第25話  想太の新しい一歩① 予感


 その日。想太から、電話がかかってきたのは、思っていたより遅い時間だった。

『明日も行かなあかんから、また、それが終わってから、話、聞いてな。でも、とにかく、無事、オーディション受けられたよ。めっちゃ楽しかった! ありがとう』

『あ、それと、パンダのスタンプ、めっちゃ可愛いくて、面白いな。オレも買うわ。じゃあ』

 それだけを言うと、電話はすぐに切れてしまった。



そして、その翌日。

 私は、帰宅した想太とエレベーターホールの談話コーナーで、待ち合わせた。彼のお気に入りのプリンと一緒に待っていると、シャワーを終えて、さっぱりした顔で現れた想太は、私とプリンを見て、とろとろの笑顔になった。(いや、プリンに対してかも?)

 頬をうっすらピンク色に染めながら、一生懸命話してくれた、想太の顔を、私は、きっとこの先もずっと忘れないだろうと思う。

 想太が、夢に向けて、確かに一歩前に進んだ出来事だと思うから。

 そして、想太は、オーディションの朝からのことを話してくれた。




 オーディションの日の朝。

「今日こそ、ついて行こか?」

 かあちゃんが言った。この前、オーディション受けられなかったから、ちょっと心配している。

「オレ、そのライブ、観に行くから、途中まで一緒に送っていこうか?」

 とうちゃんも言った。

「え? とうちゃんも、行くん?」

「うん。 今度ドラマで共演する子のグループだから、ちょっと応援に」

「そっかあ。じゃあ、オレ、がんばったら、とうちゃんと同じライブ会場におれるんやぁ。嬉しいな。めっちゃがんばろ。アリーナの端っこの通路のとこでええから、ライブ出られたら、とうちゃんに見てもらえるんやね」

 想太は、緊張感より、ワクワクが大きくなってくるのを感じた。


「そうだね。楽しみだな。とにかく楽しんだもん勝ち! かたくならずに、思いっきり動いて、最高の笑顔でね」

 とうちゃんは、いつものカッコ可愛い笑顔で言う。その顔は、初めて会ったときと、ずっと変わらない。

「うん。そうする。すっごい楽しみできた! 思いっきり笑顔で踊ってくるよ」

 想太がそう宣言すると、とうちゃんとかあちゃんも笑顔になった。


「想ちゃんの笑顔は、最高だからね。なんせ、オレが一目惚れしたくらいだから」

「また言う~。それは、オレ~」

 想太が笑って言い返すと、

「ちがう、オレ~」

 とうちゃんが笑って返す。

「オレ~」

「いや、オレ~」

 きりがない。

 かあちゃんが、笑いながら、

「はぁい、そこまで。―――では、殿。いざ出陣、ですぞ!」

「うむ。行ってくる」

「気をつけて。いってらっしゃい」

「楽しんでおいで。ライブ出ることになったら、メールして」

 笑って送り出してくれる2人に手を振って、家を出る。


 エレベーターホールで、待っていたみなみが、一緒に下のロビーまで見送りに来てくれて、いよいよ出発だ。みなみの友達も、今回応援のメッセージをくれていたので、想太としては、ちょっと応援団が増えたような気分だ。


 マンションの入り口を出て、歩道に踏み出す。歩きながら、なんとなく予感がする。今日、一歩、前進できそうな、そんな予感。


 マンションを出て、しばらく歩くと、道の向こうに、琉生の姿が見えた。

「おはよ。いよいよだね」

 琉生も、ワクワクした顔つきだ。

「楽しみやな」

 想太も、ワクワクが隠せない。

「今日こそ、思いっきりあばれよう!」

 琉生が、ちょっとヤンチャな表情を見せる。端正な顔の琉生が言うと、少しアンバランスだけど、それも妙に魅力的に見えるから不思議だ。

「そやな」

 想太も、ちょっとニヤッとしてみせる。


 前回の、受けられなかったオーディションの日以来、想太と琉生は、毎日のように連絡を取り合っていた。

 学校はちがうけど、お互いの住んでいるところも、意外に近いことが分かったし、おまけに、声楽は同じ先生に習っていることも分かって、時々レッスンの帰りに時間を合わせて、一緒に帰ることもあった。

 

 気がつくと、想太は、琉生のことをもうずっと前からの友達のように感じている。そして、それはたぶん、琉生も同じなのだろうという気がするのだ。


「なあ。今日、もし、この前みたいなことがあったら、どうする?」

 隣を歩く琉生に、想太が訊くと、

「もちろん。同じことをする。でも、それでも間に合うくらい、今日は時間あるよ」

 琉生が、ほほ笑む。

「たしかに。……でも、『どうか今日は何もありませんように』――――祈っとこ」

 想太が笑いながら言うと、

「そうだね」

 琉生も笑う。

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