第35話 過去を毒す

 ナクアの1歩間違えば児ポ案件な行動を見て、親であるティルぴの行動は迅速かつ正確だった。粘液ヌルヌル全裸ツルツルおじさん達に無謀な特攻をかますナクアを制止し、優しく我が子の視界を塞ぐ。そして複眼で捉えていたおじさん達が飼っている15匹の芋虫に向かって正確無比な粘着糸玉を高速連続射出した。フォビアの森にパパパパーンと小気味よい音が響いた。


「――はぅッ!! ……かみ……さ……ま……」


 バタバタと泡を吹いて倒れる下腹部を糸で覆われたおじさん達。一方で視界を塞がれ、ティルぴに抱き寄せられたナクアは冷静さを取り戻したが今度は嫌な感情が押し寄せ、またしても幼児の精神耐久値をあっさり超えてしまった。


「び、びえええええん!!ママぁ!!」

「よしよし、大丈夫、芋虫はママが速攻やっつけたから!」

「うぅ、ママぁ!あ、あ゛り゛がどう゛!!だい゛ずぎぃぃ!!も゛っど……な゛でな゛でじでぐだざぁぁい゛!!」

「いや必死すぎwww するけどさww」


 ナクアは瀕死状態の気持ち悪いおじさん達の中心でティルぴへの愛を叫んでいた。地獄の様な光景に瞳を閉じれば、心温まる親子の絆が確かにそこにはあった。ティルぴの胸の中で泣き叫んでいたナクアだったが暫くすると寝息を立てて寝てしまった。


 ****


 ――特殊な母子家庭で育った小学生のナクアにとって同級生の男子は蜘蛛以下の知能しかないヤバい奴らという認識でしかなかった。眼鏡におさげ髪で蜘蛛の図鑑を愛読する至って大人しい優等生のナクアは話す友達はいたが6年間教室で基本的に1人だった。


「うわ、越前がまた蜘蛛の図鑑見てるぞ! 気持ちわりぃ!」

「……。」

「越前、そんなだと来年中学でいじめられるぜ?」

「……。」

「ま、まあ仕方ないからオレの仲間に入れてやるよ! ほら図鑑読むのやめろよ。」

「おい、お前さっきからなんなの?」

「えっ……」

「お前みたいな特別な長所もないイキってるだけの奴が中学いったら真っ先に空気になんだよ。弁えろよカス。」

「……。」


 訂正しよう。大人しくはなかった。かなり攻撃的な一面をこの時点から覗かせていたし、何なら今より尖っていた。そして調子に乗った男子を一刀両断する姿に同性の人気も高かった。


 だがそんな平穏な6年生の秋に、学内で変出者が現れた。その恐ろしい手口がわかると放課後には集団下校が言い渡された。


「――という人物が変出者です。皆さん、先程も言いましたが帰宅時は紙に書いてある下級生を連れて、中央公園は避けて必ず集団で行動して下さい。わかりましたか?」

「「はい!」」

「では、地域ごとに――」

「あ、先生!!ナクアちゃんがいません!! たぶんホームルームの定時で帰っちゃいました!!」

「嘘でしょ!? ていうか定時って概念小学生にあるの?……ま、まさか公園に行ってないわよね?」


「「……。」」

「あ、あれ? あの、みんなどうして目合わせてくれないの? 越前さん公園行ってないよね?? 見た目的にインドア派だったよね!!?」


 その頃、定時帰宅していたナクアは案の定あぶない中央公園で呑気に蜘蛛の巣を探していた。薄暗い林の中で蜘蛛の巣を見つけて嬉しそうに観察しているとガサガサと後ろの草むらが揺れた。


「ねぇ君、何してるんだい?」

「……。」

「暇なら……おじさんと鬼ごっこしない?10分間、僕から逃げ切れたら10万円あげるよ。ほら、これが10万円。おじさんに勝つなんて簡単でしょ?」

「……。」

「……あれ、もしかしてこんなおじさんにビビってんの? 君ってボッチだし、もしかしてクソ雑魚なのかなぁ? プププ……」

「……はあ? なにお前?」


 彼こそが学内で出没した変出者、10万円鬼ごっこおじさん。10万円で子供も関心を引き、圧倒的なスピードで勝利し、大人げなく煽りまくって子供を泣かす最低の人間だった。そして短気だったナクアは勝負に挑んでしまう。そして結果は……


「――いや君、足遅すぎwww ザコザコだねぇ。多分この地区で1番足遅いよ。あっでもフォームだけは無駄に綺麗だったわwww なんか逆にダサいからやめた方がいいよ。ドンマイwww」

「うぅ……」


 ナクアは開始1分も経たずに完全敗北した。そしてナクアは激しく運動音痴だったが、今まで親衛隊に近い女子達が気を使ってデリカシーのない男子を牽制し運動能力について弄られる事がなかった。また小学生で無駄に自信家なナクアにとって短所を執拗に野次られるという今までにない経験は計り知れないメンタルへのダメージだった。それは漠然と感じていた運動への苦手意識と男性に対する思春期の拒否反応を著しく肥大化させ、今なお残るトラウマとして心に深い傷を残した。


 ちなみにおじさんは翌日鬼ごっこに負けて10万円を取られ、自ら警察に被害届を出して捕まった。



 ――ナクアの精神世界


「――っていう経緯で男性、というかおじさんが苦手なのよね。そうでしょナクア?」

「おい、なんでそんなに知ってんだよ。」

「まあ蜘蛛の神だからね。それにしても……ぶふふふ、ごめんなさい。馬鹿にしてないのよ。」

「んだよ!! 変なおじさんに20分近く煽られてプライドをへし折られた子供の気持ちわかんのかよ!! ちゃんと因果律調整しろ!!」

「そ、そうよね。今のは私が悪かったから怒んないでって。」


 ジョリーンによる回想にキレるナクア。補足するなら苦手だが男性恐怖症とまではいかない。日常生活に支障はないし、まったく愛想はないが会話もできる。だが茶化したり、拗らせてるというには事情が少々特殊で、ジョリーンもかなり対応に困っていた。


「じゃあ許すから1つ教えて欲しいだけど。」

「コイツなんで勝手に交換条件出してんの?……はぁ、まあ内容によるわね。」

「糸に色付けって出来ないの?」

「うーん、染料を買って普通に染物するか、高度な光魔法が使えれば自由に色付けは可能ね。」

「なるほど……光魔法か。それって完成品に他人が後から魔法で色付け出来る? ちなみに効果って永続的?」

「もう1つじゃないじゃん。……製作者と術者が同一である必要は特にないわね。私クラスなら永続で出来るかな。……あーなるほど。確かにあの子なら可能ね。永続は無理だけど10年くらいなら効果は続くんじゃない?」


 それを聞きニヤリと笑みを浮かべたナクアは現実へと戻って行った。

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