第23話  波紋


「5年2組の妹尾さん、今すぐ職員室まで来て下さい。繰り返し、連絡します。5年2組の……」

 

 翌週水曜日のお昼休み。校内放送が流れた。

 想太は、サッカーボールを持って、クラスの男子と一緒に、運動場に出ようとしているところだったけど、

「なんやろ? とりあえず、行ってくるわ。ごめん。先行っといてな」

 ボールを他の男子に渡して、ちょっと不安そうに、職員室のある1階に早足で降りていった。


 先週末に、ネットで、拡散しつつある想太と琉生くんの画像について、私たち(私、サトミちゃん、ミヤちゃん、ナナセ)の4人は、想太を守る! と話し合ったものの、具体的には、何をしたらいいか分からず、せめて、うちの学校内だけでも、これ以上拡散しないように、周りの子たちには、動画や写真のことは、言わずにいた。


 でも、もしかしたら、誰かが知ってて、先生たちも気がついて、そのことで呼ばれたのかもしれない。私たちは、想太の後ろ姿を見送りながら、目を見交わした。

 そして、4人で、想太の後を追い、階段を降りた。開いていた職員室の入り口から、そっとのぞくと、想太の姿はなく、隣のクラスの担任がのんびり出てきて、

「何か用か?」 と言った。

「いえ、別に。担任の三田先生にちょっと」 私が答えると、

「ああ。今、妹尾にお客さんが来てて、一緒に校長室に入ってるから、またもうちょっとしてからおいで」 先生は言った。

 

 

「お客さんって。誰かな?」

「さあ……」

「でも、なんとなく、悪い感じではなさそうだよね?」

「うん……」


 私たちは、校長室の扉を廊下から眺める。中からは、楽しそうな笑い声が聞こえる。

(よかった。悪いことではなさそう)

 ほっと胸をなで下ろした私たちの前で、校長室の扉がガラリと開いて、想太が出てきた。それに続いて、40代くらいのおじさんとおばさん。

「では、本当に本当にありがとうございました」

 2人は、想太に深々と頭を下げて、礼を言うと、にこやかな笑顔で、廊下にいた私たちにまで軽く会釈すると、想太と三田先生と校長先生に送られて、玄関に向かった。


「もしかして」

「そうだね」

「想太が助けた人が、お礼に来た、のかな?」

「そんな感じだね」


 

 お客さんを見送って戻ってきた想太に、私たちが駆け寄ると、想太は、

「心配してくれたん? ごめんな。でも大丈夫やで。あのとき、救助したおじさんが、奥さんと一緒にお礼に来てくれはっただけやねん」

 そう言った。

「最初に電話で通報したのが琉生やったから、まず琉生のところに行って、その次にオレのところに来はったみたい。無事、元気になりはってよかったわ」

 想太がホッとした様子で、ニコニコしている。

 想太は、(あれから、あのおじさんどうしはったんやろ)とずっと気にかけていたから、私もホッとした。

「いったん、意識は戻ってんけど、運ばれた病院で、そのまま1週間あまり入院してたんやて」

 想太が説明する。

「そうだったんだ」「大変だったんだね」「でも、よかったね。無事で」「でも、なんで学校に来たのかな?」

 私、サトミちゃん、ミヤちゃん、ナナセが、次々勢い込んで言うと、想太は笑って、

「救急隊員の人に、名前とか訊かれたときに、オレも琉生も学校の名前言うてたから。それで、退院してすぐに、お礼を言いたくて来た、って言うてはった」

「そうなんだ。ほんとに元気になってよかったね。想太、心配してたもんね」

「うん」


 昼休みは、終わってしまって、とうとう、想太は運動場に遊びに行けなかったけど、想太のこの出来事は、クラス中、学年中、そして学校中に広まった。

 みんな、

「さすが想太くん、すごいよね」

「授業で習ったからって、なかなかすぐに実行できるもんじゃないよね」

「頼もしいよね。可愛いだけじゃないんだね」

「カッコいい」

 それこそ、SNS上の写真や動画につけられたコメントに負けないくらい、いろんな声が、飛び交う。


 当の想太は、いつも通り、ニコニコして過ごしている。人命救助の話をきかれると、

「腕がけっこう疲れるから、大変やで。やるときは、1人じゃなしに交代でやらんとあかんわ」 とか、

「いや、はじめびっくりして、何したらいいかわからんくなって、めっちゃ焦った。でも、救急車呼んだ? とか声かけてくれる子がおって。おかげで、助かってん。オレひとりじゃ全然無理やった」 とか、素直に答えていた。

 想太が話を大げさに盛ったりしないで、いつものように自然な感じでこたえるので、ヒーロー誕生! とばかりに、少し興奮状態だった周りの子たちも、だんだん落ち着いてきた。

 ネットの方も、その後も書き込みは増えていたけど、憶測や悪い言葉で、おとしめるようなものはなくて、いつの間にか、顔がぼかされていない分の動画も削除されていた。


(よかった……)

 私たち4人は、ホッとした。


 同じ一つのことでも、取り上げ方や書き込む言葉によって、ほんのちょっとしたイタズラや悪意によって、ものごとが思わぬ方向へ広がっていってしまうことがある。

 多くは、深く考えもしないでやったことだったりするし、悪く言ったつもりはないのに、悪く受け取られてしまうこともある。

 それでも、それが広がっていくと、被害者になるのは、その話の的になっている人だ。何もしていないのに、自分の知らないところで、どんどん話が進んで行ってしまう。

 想太が、大事なオーディションを受けそこねてまで、一生懸命がんばったことを、へんなふうに、ねじ曲げられたりしてほしくないと、私たちは祈るような気持ちでいた。


 ある日の昼休み。

「よかったね。ほんとうに」

 ナナセが、言った。

 学校内の空気も、かなり通常モードに戻ってきている。

「うん。このまま、落ち着いてくれたらいいね」


 窓辺には、ミヤちゃんをはじめ、前よりさらに増えた、想太のファンクラブ会長たちがはりついて、運動場に熱い視線を送っている。

「増えたね。ファンクラブ」

「だね。たぶん、この上の階でも、下の階でも、窓辺にいるかもね」

「……たいへんだね」

 ナナセがポツリと言った。

「そうだね。想太もたいへんだね」

「……ちがうよ」 ナナセが、少しもどかしそうに言った。

「ん? 」 

 聞き返そうとしたとき、チャイムが鳴った。

 運動場から、一気に、みんなが引き上げ始める。足の速い想太は、遠くへ転がったボールを拾いに走ってから、みんなの後を追いかけている。すぐに追いついて、みんなと笑い合う。

 

 そんな想太の姿を見ながら、思う。

(いつまでも、こんな想太を見ていたい。

 ステージじゃなくて、学校の運動場で走り回っている想太。

 目の前で笑っている想太を、私は、ずっと見ていたい)


 一瞬浮かんだ思いを、私は大急ぎで胸の中に押さえ込む。

 数秒後には教室に駆け込んでくる、想太には絶対気づかれたくない、思い。

 

 私の――――わがまま。


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