晩、司祭が数人の僧を引き連れて出てきて、隠れている彼らに呼びかけた。「いったい、このごろあなたがたは何をしているのか」とたずねると、農民の一人が進み出て、もったいつけるように口をひらいた。

「あ、あんたらは、その……魔女を捕まえてるんだって?」

「そのとおりだ」と司祭。「神に逆らい、世に災いをなす悪の存在を根絶するために。すべては、あなたがた人民の幸せのためである」

 この返事に、民衆は顔色を変えた。もともとけげんではあったが、それが一気に一皮むけたようなあんばいだった。そこかしこで起きるざわめき。

「見ろ、やっぱりそうだ!」

「こいつら、魔女を捕まえて殺してんだ!」

「な、なんと恐ろしい!」

「ぎゃあああー!」


 とつじょビビりだす人々に、坊主たちは困惑した。

「なにを言い出すのだ、いったい」

 司祭もきょとんとして言った。

「我々は、諸君を救うために邪悪なるものを退治しておるのだぞ。それを――」

「うるせえ、この化け物ども!」と指さす太目のおっさん。

「化け物? なんのことだ?」

「とぼけるな!」

 その隣で叫ぶ、やせた貧相なオヤジ。

「魔女っつったら、魔法を使うじゃねえか! 箒で空を飛んだり、杖で人をカエルにしちゃうんだぞ。それをこともあろうか捕まえて、そのうえ殺すなんて、地獄の底からわいて出た、とんでもねえ魔力を持ったおぞましいバケモノにちげえねえ! この妖怪野郎!」

「こえええ! こいつら、こえええ!」と指を組み、目をむいてガタガタ震えておびえまくる口ひげの男。「きっと今に、俺たちを巨大な足で踏み潰したり、口を幅二十メートルはあけて、村人全員をひとくちにぺろりと食ったり、火を吹いて焼き殺すに決まってる! こえええ! 死にたくねえええ! かみさまああ! たすけてけろおおお!」

「ま、待ちなさい、落ち着かんか!」


 司祭があわてて叫んでも、いっさい聞く耳もたない農民たち。それどころか、坊主どもが言い訳するほどに恐怖は村中を席巻し、終いには憎悪すら呼んだ。

「魔女の退治は、神のご意思なのだぞ!」

 司祭の言葉にキレて、クワで指す農家の中年女。

「身の毛もよだつ怪物のくせに、なあにが神だよ! 魔女を巨大な手でふんづかまえて、頭からバリバリかじってる妖怪変化のくせに!」

「誰がそんなことするかっ! イエス・キリストの名において、断じてそのような――」

「聞いたか! 腐れ妖怪が、イエスさまの名前なんぞ出しやがって!」

 指さして目をむく男。

「神さまを思いっきり侮辱しやがった! おぞましいバケモンどもが、坊さんのカッコまでして、見え透いてんだよ! やーいやーい、このゴキブリ! 馬糞! カビ!」と鼻の穴おっぴろげて歯をむきだし、糞ガキのように罵りまくる。

「聖職者にむかって、その態度はなんだっ!」

「わっキレたぞ! 逃げろ、食い殺されるー!」と顔をそむけ、手で防ぐ人々。

「いま謝れば、神もお許しになるぞ!」

「うるせえ! 妖怪、死ね!」

 ついに石をぶつけだす民衆。もろに顔面にあたり、「ぎゃあああ!」とだらだら流血する司祭。


 だが、それだけでは済まない者もいた。過度の恐怖は暴力を呼ぶ。すべての迫害と差別の根底には、相手への間抜けな小心のビビりがあるように、農民たちにも僧たちへの恐怖のあまり、過剰防衛に走る者が出た。彼らの背後にまわり、「やられる前にやれえええ!」といっせいに襲いかかってナイフで刺殺したり、ハンマーで「死ね、コノヤロウ! ド悪魔ヤロウ!」と頭を何十発もぶん殴って頭蓋骨を叩き割るなどして、その場の僧侶たちを次々に虐殺していった。

 司祭は泣き叫びながら両目を潰され、手足をノコギリでバラバラにされたあげく、家畜小屋に放られて豚の餌になった。農民たちは「死ねえええ! 化け物、死ねえええ!」と連呼しながら教会に火を放ち、残っていた坊さん方も残らず焼死した。

「魔女を殺せるほどの魔力を備えし強大な怪物ども」である僧侶たちを、このようにいとも簡単に殺害できたということは、けっきょく彼らと同じことをしたような気がしないでもないが、まあ触れないでおこう。



 この村だけではない。この国の僧侶たちは、国民のそのあまりの純真さ、愚直さを舐めすぎていたため、同じように彼らの恐怖心の犠牲になった。国中の教会という教会が焼かれ、魔女容疑で中に幽閉されていた女たちも多くが焼死したが、なんとかいましめを解いて脱出できた者もいた。

 その後、彼女らはみな国を出たが、それは、そのまま国内にいたらまた魔女あつかいされて、何されるかわからないからである。そして外国でも、魔女の嫌疑をかけられたことを誰にも決して言わなかった。




 このように、捕まっていたのはみな濡れ衣を着せられた人間の女で、あたりまえだが本物の魔女が人ごときに捕まるはずもなく、魔女狩りのあいだは身を隠していて、ほとぼりがさめたらまた活動する、という感じだった。

 また魔女なら人間の坊主など一ひねりだったろうが、もともと数が多くはないから、無数の人間をいちいち魔法でどうこうするのが面倒くさいし、なんのメリットもなかったのである。



 多くの国で僧侶がすべて殺され、教会は残らず焼き討ちにあった。坊主だけでなく、支援者の貴族たちも「妖怪に指令を下す総元締めの悪魔」と見なされ、農民に屋敷を襲撃されて、家族もろとも惨殺された。


 こうしてキリスト教自体がヨーロッパ全土から跡形もなく消滅するまでに一週間もかからなかった。誰かに言いがかりをつけて虫けらのように殺しただけで、このように国教そのものが滅ぶこともある。





 それから数世紀がたった。

 人間たちの殺しあいのさなかに隠れていた数少ない魔女たちの子孫に、自由奔放な少女がいた。これはまれに見る、あるとてつもない性質を持った一人の魔女、ジェノスの物語である。

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