第10話:快進撃と裏事情

 スキルの発動、勃起の手伝いをして欲しいなんてことをうら若き少女に言える訳がない。セクハラでもあるし、品性を疑う。

 そんな発言をかましたら失望されて逃げ出されるかもしれないので、まずは他に必要なことを聞いておこう。


「俺が意識を失っている間、ダンジョンの攻略は順調なのか?」

「はい、ルーカス様が快進撃を続けています。既に6階層まで進んでいるとか」

「6階層か。折り返し地点に居るのか」


 『迷宮エレクチオン』のフロアボスは全部で12体。『カリドーン』で苦戦していたことを考えると、驚異的な成長速度と言う外ない。この事が気になったのは、ケイローも同じだったようで。


「参考までに聞きたいのですが、エレク様の知っている情報ですと6階層まで踏破するのはどれ程のステータスが必要でしたか?」

「全基礎ステータスが『100』は欲しい。その上で強力な武具や防具も。他にもギミックや特攻もあるから一概には言えないが」


 現時点で6階層を突破できる程の能力があるなら【勃起無双】のバフを使っても勝てないかもしれない。俺が気落ちしたのを見て、慌ててセレンが慰めようと口を開いた。


「でも、最近のルーカス様は少し様子が変だって。皆から噂されています」

「どういった風に?」

「ダンジョンで持ち帰って来る戦利品が少なくなったそうです。以前までは魔物のドロップ品やアイテムを沢山持ち帰って来ていたのに」


 妙な話だ。魔物のドロップ品は強力な武具を作ったり、資金を手に入れる為にも数が欲しいハズだし、アイテム収拾はダンジョンの制覇に欠かせない要素だ。

 イベントで国王から武器を貰えたりすることもあるが、6階層まで行けるほどの物は貰えなかったはず。


「(必要最低限の量だけを回収することにしたのか?)」


 攻略を急ぐ上ではあり得ない選択ではない。実際、RTA動画では最低限の素材だけを回収して速攻で制覇するという物もあった。


「それと、もう一つ。今まではソロで行っていたのですが、PTを組むようになったんだとか。ただ……毎回メンバーが違うんです」


 これまた奇妙な話だ。PTを組むことは珍しいことではない。ちゃんと集団で動けるかどうかを試す為にメンバーを入れ替えることも珍しいことではないが、毎回メンバーが違えば連携を取るのが難しくなるはずだ。


「セレン様。元・パーティの方とお話をされたりとかは?」

「したんですけれど、守秘義務がある。って、なにも答えてくれなくて」

「勇壮に活躍したのなら胸を張って話せると思うんだが」


 話せない。ということは何か、後ろめたいことがあるんだろうか? 原因が分からず頭を悩ましていると、部屋に年若い執事が入って来た。


「すみません。執事長、お客様が来られているのですが。『話がしたい』とのことです。自らのことを『イアス』と名乗っていました」

「ほぅ、イアスですか。久しぶりですね」


 俺も名前は知っている。『迷宮エレクチオン』においてはダンジョン内でアイテムを販売してくれる行商人であり、最終ダンジョンの手前まで付いて来てくれるので、彼に助けられたプレイヤーは数知れず。ルックスが良いこともあって人気も高い。


「ケイローと知り合いなのか?」

「昔の教え子ですよ。エレク様がよろしければ、話を聞いてみましょうか?」


 拒否をする理由が無い。俺はイアスを部屋に招き入れる様に伝えると、程なくして件の人物がやって来た。


「お久しぶりです、先生」


 美しい金髪を靡かせ、澄んだ碧眼は何処までも遠くを眺めている様だった。商人らしく豪奢な衣装を身にまとっているが、これが憎らしい程に様になっていた。


「えぇ、貴方も大成された様で。して、話と言うのは?」

「単刀直入に言いましょう。貴方達にはルーカスの罪を暴いて欲しいのです」


 全員が驚いていた。ルーカスの罪? 犯罪とは程遠いアイツが一体なのを犯したと言うのだろうか? 堪らず、セレンが尋ねた。


「どういうことですか?」

「まず、何処からお話しましょうか。彼に事情を合わせた方が良さそうですか?」


 イアスが俺の方に視線を向けて来たので頷いた。行商人と言う立場もあり、セレンやケイローよりも噂話などには聡いに違いない。


「貴方がカリドーンを倒してから、ルーカスがPTを組んでダンジョン攻略を始めたのは有名な事ですが、同時に未帰還の女冒険者が増えました」


 未帰還とは奇妙な話だ。ダンジョン内では致命傷を受けても、入口へと戻される力が働いている。ただ、セレンだけが何かを勘付いた様に顔を青褪めさせていた。


「それって、まさか」

「貴方は経験があるから分かるようですね。彼女達はダンジョンに囚われています。私の友人も帰って来ていませんので」


 最後の部分だけ語気が強くなった気がした。女冒険者がダンジョンに囚われる。だと言うのに、ルーカスが快進撃を続ける。二つの事柄を繋げると。


「つまり、ルーカスはPTを組んだ女冒険者をフロアボスに差し出して、先に進んでいるということか?」

「そういうことです」


 これには絶句した。攻略を焦るあまり、人の道を外れたのか。何がアイツを早まらせたのかは分からないが。


「どうして俺に?」

「ダンジョンの攻略を蔑ろにされると、我々の商売に影響が出る。正々堂々と攻略して貰わないと困るんですよ」


 道理だ。ダンジョン内で商売を営む行商人からすれば、攻略に必要なアイテムを買わず、魔物のドロップ品やアイテムを売り払ってこない状況が続くのは困るのだろう。


「加えて、彼女を罠に嵌めたこと。私は決して許しません」


 涼やかな顔に確かな怒りが浮かんでいた。あまりの剣幕に俺は息を呑んでしまった。ルーカスは踏んではならない尾を踏んでいたらしい。


「分かった。貴重な情報、感謝する」

「どうも。それと、これは餞別の品です」


 卓上に置かれたのはオイルの入った小瓶だった。優雅な動作で一礼をして、部屋を出た後。俺は一息吐いた。セレンも意気込んでいた。


「まさか、ルーカス様がそんなことをしているとは知りませんでした! 許せません!! 絶対に彼女達を助け出しましょう」


 これだけ意気込んでいたら案外、すんなりと飲み込んでくれるかもしれない。俺は意を決した。


「じゃあ、頼みたいことがあるんだ。これはセレンにしかないできないことだ」

「はい! 何でもします!」


 今、なんでもしますって言ったよな? やる気はバッチリだ。気恥ずかしさから、少し口内で言葉を転がした後。ようやく、吐き出せた。


「俺が勃起するのを手伝って欲しい」

「…………」


 長い、長い沈黙の後。館内に悲鳴が響き渡った。



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