冗談

 ロビーに降りてオークリーを待つ。


「なんでまた……FBIなんかが?」

「さあな。……まぁ、良いニュースではなさそうなのは、分かるよ」


 伊達に一年以上もISSで働いていない。勘に頼らずとも、自らの身に降りかかろうとしている何かの気配を感じ取るのは、そう難しくはなくなってきた。

 外に目を向ければ、サイレンを鳴らして走るパトカーが何台も横切り、それがまた不吉な予感をより強固なモノへと変貌させていく。

 暖かな日差しは昨日とさして変わらないというのに、何故こうも変わってしまったのか。

 自然と口からため息が零れてしまう。


「ねぇ浩史。あの人じゃない?」


 メランコリックな気分に引きずられそうになっていたところ、マリアの声で現実に戻る。

 彼女が指さす方に目を向け直すと、パンツスーツ姿の見覚えのある顔が正面扉をくぐったところだった。

 ショートボブと細い目がそこはかとない抜け目の無さを表し、背こそ低いが立ち姿からはそれなりの経験値が伺えた。

 彼女の元に二人揃って向かい、オークリーかを確認をする。


「リサ・オークリーさん?」


 周囲を見回していた彼女は、声をかけられて振り向くと頷いた。


「はい。……じゃあ、貴方が赤沼浩史さんで、貴方がマリア・アストールさん?」


 それぞれに手を向けながら、オークリーの方も俺達かを確認をする。


「ええ」

「はい」

「よかった……。お久しぶりです」

「こちらこそ、お久しぶりです」


 約一年と半月ぶり。知り合いと呼ぶにも付き合いが薄い顔見知りなので、体感としては初対面に近い。

 なので膨らませるような話も無く、挨拶もそこそこに俺は本題を切り出した。


「とりあえず、ご用件の方をお聞きしたいのですが」


 するとオークリーは表情を引き締め、素早く左右に視線を走らせた。


「……ここでは、話せません。場所、変えてもらっても構いませんか?」

「ええ。では、こちらに」


 場所を空いている会議室に移し、コーヒーをお出してから彼女と向かい合う。


「……それで、ご用件は?」

「本題に入る前に、見てほしいものがありまして」


 オークリーは鞄から一枚の写真を取り出した。俺がそれを手に取り、マリアが覗き込む。

 写真は何処かの荒野を遥か上空から撮影した物だ。何人かの人間の頭らしい丸が映り、その間に大量の包みがある。


「これは?」

「去年の冬、メキシコの国境付近で撮影された衛星写真です」

「メキシコ……。ということは、麻薬取引の写真ですか?」


 デトロイトで繰り広げられた麻薬取引の云々は、まだ記憶に新しい。

 マリアがオークリーに問う。俺は何も言わず写真を凝視した。

 ただの麻薬取引の写真を、わざわざISSまで見せびらかしにくるだろうか。そんな疑問が湧いたからだ。


「いえ、これは麻薬取引ではありません」


 オークリーの言葉に俺は「やっぱり」とは言わず、トーンを落とし。


「というと?」


 そう相槌を打つ。俺が食いついて来た事で、少し前かがみなった彼女から答えが出される。


「兵器取引ですよ」

「兵器?」


 もう一度、写真に目を落とす。

 白いビニールに包まれたそれは、とても大砲や戦車の類には見えない。


「なんの兵器ですか?」

「高性能爆薬。……プラスチック爆弾と言った方が分かりやすいですかね」

「プラスチック爆弾!?」


 その言葉を受け、俺は目を見張った。写真に映る包みの数は、十や二十ではない。百以上優にある。

 これだけの爆薬があれば、高層ビルを根本から倒せるし、軍事基地も簡単に陥落させられるだろう。


「戦争が出来るわね……」


 同じ様なイメージを抱いたのか、マリアもそんな言葉を漏らす。その声は震えていた。

 重苦しい沈黙の気配が漂い始めたが、それを軽く吹き飛ばすくらいの事実をマリアが口にした。


「……でも、待って。この写真、去年の冬に撮ったって言ってなかった?」


 俺は反射的にマリアを見て、それから恐る恐るといった感じでオークリーの方を見た。


「そうです。正確には、去年の一月です」

「おいおいおい!」


 既に一年以上経っている。情報は鮮度が命という事ぐらい、諜報戦素人の俺でも分かる。手遅れと言っても過言ではない案件をこの女は何の為に持ってきたのか。

 怒りとまではいかなくとも、不信感は否応なしに噴き出てくる。隣にいるマリアも苦要素多めの苦笑していた。


「……まぁ、これには深い訳があるんです。だから、そんなに怖い顔しないでください」


 余程感情が顔に出ていたのだろうか。オークリーが手で「抑えて」とやる。


「……話は聞きますよ」


 頬を引きつらせながら、俺は手にしていた写真を置いた。そこから一拍置いて、オークリーは事のあらましを語り始めた。

 そもそも、この写真を撮ったのはCIAの対テロ・センターが使用している偵察衛星である。この時はまだ白い包みが爆弾だと分からず、皆が麻薬だと思っていた。

 なので本来ならば、同じくCIA内にある麻薬対策センターや麻薬取締局DEAに情報が送られるはずだった。しかし、つい一か月前まで送られなかった。


「何故?」

「意図的に差し止められてたんですよ」

「誰が?」

「悪意ある、第三者とでも言いましょうか」

「……そこをぼかすかね」

「CIAが教えてくれなかったんです。……いや、あんがい彼等も把握してないのかも」

「冗談でしょ?」


 非合法で大規模な武器取引を国内でやらかされた挙句、それを隠した奴がいて、そいつを把握できていないとは。マリアの言葉通り、なんの冗談かと思わざるおえない。

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