冷凍ダルマ
俺達が乗るラングラーはハイウェイを降りる。
今走っているのは、本来の目的地であった市街地から離れた住宅街である。日本で言えばベッドタウンやニュータウンといったところだ。
しかしここには色違いの建売住宅の軍団も、愛車を洗う何処かの家のお父さんも、ボール遊びに興じる子供もいない。
人が住んでいるのか怪しい家と、完全な廃墟が立ち並ぶのみ。住民の姿も無い。
「……火事でもあったのかしら」
マリアが見ている方には、確かに焼けた家が数棟並んでいた。ライアンもそれをチラリと見て、「ああ」と声を漏らす。
「アレはね、わざと焼いたんですよ。警察が」
「何故?」
「空き家を放置していると、ギャングや浮浪者が居付くもんで、その防止のためです」
「なるほど」
納得はいくが、焼きっぱなしというのは少し理解できない。
景観や治安の面からも、解体した方がいいのではないかとも思ったが。
「でも最近は、人手不足や予算不足ってことでそういうこともしなくなったみたいだが」
人手不足と予算不足。
この町には、マトモな働き手と真っ当な金が必要なのを失念していた。
「……予算不足はともかくとして、そんなに人手が足りないのか?」
「ああ。単純に頭数が少ないのもそうだが、今いる警官の約半数が汚職警官だ。マフィアやカルテルとつるんで、懐を温めてやがる」
「警官の風上にも置けない奴ね」
マリアが少し語気を強めて言った。そんな反応を新鮮そうにライアンは眺めている。
「そういう奴がここには、うじゃうじゃといる」
そういう形容詞を使われると、煙で燻すタイプの殺虫剤を警察署に投げ込みたくなる。一匹見つけたら、三十匹はいると思えとは言うものだ。
そんなことを考えていたら、車が停まった。
「……着きましたぜ」
「おう」
車の前には規制用の黄色いテープが張られ、パトカーが一台停まっている。今乗っているのと同じ仕様らしきラングラーは、数台停まっていた。
人手不足の実態を今しかと見た気がする。
車の外は相変わらずの寒さだ。むしろ人の気配が空港よりも無い分、冷たさが五割増しになっている。
「お疲れ様です」
「どうも、お世話になります」
他のデトロイト支部の人間と挨拶を交わしつつ、死体の所まで案内される。ここでも、「覚悟してください」と言われた。
内臓でも引きずり出されているのか、そんな予想を立てるも、現実はいとも簡単に予想を超えてきた。
死体は二つとも車道の真ん中に放置されていた。
もっとも、俺がそれを死体と認識するまで少しの時間を要した。
それが、人の形を保っていなかったからだ。
思わず息を飲む。二つとも四肢が無い。切り落とされているのだ。
頭部と胴体だけが残され、冷気に晒されて固まった様子は冷凍ダルマとでも表そうか。
近づいて分かる、男と女の死体だ。
二つとも服が脱がされており、暴行の痕が見て取れる。
鉄パイプか何かで殴られた痕、皮膚を剝ぎ取られた痕。
男の方に至っては、顔の下半分の皮膚が無くなっている。露わになった皮下脂肪や筋肉は腐敗と寒さによって変質しており、どどめ色となっていた。
女の方は男に比べて暴行の痕は若干少なかったが、アザまみれの腹にはナイフか何かで「Z」と刻まれている。
それぞれの顔は苦悶や苦痛に歪み切っており、暴行が全て息のあるうちに行われていたことを示唆していた。
開かれた双眸が、事切れる間際何を見たのか。考えるだけで身震いがする。
「ひでぇことしやがる……」
目の前の男女が一体何者で、どうしてこうなったかは分からない。仮に悪党だったとしても、本当にここまでやってよかったのかという疑問も抱いてしまう。それほど、死体の状態は酷いものだった。
ふと見れば、マリアの顔も青ざめていた。無理もない。
だが不幸中の幸いと言うべきか、死体はグロテスクというよりも人の形に似た肉塊というのが近く、未消化の機内食とアップルジュースと再会することはなかった。
殺された場所が違うのだろう道路にも血液があまり流れておらず、恨めしいほどの寒さが腐敗を止め死体をまだ肉塊たらしめているおかげだ。
皮肉なことに、早くもこのクソ寒さに救われることになるとは。
人間塞翁が馬とは、よく言ったものである。
「どうです?」
顔をしかめたライアンが訊ねてくる。
「……強烈だね」
「……腐敗してないのが幸いね」
俺とマリアは、それぞれそう返した。
「ああ……確かに」
ライアンはマリアの言葉に深々と頷く。
どうやら彼は、腐敗死体の最悪さは知っているらしい。
「まぁとにかく……この死体をこさえたのは、十中八九カルテルですよ。……女の腹の『Z』字が証拠だ」
ライアン曰く、腹の『Z』はロス・サテスが拷問した死体に刻む印らしい。
この死体を作り上げたのは我々だ。
我々は、人間をこうするだけの技術や残酷さを持ち合わせている。
我々に逆らえば、どんな人間でもこうする。
そんなメッセージを込めて、死体に印を刻むらしい。
死体がもたらす精神的苦痛と、人間の想像力を巧みに使っている。
本当にカルテルは人を脅すことに掛けては、天下一品らしい。
「……なんだが、気が重くなってきたよ」
「私も」
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