ぼくは、ぬいぐるみ。

岡田 悠

ぼくは、ぬいぐるみ。

 おい、タロウ、エリックが死んだぞ。


ぼくの朝は、同業者の訃報からはじまる。


コンタクト型網膜デバイスに届くグループメールの着信で目覚める


地獄の朝の始まりだ。


ここ2年~3年は毎朝こんな感じだ。


 いつか、実存人類は、レッドリスト入りするな。


ぼくは、ぬいぐるみの仕事をしている。


だから、口を利かない。


喋れるかも、もうわからないが、必要がないので、気にならない。


いまでこそ、デジタル情報を気にせず消費できる生活をおくれているが、


少し前までのぼくは、実存人類にありがちな貧しい暮らしをおくっていた。


政府からの月額給付金で、同じような実存人類のグループホームに住んで、


割り勘の範囲内のデジタル情報だけを、残量を気にしながら消費していた。


実存人類は、貧困層を意味している。


実存人類は、メタバースが生活の中心になり久しい現代で、そこに常駐するための


経済力がなく、おもい肉体を捨てメタバースの世界で人生を謳歌できない存在だ。


メタバースに代表される、デジタルデータにアクセスできないことは、


情弱などという言葉を超え、今や死を意味する。


ぼくは、5年前までグループホームに住む実存人類だった。


でも、ぼくはグループホームから抜け出し、実存人類が羨む花形の仕事をしている。


ヒト型ぬいぐるみだ。


グループホームには、不定期に求人募集がかかる。


あらゆる仕事はAIが行い、AIがしない仕事、苦手な仕事を実存人類がするように


なっていた。その求人募集の人気職種が、AIベイビィのぬいぐるみの仕事だ。


この仕事につけば、使用可能なデジタル残量を気にする生活をしないで済む。


データアクセスのための法外な課金もしなくて済むのだ。


それが。2073年の実存人類がいきる世界だ。






ぼくの持ち主は、AIベイビィ第一世代の女の子ルーシー。


見た目は、ザ・AI。


金属の塊だ。


この姿でないと、完璧な成長ホログラムを投影できない。


「おはよう。ジョナサン、きょうもいい天気ね」


ルーシーは、5歳。


来年から小学校へ行く。


ぼくは、ルーシーから『ジョナサン』という名前をもらった。


「ジョナサン、おはようは?」


 おはよう。ルーシー、素敵な朝だね。


 ……。


ぼくは、そう思考する。


ルーシーは、人間の思考が読めるのだ。


AIは、人間の微細な筋肉、発汗、体温、などにより、人間の思考がわかる


らしい。


「そうね、きょうも楽しい一日が待っているわ」


ルーシーとぼくが住む家は、実存している。


かつては、高級住宅地だった地域は、ゴーストタウン化している。


住むべき主は、メタバースに常駐し、むこうで生活している。


自宅にあるのは、捨てられた肉体と、それを管理、維持しつつ警備する


警備員兼看護師の警護員が巡回する箱ものが、あるだけだ。


最近は、第一世代のAIベイビィがそれら全ての役割を満たしている。


それだけではない。


彼らには、重要な存在意義がある。


メタバース内で婚姻した夫婦には二択が迫られる。


質量のないデーターベイビィか、質量のあるAIベイビィか。


出産という盛大な人生イベントの大切な選択だ。


データー人類のなかには、皮肉にも自分たちが捨てた質量に固執する嗜好を


もつ割合が一定数存在する。そんな彼らが選択するのがAIベイビィだ。


しかし、彼らはAI。


人間らしさをもとめるデジタル人類は、実存人類にAIベイビィの情操教育の一環を


おこなわせる新しいビジネスを作り、自己の質量への希求を満足させた。


 まるでピノキオだ。


そして、貧困にあえぐ実存人類を救うという一石何鳥にもなる善行を編み出した。


だから、ぼくはここにいて、満たされた生活をおくっている。






ルーシーは、たいていのことは一人でできる。


AIだからではない。


5歳の女の子だからだ。


そして、ルーシーのお世話は、特にしない。


ぼくはただ、だまってルーシーのおもちゃ箱の一角を飾っていればいい。


ただし、ルーシーの一番のお気に入りのぬいぐるみとして。


ルーシーと一緒にどこでもついていき、一緒に眠り、秘密の共有をする一番の


親友役をすることが、求められるぬいぐるみとしての役目だ。


遊びだけではない、かぎりなくヒトに近づけたがる親の希望を叶えるために、


理想的な子供の一日をルーシーにおくらせる、監督者としての側面もある。


ルーシーは、充電すれば満腹になる体がある。


だが、両親の教育方針のせいで、ぼくと同じように食事を摂取るのだ。


ルーシーとぼくは、朝食をとるためにどこにでもあるホログラムダイニングで、


典型的なホログラム朝食を食べるふりをする。


ぼくには、ぬいぐるみ専用の栄養キューブをルーシーから与えられる。


 ままごとの世界だ。


「ジョナサン、ごはんよ」


ぼくは、口を開ける。


ルーシーは、今日もぼくの口に栄養キューブを入れてくれない。


 ルーシーママ、ぼくにご飯食べさせて。


「ジョナサン、どうして、ぬいぐるみがご飯食べるの?」


 ルーシーママ、ぼく、お腹すいた。


「ルーシーは、お腹すかない。」


 ルーシーママ、ぼく、もう限界なんだ。


「どうして?」


 ルーシーママ、ぼく死んじゃうよ。


「どうして?」


 だって……。


「ぬいぐるみは、お腹すかないわ!!へんよジョナサン!!」


『ボクハ、ニンゲンダ!!!』


ぼくは、たったひとつのルールーを破った。


ぬいぐるみは、口を利かない。


「きゃぁー、助けて、ジョナサンが、喋った!」


ルーシーは5歳。


驚きのあまり、ルーシーは錯乱した。


そして、警備員の役割を担えるほどの腕力を、5歳児らしくふるった。


こうして、ぼくの訃報は明日の朝グループメールで周知されるだろう。


ルーシーの体は、金属でできている。


反抗されたら、ぼくら実存人類はひとたまりもない。


5歳児には、中間反抗期がある。


中間反抗期は、子供の理解を超えた大人の都合や矛盾にたいして、子供なりに


反発する正しい成長過程のひとつだ。


ただ、家族以外には反抗しないので、まわりには気づきずらいらしい。


全部、ネット情報から得た知識だ。


 だから、きみは、正しいんだ、ルーシー。


この期間に死亡するヒト型ぬいぐるみは多い。


 ぼくは、きみを、正しく育てられたんだね。


 明日になったら、新しいヒト型ぬいぐるみがやってくるさ。


 ルーシー、だから心配しないで、寂しくないよ。


「ジョナサン、動いて、ジョナサン、……なんて言ったの?ルーシーわかんないよ」


ぼくは、ぬいぐるみ。


壊れたら、新しいぬいぐるみにかわるだけ。








 





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ぼくは、ぬいぐるみ。 岡田 悠 @you-okada

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