探偵とJKの同居生活。(ただしJKは殺人鬼とする)
悦田半次
第1話 転がした死体
――ミステリーの冒頭には死体を転がせ。
どう言う意味かは分からないが、ミステリーの鉄則というヤツらしいと言うことを
普段ミステリー小説を読まない忍がそんな言葉を思い出したのは、目の前に死体が転がっているからに他ならない。
忍よりちょっと年上と覚しき、女子大生風の女性。
彼女の死に顔は恐怖に歪んではおらず、突如自分に降りかかった事象が何であるか理解できないと言わんばかりの、疑問に塗れたものだった。
彼女が何者であるかは知らない。
たまたま出会ったという縁で殺した訳だが、首筋にぱっくり開いた傷口からは真っ赤な血が流れている。
冬場ということもあってほかほかと湯気が立っていた。
こうなっては冷たくなっていく一方だが、人間の体と言うのは案外暖かいものなのだ。
「よし、転がしてみるか」
おあつらえ向きと言ってはなんだが、せっかく目の前に死体があるのだ。
これを試さない手はない。
指紋が付かないように、足を使って死体を転がしてみる。
が、特に何も起こらなかった。
強いて言うのなら、出血の勢いがちょっと増したくらいだ。
「うーむ、まるで分からんぞ」
普段読んでるラブコメ小説にはこの手の描写はあまりないからだろうか。
「後で調べてみるか……今は、帰ろう」
人様の目の前でさっきみたいな行動をしようものなら、間違い無く面倒なことになるが、この路地裏には忍と死体と野良猫(ここ重要)しかいない。
立つ鳥跡を濁さず。
死体がある時点で濁しまくりなのだが、それはそれとして。
ナイフに付着した血を払い、腕に巻き付けているホルスターに収める。
人を殺した高揚感からか、家路に突く足取りはいつもより軽かった。
「殺人鬼ィ?」
ランチタイムで混雑しているファミレスにはおよそ相応しくない言葉に、
二十代半ばの男である。
彼の第一印象を一言で表すのならば「チンピラ」が最もふさわしいだろう。
あちこち跳ねた赤髪の下にある顔はやや童顔なのだが、よく着ているる赤いスカジャンが致命的だ。
繁華街をうろつかせれば何かヤバいクスリを売っているように見えるし、お堅い事務所に立たせればヤクザの小間使いにも見える。
もっとも、彼は売人でもヤクザの組員でもなく、この街に一軒の事務所を構える探偵である。
一方、進の目の前に座るパンツスーツ姿の女性の名前は、泊木鈴音(とまりぎすずね)。
氷を削り出したかのように鋭利な顔立ちの彼女は、進の助手――ではなく警察に所属する人間である。
「まーた誰か殺されたってのか?」
「ええ、ネットでは今大盛り上がりよ」
鈴音は肩甲骨あたりまで伸ばした髪を指に絡めながら、SNSアプリが表示されたスマホ画面を進に見せた。
「なるほどね……」
タイムライン上には死者を悼む声よりも、犯人についての考察や次の事件はいつ発生するかなどの話題が、盛り上がりをみせている。
「不謹慎という言葉は、無責任な好奇心の前にはただただ無力である――か」
「誰の言葉?」
「俺」
即興で作った割りには、まあまあな名言ではないだろうか。
「一気にありがたみがなくなったわね」
鈴音はストローをぴんと弾きながら、進の自画自賛をバッサリ両断した。
「言葉はどう言ったのかではなく誰が言ったのかが重要とはよくもまあ言ったもんだわ」
「そうかも知んねーけど、もっとフォローしてくれたっていいだろ」
「嫌よ。私がフォローするのはあなたの私生活だけだもの」
「それは遠慮して欲しいね」
とは言え、進も被害者に同情するかと言えばまた別の話だ。
身内が殺されたのならばまだしも、顔も名前も知らないどこぞの誰かさんが殺されたというところで、五分くらいしたら忘却してしまうくらいの無関心さである。
しかし殺された方には無関心ではあっても、殺した方には関心が無いわけではない。
その辺はSNSのタイムラインに跋扈している連中とあまり変わりがない。
ここ水浜では異能者による犯罪が頻発しているが、この街で殺人鬼と言ったら該当する犯罪者は一人だけ。
数年前から、不定期に通り魔事件を繰り返している殺人鬼。
犯行の手口は、すれ違い様にナイフで頸動脈を切断するというもの。
世の中には死体をいじくり回して『作品』を作るなんて異常者もいるが、この殺人鬼の手口は極めてシンプルだ。
殺人という行為そのものが目的と言わんばかりのその犯行は、一種のストイックさすら感じられる。
以前そんなことを目の前の幼なじみに言ったら、思いっ切り顔を顰められた――なんてことはなく、「言い得て妙ね」と笑っていた。
鈴音は殺人鬼をお縄にかけんと奮闘している捜査一課の警部なのだが、警察としての心構えは極めて微妙だった。
「写真、見る?」
鈴音はキラーンと目を怪しく輝かせた。
「見ねーよ。せっかくの昼飯時にそんな物騒なもん見せんなって」
食事中の話題に得意不得意はあまり無いが、さすがに死体の写真を鑑賞しながら、この真っ赤なアラビアータを食べる趣味はない。
「んで、その殺人鬼様がどうしたって」
「どうもそいつ、異能者らしいのよね」
「……異能者ぁ?」
既に日本を代表する殺人鬼になりつつある彼ないしは彼女が、世界の法則なんて知ったことかと言わんばかりの力を持つ連中の仲間入りを果たしていると、目の前の幼なじみはのたまったのだろうか。
「でも、なんだってそんなことが分かったんだ?」
「この前、一課の刑事が殺人鬼とたまたま遭遇したのよ」
「へぇ、そりゃすげえな」
ここ数年、警察は血眼になって殺人鬼を追っていたが、明確な手がかりは未だに掴めていなかった。
特にこの水浜は再開発に次ぐ再開発で、建物が複雑に入り組んでおり、裏路地がちょっとしたダンジョンと化している。
遊び半分で入ったが最期、二度と戻ってくることは出来ない――なんて都市伝説がまことしやかに囁かれているがさすがにそんなことはない。
使いようによっては色々な近道になって中々に便利だが、あの裏路地で何人か殺人鬼に殺されているのもまた事実だ。
元々人気の無い場所が犯行場所になっていることもあって、死体が発見されるのが死後数週間とか経過していることもザラにある。
さらに、死体の写真を撮って、警察やマスコミに送りつけるということもしない。
その手の挑戦状は、受け取った側からすれば非常にムカつく代物らしいが、正体を突き止める手がかりにもなる。
が、一部の犯罪者にありがちな無駄な承認欲求が、この殺人鬼にはまるで無い。
残す手がかりというのは、死体のみ。
その死体すら出て来ないことがあるんだから始末が悪い。
この街の行方不明者のうち、殺人鬼の手にかけられたのは何人いることか。
「んで、そんな正体不明な殺人鬼サマと遭遇したラッキーボーイはどうなったんだ?」
「死んだわ」
「は?」
「ああ違った。殉職したわ」
「別にそこ訂正する必要はねーだろ」
殺されたという事実は微動だにしていないのだから。
「でも、なんで異能者って分かるんだよ。そいつが証拠映像でも撮ってたのか?」
「その暇は無かったみたいね。仲間と電話している間に殺されたから」
「情報を伝える途中で殺されたってか……刑事ドラマあるあるっちゃあるあるだな」
もっとも、これはドラマではなく現実。
死んだと思っていたら、視聴者人気により復活なんてミラクルは発生しない。
「にしても、随分と冷静だな。刑事が殺されたってのに」
「え? だって進じゃないじゃない」
きょとんと、子どものように首を傾げた。
「それにウチの課の刑事でもないし、ぶっちゃけどうでもいいって言うのが本音なのだけど」
「……おまえ、もう少し職場の人間関係に気を使った方がいいぜ」
こんなんでも部下からはそこそこ慕われているというのだから、世の中分からない。
「殉職した刑事によれば、殺人鬼は小柄でフードを被っていたそうよ。得物はサバイバルナイフ。動きは極めて俊敏で、人間と言うより動物みたいな動きをしていたとかなんとか」
「ほーん……」
今まで不鮮明だった殺人鬼のイメージが、一気に輪郭を帯びていく。
「てことは、何かを撃ち出したりする能力じゃないってことか……」
「それともう一つ。銃が効かない」
「銃が効かないって、弾くのか? それともダメージが再生でもすんのかよ」
「それを確認しようとした瞬間、通話は途切れたようよ。そしてスマホのGPSを頼りに現場に向かったら」
「できたてほやほやの死体が一つ、か……てことは、動物系ってことか?」
異能者の中には、人間とは異なる動物の能力を持つ者達がいる。
能力こそ千差万別だが、彼らに共通して高い生命力を持っており、中にはダメージを食らっても傷がすぐに再生してしまうケースもある。
代わりに火を操ったり物を凍結させたりするようなことは出来ないので、一長一短と言ったところか。
「殺人鬼が異能者って可能性がでてきたたから、俺達五課の方へおはちが回ってきたってか」
「平たく言えばそうね。一課の連中、滅茶苦茶悔しがってたわよ」
「敵討ちも出来ずにこんなよく分かんねー課に捜査権が移ったってなりゃあ、無理もねーだろ」
警視庁捜査五課は、後を絶たない異能者犯罪に対抗するために作られたという背景から、その特殊性は他の課の追随を許さない。
なにせ、ちゃんとした警官は係長の鈴音を含めてほんの僅かで、残りは進のように、民間からスカウトされた部外者なのだから。
異能者による犯罪を取り締まるために猫の手も借りたい状況なのが嫌でも理解できる。
警察官になって二年も経過していない鈴音がトップになったのも、五課の特異性があってこそだろう。
「で、その殺人鬼サマを俺にどうしろってんだよ。殺せってか?」
「まさか。絶対に関わらないでって警告よ。前から言ってるけど、私はあなたに手帳を手放して欲しいくらいだから」
五課に配属された民間人は、警察手帳の代わりに赤い手帳を渡される。
それこそが特異手帳であり、特定異能犯罪に関しては民間人でありながら警察官の、もしくはそれ以上の権限が与えられる。
自分が五課に所属していることを、鈴音が快く思っていないことは進も理解していた。
高校を中退した時から五課に所属している進の方が先輩ではあるのだが、その時から鈴音は異能犯罪から手を引くように忠告している。
「悪いが、そりゃできない冗談だな」
異能者退治は、進の経営している葛城探偵事務所の重要な収入源だ。
それに五課に所属していても、公務員ではない進は何もしなければ金は入ってこない。
「あなたの実力は疑ってないわ。ゴキブリとクマムシを足して二乗したようなその生命力は異能者以上と言ってもいいわね」
「褒めてる? それ褒めてる?」
「けれど」
進の言葉を無視して鈴音は続ける。
「この世界に絶対というものはないの。あなたはすぐに無茶をするし、この殺人鬼は今までの異能者達とは少し違う気がするのよ」
「違うって、どこが」
「うまくは言えないわ。けれど、関わったらその時点で詰みかもしれないって確信があるの」
「かもしれないで確信っつわれてもな」
「うまく言えないって言ったでしょ」
まるで子どもみたいに唇を尖らせる鈴音に、進は思わず苦笑を漏らした。
鈴音の言葉は極めて漠然としているが、言わんとしていることは何となく理解できる。
この殺人鬼は、ただの殺人鬼ではない。
殺人鬼の中には人を殺すことは得意でも人と戦うことは極めて苦手とする者もいる。
が、この殺人鬼はそうではない。
異能犯罪が増加していることにより、警察官に求められる身体能力のハードルも上がっている。
特に凶悪犯罪を扱う刑事には、ちょっとした犯罪者程度ならば歯が立たない。
しかしこの殺人鬼は刑事を殺している。
油断ならない相手であることは明白だ。
が、そうだとしても進が手を引く理由にはならない訳で、
「そもそも遭遇しなけりゃ、なんもならねーだろ? 心配すんなって」
「どうかしらね。あなたって昔から変なトラブルばっかり引き寄せるじゃない」
「探偵としての素質って奴だな」
社長一人しかいない探偵事務所をやっていけているのも、その素質のおかげかもしれない。
「遠くの殺人鬼より目の前の依頼だぜ。猫を探さねーと金が入らねえ。金が入らねーと事務所が潰れちまう」
「その時は大丈夫よ。私がしっかり養ってあげるから」
「是非遠慮しとく。俺は自分の食い扶持は自分の力で稼ぐ主義でね。おまえの世話にはならねーよ」
アラビアータを一気にかき込み、ご馳走様を言わずに立ち上がる。
会計を済ませるべく財布を開いた。
「……悪い。さっきみてーな啖呵を切るをみたいなこと言ってなんだけど、金貸してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます