お礼参り

 翌日。

 休暇が終わり、今日から出勤だ。

 休みの間限定で伸ばしていたヒゲを剃り落とし、保湿オイルを塗りたくる。

 後引く欠伸を繰り返しながら、俺は身支度を整えて本部への道のりを歩いた。

 オフィスの様子はいつもと変わりなく、日常が戻ってきたと確認させてくれる。

 荷物とジャンパーを置いて、メリッサ班長のデスクに向かう。挨拶する必要はないのだが、長く休んだのでなんとなく挨拶したかったのだ。


「班長。ただいま戻りました」


 班長は俺の顔を見た。


「休めたか?」

「ええ。ただ……」

「ただ?」

「昨日、少しちょっとしたトラブルに巻き込まれまして」

「なんだ」


 俺は、班長に昨日のことをかいつまんで話した。

 省いたのは、世代論のこととハリーの結婚話である。


「そうか」


 真剣に聞いていた班長は、聞き終わってからフッと笑う。


「アカヌマ、お前はいつも厄介事に巻き込まれるな」


 自分の部下とはいえ、所詮は他人事なのでどこか楽しそうだ。


「……そういう運命なのかもしれません」

「運命か。面白い意見だが、何でも運命で片付けるのは感心しないな。厄介事が嫌なら、自分の行動を顧みてみることだ。厄介事が嫌じゃなければ、そのままでいればいい」

「……考えておきます」

「ああ。私は、お前の意思決定権を持ってないからな。自分のことは自分で決めろ」

「……はい」


 厄介事は嫌いだが、行動を顧みる気はあまりない。

 反省はすべきだろうが、行動を顧みて賢く立ち回るのはどうにも苦手だ。

 デスクに戻ったタイミングで、マリアが出勤してきた。


「よぉ」

「おはよ」


 休日ボケか彼女の表情は眠たげだ。


「昨日はどうだった?」

「一日中寝てた」

「そりゃあ有意義だ」

「でしょ。浩史の方は?」

「俺か? 俺は――」


 少し考えて。


「――俺も寝てた」


 嘘をついた。


「そっかぁ」


 言葉と言葉の間に不自然さを感じたようだったが、探るまでもないと思ったのかマリアは深堀してこなかった。



 リハビリということで、調査係のガサ入れに同行する。

 移民に違法銃器を売っていた連中の倉庫にお邪魔して、連中を逮捕して銃器を押収した。

 幸いなことに銃撃戦は起きず、俺が五人ばかし殴り飛ばしてケリが付いた。

 どうやら、各地で銃の部品を買って組み立てて銃を作っていたらしい。銃にはそれぞれシリアルナンバーがあるが、部品だけの場合にはシリアルナンバーが刻印されない。そんな部品で組み立てた銃は、当然シリアルナンバーがない。

 俗に言う、ゴーストガンというやつだ。

 どこの町で誰が買ったというのが分からないので、犯罪に使用されやすい銃ということで警察なんかは特に恐れている。

 そんな銃が何十丁、いやもしかすると百丁を超えるかもしれないぐらい数、車に積み込まれていく。


「流石、銃社会」


 統計によると、アメリカでは約二億丁の銃が民間に出回っているらしい。その数も正規に出回っている数なので、非正規品も含めればどれだけかは分かったものではない。

 この銃も、そんな氷山の一角に過ぎないのだ。


(……まいっちゃうね)


 普段なら「他の連中も捕まえないとな」と素直な思考になるのだが、今日は「こんな殺伐とした世界なのか」と妙に斜に構えた思考になってしまう。


(中学生じゃあるまいに……)


 世界が誰もが思っているほどユートピアじゃないのは、十年前から知っている。

 平和を守るために頑張っている人間が報われず、平和に胡坐をかいて好き勝手言っているアホウがデカい声で、頑張っている人間に向かって「平和じゃない」と叫ぶ。

 あまりの皮肉ぶりにシュールさすら感じる。

 格差も広がり、生きるべき人が死に、理不尽ばかりが増大して、未来に希望が持てないのも仕方がない。

 けれど、それを仕方ないだけで片付けていいものかとも思う。

 今を生きる者がこれからを生きる者たちのために、どうにかすべきではないか。

 少なくとも俺は「生きてるのが辛いなら、自殺していいよ」というのではなく、「もう少し生きてみたら」と言ってやりたい。

 それが俺のエゴなのは承知している。

 しかし、言ってやりたいのだ。

 目の前で、これからも生きれた人間に何度も死なれた人間として。



 本部に戻ると、班長がやってきた。


「アカヌマ。お前に客だ。ロビーで待ってるそうだ」

「誰です?」

「『地下鉄男』と名乗った。……昨日、お前が助けた奴じゃないか?」

「……だとしたら、何しに来たんだか」


 あの分じゃ竜宮城とのコネも持ってなさそうだし、機を織る技量もなさそうだし、金銀財宝を持ってる気配もない。

 まだお礼参り目的の方がしっくりくる。

 渋々、ロビーに下りてみれば待っていたのは昨日のニット帽男だった。

 昨日と同じジャンパーに同じニット帽を身に着けているので、分かりやすかった。


「……アンタ、本当にISS局員なんだな」


 俺が目の前に立つなり、ニット帽男はそう言う。


「警官の目の前で、偽造の身分証なんて見せるかよ」


 嘘はついても、そこまで肝は据わっていない。


「で、何の用だ? こう見えても忙しくな」

「アンタに、色々と物申したくて来た」

「意趣返しか、面白い。……ここじゃなんだ、外に出よう」


 顎で大通りを示す。ニット帽男は意外にも素直に乗った。

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