ブラッディ・トリガー

ホッシー@VTuber

第0話

 幼い頃から同じような夢を繰り返し見る。

 詳細はその夢を見る度に違う。しかし、月の光すら届かない深い森であること。そして、黒い外套に身を包み、フードを被った人物が出てくるのは変わらない。

 そんな真っ暗な世界でその人物は密かに佇んでいた。何かを待つように、ジッと。

 黒い外套のせいでその人の容姿はおろか、性別すらわからない。夢のせいなのか、輪郭すらもぼやけているように見えた。背丈はかろうじて私と同じくらいかも、ということぐらいしか把握できていない。

 見た夢によって時間は変わるがその人はしばらくすると歩き始める。深い森の中なのに塗装された歩道を歩くように滑らかに移動する姿は見る人によってはどこか幽霊を彷彿とさせ、不気味に感じるかもしれない。

 だが、私にはその姿がとても美しく見えた。

 堂々と、何にも縛られず、自分の歩む道を遮るものはない。

 そんな印象を受けてしまうほど凛とした光景は昔から流され続けた私にとってとても眩しく見えたのである。

(私も、あんな風になれたら……)

 普通の子供なら一目見ただけ泣いてしまいそうな不気味な姿でも幼かった私はすぐに彼、もしくは彼女に憧れた。

 もちろん、あくまでもこれは夢であり、彼、もしくは彼女はこの世には存在しているはずがない、と歳を重ねると自然と理解するようになった。

 それでも、私を育ててくれたおじさん・・・・おばさん・・・・の反対を押し切って、地元を離れてこの街の高校に入学したのは心のどこかで諦めきれていなかったせいだろう。

 その夢は彼、もしくは彼女が歩き出してから少しするとフッと終わる。そのせいで最初から見ていなかったのではないかと錯覚してしまいそうになる。

 しかし、その夢を見たら決まって脱水症状になるほど寝汗をかき、心臓が飛び出そうなほど脈を打つ。それがあの夢は気のせいではないのだと教えてくれる。











 だからだろうか――。












「はぁ……はぁ……」

 日が暮れた住宅街。暗くなったとはいえ、普段ながら仕事帰りのサラリーマンや放課後、遊びに行って帰りが遅くなった学生が歩いていてもおかしくない時間帯。

 それなのに周囲には誰もおらず、ここにいるのは痛む左腕を右手で庇いながら片膝を付く私とそんな私を殺そうと何も感情が込められていない目でこちらを見下ろす小学低学年ほどに見える女の子。そして、その後ろに立つ、サングラスをかけた男だけだった。

 直撃は避けたものの、何度も地面を転がったせいで全身擦り傷だらけだ。特に左腕は回避した時に距離感を誤り、近くの塀に強打してしまったせいで上手く動かせない。骨は折れていないようだが、しばらくは使い物にならないだろう。

 絶体絶命の大ピンチ。数時間前まで普通の日常リアルを生きていた私に訪れた非日常ファンタジー

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 何故、殺されそうになっているのだろう。

 なんで、私がこんな目に遭っているのだろう。

 彼らの目的も、私が狙われている理由も、こうなった経緯も、今はここにいないに聞いた。聞いたけれどそれで納得できるわけもなく、今の今まで何度も転がり回って生き残った。

「はぁ……はぁ……」

 息が苦しい。擦り傷が日焼けした皮膚がヒリヒリと痛むように体を蝕む。左腕は痛みよりも熱を帯びているようで予想以上にまずい状態かもしれない。

 目の前に立つ女の子が怖い。後ろに立つ男が恐ろしくて仕方ない。今すぐにでもここから逃げ出したい。むしろ、命を差し出したほうが楽になれるのかもしれない。

 そんな思考は先ほどまで・・・・・私の頭の中で巡り回っていた。

 でも、今は違う。私を殺そうと右腕を振り上げた女の子すら見ることなく、ただ一点――空に浮かぶ満月を背に立つ、黒い影しか目に映らない。あまりにその影が黒すぎて白い光に映し出された影絵のように見えた。

「あ、なた、は……」

 震えた声で独り言のように呟く。それが聞こえたのだろうか。その影はゆっくりと手に持っていた青白く光る弓に青白い矢を番えた。一瞬、バチリと微かにその弓矢にノイズが走ったが、それらはしっかりと形を保っている。

「ッ……来たか、ファントム・・・・・!」

 私の視線を追いかけ、サングラスの男が黒い影に気づき、悪態を吐いた。

(ファントム、さん……)

 輪郭がぼやけ、本当にそこに存在しているのか信じられなくなってしまうほど気配が薄い。黒い外套とフードを深く被っているせいで性別はわからない。ここからでは背丈もいまいち把握しきれない。

 でも、あの立ち姿は何度も夢で見た。何度も、何度も夢に見た・・・・、憧れの――。

 あの凛とした佇まいを私が見間違えるはずがない。そう、あの人こそ、私が何度も会いたいと願った夢の人影だ。

「……」

 その影、ファントムさんはぎりぎりと矢を引き絞る。その矢が向くのはだった。

「ぁ……」

 パシュ、という小さな空気を割く音と共に彼、もしくは彼女から放たれた矢は真っ直ぐ、こちらへと――。















 ――その影に魅入られた私は、世界の裏側へと迷い込んだ。

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