第8話:透明な人間
「お前は良い子だね」
俺は良い子だった。アリを見つけても巣穴に水を流したりはしないし、踏み潰したりもしない。学校では、他の奴らが掃除をサボってもちゃんと残った。
人の言うことを聞いて、やっちゃいけないことを我慢し続ければ認められる。褒められる。だから、俺は良い子であり続けた。
「なぁ、金貸してくれよ。必ず返すからさ!」
「え、でも。この間、借りたのを返して貰っていないし……」
「前回の分もまとめて返すからさ。お前だからこそ頼んでいるんだよ」
クラスメイトが両手を合わせて俺に頼み込んでいた。俺を信頼していた訳でもないのに、頼られたんだからと軽々に応じた。
「悪い。俺、塾があるからさ。作業は任せたぞ」
「俺も妹を迎えに行かないと行けないからさ。後はお願いな」
「よっし! 俺達だけでも頑張るぞ!」
文化祭の時もそうだった。興味のない出し物の為に、休みの日も学校に来て展示物の作成をしていた。本当にやる気のあるメンバーには混じれないし、やる気のない奴ほど割り切れる訳でもない。
「学校はどうだい?」
「うん。楽しいよ」
俺がやっているのは『良い子』と言うイメージの再現だけだった。そこに自分の本音や心は伴っていなかった。まるで、誰かに動かされるキャラクターの様だった。
「ありがとうございます」
その中で、エロゲを買ったのは『良い子』から逸脱する為のささやかな反抗だった。どうせ、あと少しで大手を振って買える代物だ。
「これから、2人で幸せな未来を歩んで行こう」
「はい。ルーカス様!」
エンドロールが流れる『迷宮エレクチオン』は面白かった。
ルーカスは誰からも慕われ、称賛を浴び、栄光に向かっての道筋が出来ている。ゲームで欲望を満たして、好き勝手にやっても。現実で咎められることも無ければ、現実を変えられる訳もなく。
「え、お前いたの?」
俺は良い子であり続けた。言うことを聞いて、皆の言葉に頷いて。気づいたら、居ても居なくてもいい透明な人間になっていた。
~~
「エレク様が立ちました!」
「は?」
執事と知らない少女が手を取り合って喜んでいた。催して来たのでトイレに行きたくて立ち上がったのだが、その場で崩れ落ちてしまった。
「大丈夫ですか?」
「体が動かん。どういうことだ?」
執事が俺の体を支えてくれたが、何が起きているのかまるで分らない。仕方なくベッドに戻って、説明を求めた。
「実はですね。エレク様がダンジョンから戻ってきた後、数日の間。寝込んでいたのです」
「なんだと?」
ルーカスが先にダンジョンを制覇してしまえば、俺に待っているのは破滅だ。
こうして休んでいる時間も惜しいと言うのに、ロクに体が動かないことに焦る。今、出来ることがあるとすれば現状把握位だ。
「そして、カリドーンを倒したのはルーカス様ということになり、国から積極的な補助を受けるようになりまして」
俺が評価されたら、国としても体裁が悪いだろう。その点、国王の判断は腹が立つ物の正しいとは納得できる範疇ではある。だが、一つ疑問がある。
「カリドーンを撃破したって証拠は?」
「あの後、追加で来た人員がドロップ品を持ち帰ったそうです」
幾ら俺が激闘を繰り広げた末に勝利を収めたとしても、証拠が無いのなら手柄にしようがない。結果を我が物顔で主張する奴は見慣れている。
ゲームをしていた時はアイテムパックを圧迫する邪魔な品物だと思っていたが、こう言うことならちゃんと確保しておけば良かった。と思っても、あの時は状況が状況だったから仕方ない。それと、気になったことがある。
「当たり前のようにいるけれど、お前は一体?」
「あ、すみません! 自己紹介が遅れました。あの時、カリドーンに捕まっていた所を助けて貰った『セレン』と申します!」
くせっ毛の茶髪眼鏡と言う容姿にセレンと言う名前を聞いて、俺の記憶に遭った情報と符合した。
『セレン』。最初に救助するヒロインだが、能力的にも活躍的にもパッとしないことから最終的にフェードアウトしていく人物で、ユーザーからは『セレなんとか』さんとか。酷い弄られ方をしている。
「そうか。なんで、此処に?」
「なんでって。助けて貰ったから、少しでも恩を返したくて」
一瞬、言われたことが良く分からなかった。だって、俺はエレクだぞ? 性欲猿として人々から忌み嫌われている存在だ。猛獣の檻に自分から足を運んでいく餌なんているか?
「奇妙な奴だ。俺の風聞は知っているだろうに」
「貴方の評判が散々だということも聞いています。なのに、どうして私を襲わなかったんですか?」
改めて言われたら、あの時。何故、俺は彼女を襲わなかったのだろうか?
破滅の未来が見えているのなら、自暴自棄になったとしても不思議ではない。自壊しかねない程に能力が暴走していたと言うのに、どうして畜生の道に走らなかったと聞かれたら、大した理由はない。
「あんなに弱っていた奴に手を出すのは、人間のすることじゃない」
執事が目を見開いた。エレクの人間性から掛け離れた答えに戸惑っている事だろうか。一方、セレンは何かの確信を深めた様子だった。
「率直に聞きます。貴方は、本当にエレク様ですか?」
心臓が跳ね上がった。同時に、この世界に来てから掛けて欲しいと思っていた言葉でもあった。
今後、ルーカスを出し抜いてダンジョンを攻略する上で女性の協力者は欠かせない。ならば、彼女を仲間に引き込む為にも。俺は率直に打ち明けた。
「実で言うと。俺はエレクの体を借りているが、エレクではない」
「なんと!?」「やっぱり……」
そして、俺は彼女達に説明した。この世界を『迷宮エレクチオン』と言うゲームとして知っているのだと。故に、エレクという人物に待ち受けている破滅を避ける為に行動を起こしていることを。2人は決して笑うことも茶々を入れることも無く。真剣に話を聞いてくれた。
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