BCヒーローズ
意磨 鼓炬
第1話
ついに辿り着いた。BCPHファーストリーグのステージに。
明滅し目まぐるしく廻る照明演出。闘争心を煽り立てるようなアップテンポの爆音。専用スタジオの観覧席を埋める観客の歓声。
スタジオ正面のメインビジョンには、オンラインで盛り上がる観客の姿が格子状に表示されていた。
「ブロックチェーンプレミアムヒーローズ、今季開幕戦最終戦!ブルーゲートから登場するのは、この選手だ!」
ステージ中央で派手眼鏡のダンディMCが高らかに呼び込んだ。
スタッフの合図に合わせ、俺は待機していたステージ袖からMCが待つ中央へ歩き出した。青色演出照明の中、スポットライトが自分に当てられたことを意識する。緊張に高鳴る鼓動。体の強ばりを和らげるために、とにかく大きく息を吐く。
「今季昇格組の一人!――華々しいエリートには絶対に負けたくない反骨心。何度踏まれても立上ってみせる不屈の心。どんなに苦しい戦いが待っていようとも、必ず根付いてみせようファーストリーグに。進撃する雑草魂、
コールに合わせて右手拳を掲げ、意気込みを観客にアピールする。俺は俺の存在を証明するためにここまできたんだ!さぁ、見てくれ俺を!共感してくれ、俺の心意気を!
俺を包んだのは――おざなりな拍手の漣。スタジオの観客は完全に盛りさがってる?ばかりか、爆音の奥底に広がる失笑の波紋。
メインビジョンを埋め尽くす、
『wwwwwwww魂!wwwwwwwww』
『進撃の巨草WWWWWWWWWWWWWW』
『昭和レトロwwwwwwwwwwwwww』
『リーグ雑草化計画wwwwwwwwwww』
『wwwwwwwwwwwwwwwwwww』
の文字列。
やっぱり昇格するのに合わせて演出コンセプト変えておくべきだったか。変えようと思ったのだが親友の亮平に、
「それがお前の売りになるんだって」
と言われて納得してしまって。思ったのと違うんだよなぁ、方向性が。本当はこう、もっとパッションを生み出し巻き込んで――
と、初舞台で力加減のわからない過剰な情熱演出の裏で後悔に陥っている俺をよそに、照明演出は赤色を主体としたものに変わり、MCがレッドゲートの呼び込みを始めた。
「そんなルーキーを迎え撃つレッドゲートから登場するのは、この選手だ!」
途端に場内が黄色い歓声に包まれる。メインビジョンに映し出されるオンライン観客の表情もキュンキュンしだした。
「エリートというならこの男。ブロックチェーンプレミアムヒーローズ、ファーストリーグ創設からの絶対王者。今日も見せるか圧倒劇。人呼んで黒衣の王子、
ステージ反対側のレッドゲートから姿を現した月照雪華。通称「
俺は今まで、今年23歳になった俺よりも年下のこの男に、嫉妬の嵐を胸に、それこそ雑草魂に業火をたぎらせ観客の一人として見ていたが――俺に静かに投げ掛けられている視線は、まるで焦点が合ってないように思われる。俺を見ているのに、俺よりももっと先を見詰めているような視線。見透かしているような視線――こうして向かい合うと、俺は月照雪華が醸す静かな威圧感にたじろいだ。下手な嫉妬心など簡単に鎮められてしまった。年齢など関係ない。これが絶対王者の風格なのか。
よりによって記念すべき俺のファーストリーグ初戦が、この男だってことが泣けてくる。けれど――俺は鼻から大きく息を吸い込む。やってやる。雑草魂の反骨心に陰りはなかった。
MCによる一通りの進行の後、
「さぁ、いよいよ勝負の時だ!」
一時止まっていた照明と音楽による戦いのテンションを煽る演出が再開された。
「よろしくお願いします」
俺は右手の拳を月照に突き出した。
「よろしくお願いします」
月照は抑揚のない小さな声で淀みなく応じ、俺の拳に自らの小ぶりな拳を軽く触れさせた。
俺は振り返り、メインビジョン側に設置されている所定の位置に向かった。そこは一段高いステージで、背後に機器を備えた、青色に染められたゲーミングチェアが設置されていた。
ゲーミングチェアに座り、スタッフから渡された専用のヘアバンドをする。背もたれに背中を合わせ、フットレストは折りたたんだまま、しっかり両足を床に着ける。
俺の準備が整ったのを見て、スタッフが背後の機器を操作し、アームの先端に付いた青に塗装されたヘルメット型のBMI(ブレインマシンインターフェース)を下ろしてきた。俺はそれを両手で掴み、引き下ろし、頭部に装着する。BMI内部の柔らかい感触を感じながら左右に動かし微調整し、耳も覆う。装着に問題ないことをスタッフに合図し、最後に上がっていたゴーグルを下ろし、カチャッと音を立てて目元を覆う。後頭部脇にある電源スイッチを入れる。するとBMI内部に空気が入り、より密着度を増す。過度の圧迫感はない。外部との音、視覚が遮断され、一時の闇と無音が訪れる。
起動画面が表示される。そしてすぐに、眼前に今までいたスタジオとは別世界が開けた。そこは木々が生い茂る森の中。木洩れ日も忠実に再現されている。俺の属性『木』のバトルステージだ。BCPHのゲーム世界。没入感のクオリティーは高い。
ゲーム内の体を動かす。頭部に装着したBMIは脳活動に伴う脳波や血流量の変化などの信号を検知・解析し、機械への入力・命令へ変換することができる機器で、BCPHで使用されているBMIは独自開発されたものという。あらかじめ俺の脳活動データは計測してあるので、思念するだけでゲーム内の体をコントロールすることができる。ただし入力機能はないので、ゲーム世界内での行動に伴う感覚刺激は自分には返ってこない。状況判断は視覚情報のみとなる。
首を上下左右に振る。足の屈伸をする。ジャンプする。動きに合わせ、視界の風景が変化する。その変化の情景によって、思い通りに体が動いていることを確認する。両手を目の前で開閉する。問題なさそうだ。
――オープン。
と思念すれば、視界に様々なデータが浮かぶ。
右上にバトルステージのマップが表示されている。その中に、青と赤の点で表示されているのが、俺と月照との位置だ。スタートポジションはだいぶ離れている。
マップの下には上からHP(ヒットポイント)ゲージ、RY(リアルエール)ゲージ、TY(トータルエール)ゲージ、Z(ゾーン)ゲージが表示されている。
左手には俺が使える魔法の種類が二列で上から下へと表示されていて、その上に単独で俺の特殊能力が表示されていた。
「動きに問題は?」
スタッフの声が耳もとに届く。
「動作確認OKです」
声に出して答えた。
この状態になると自分では見られないが、今ごろスタジオのメインビジョンにはバトルステージを俯瞰する映像が映し出されていて、そこには俺と月照をモデリングした再現度の高いアバターも映し出されている筈だ。デザイナーと協議して決定した俺のアバターデザインは、濃緑の西洋風の鎧を身に纏い、葉の形を参考にした細長い楕円形状の両刃の剣を右手に握っている。
準備は整った。ゲーミングチェアの背もたれを倒しフットレストを上げて仰向けの状態にする選手もいるが、俺は最初に座った状態のまま、手すりにつけられた縦向きの把手を握る。こうすると手の感覚が落ち着いて戦いに集中しやすくなる。
音声が切り替わり、スタジオの盛り上がる歓声が聞こえてきた。
「両者、戦闘態勢は整ったようだ!さぁ、最高の戦いを見せてくれ!カウントダウン、スタート!」
MCが開戦を告げた。一層の歓声が沸き上がった。
目の前にカウントダウン表示が映し出される。スタジオの観客も一斉にカウントダウンを合唱する。
20・19・18……
カウントダウン開始と同時に、RY、TYゲージの数値が上って行く。両ゲージはエールポイントの数値を反映している。エールポイントとはスタジオ、及びオンラインで観戦している観客からの、ブロックチェーン『Symbol(シンボル)』のネイティブ通貨である、一般的に暗号通貨と呼ばれる『XYM(ジム)』による投げ銭の量によって加算されていく。RYは消費を含めてのリアルタイムでのエールポイント残数を表していて、TYこの一戦の内に投げられたXYMの総計を表している。
15・14・13……
視界左側にモノクロで表示されていた魔法列の中の一番左下の『コボク』がカラー表示となり、光りの枠で囲まれた。魔法は種類によって定められた一定数のTYを超えると解放されカラー表示となり、更に定められた一定数のRYがあれば光りの枠で囲われて実際の使用が可能となる。
ありがたいことに、TYは順調に伸びていた。デビュー戦のご祝儀という意味もあるかもしれない。次々に装備する魔法が解放されていく。これでなんとか、予定した戦い方ができそうだ。
10・9・8……
俺は改めて大きく息を吐く。いよいよだ。
思えば、ここにたどり着くまでに2年半掛かった。まさか辿りつけるとはという思いもあれば、時間がかかったなという思いもある。けれど、俺は今、このファーストリーグの舞台に立つことができている。後はこの舞台で、どれだけ自分の実力を発揮できるかだけだ。
集中しろ、
3・2・1、Fight!
始まった!だが、俺は動かない。どうせあいつからくる。マップに視線を送る。もの凄いスピードで赤の点が青の点に迫ってきていた。
速い!化け物!
――クローズ!
データ表示を消し、視点を正面に向ける。もう見えた。漆黒の鎧に、漆黒の両刃の長剣を下げたリアルな月照のアバターが。これがあいつ、月照の戦い方だ。作戦もくそもない、正面突破。木々を避けながら凄い勢いで突っ込んでくる。
まず、あの勢いを止める!
「コボク、4!」
魔法発動のみ演出上の理由から音声入力が必要なため、俺は魔法の呼称を声を上げて発した。
コボクは木の槍を発生させて相手に放つ魔法で、それを一気に4本放つ。1本であれば簡単に弾かれてしまう。ケチっている余裕なんてない。さぁ、上に跳べ!
月照は――跳んだ!
「ボクルッケ、2!」
束縛魔法。2本の木の枝が月照に向かって伸びる。空中に跳んで逃げられない状況で束縛し動きを封じる。これが俺の予定していた初手だ。
捕らえるか?と思った瞬間、月照は空中で1本の枝を剣で弾くと、もう1本の枝を身をひるがえしてかわしながら――その枝を足場にして走り向かってきた!嘘だろ!
「そんなのありかよ!」
思わず声帯を震わせて声を出してしまった。決められた発音ではないので、ゲームには影響ない。
空から降ってくるかのように瞬時に間合いを詰められた。勢いそのままに上段からの斬撃。剣を掲げて防御する。ギンッ!という効果音が耳に響く。防御できたようだ。
が、一息入れる間などない。今度は月照の姿が眼前から消えた。こいつの戦い方だ。どうせ後ろだろ?!身を左にひるがえして視界を転じる。あれ?いない?
戸惑うと同時に、視界が全体的に赤く明滅する。有効打を受けた表示だ。ということは、やっぱり背後。更に左に視界を転じるが姿を捉えられない。また視界が赤く明滅する。見ている余裕はないが、着実にHPは減少しているだろう。
くそっ!今度はフェイントをかける。左に視界を転じた瞬間に、すぐに右に転じる。いない!赤く明滅。
駄目だ、完全に術中に嵌ってる。切り抜けないと!
俺は自分の剣を、自分の腹へと突き立てた。そしてすぐに前方に飛びのく。今度は有効打を受けた赤い明滅は表示されなかった。振り返る。月照が動きを止めて立っていた。ざまぁみろ、ゲームだからできる技だ。自分の攻撃は自分にダメージを与えない。
「ウルキルマ」
月照の声が微かに聞こえた。と、月照の眼前に見上げるほどの水の壁が立ち上がり俺に迫ってきた。
俺は避けられないと判断し、身構える。ダメージは受けるが、防御態勢にあれば少なからずダメージを減らせる。が――その水の壁から月照が突っこんできた!自分の攻撃は――
左脇から剣を払う一撃。なんとか剣で防御する。が、怖ろしい速さで立て続けに上段からの斬撃。剣を高く掲げて防御しようとするが間に合わず斬られた――そこに水の壁が襲った。
視界が数度にわたって明滅した。まともに食らってしまった。
――オープン!
HPを確認する。HP残を表す黄色のゲージが半分以下になっているように見える。
――クローズ!
更に赤く明滅。まったく容赦ない!落ち着け、集中しろ!集中するんだ。俺だってセカンドリーグの戦いを潜りぬけてここまできたんだ。簡単にやられてたまるか!
集中だ!スイッチを入れろ!ゾーンに入れ!月照を追え!月照を!月照を――
視界が狭まる。静寂が訪れる。その分、月照の姿が明瞭になる。表示はしていないが、Zゲージの数値が高まっている筈だ。
このゲームにおいてZゲージは重要な意味を持つ。Zゲージの数値が高まれば高まるほど、プレイヤーが操るアバターのスピード、攻撃力は高まる。月照雪華がこの世界で最強の理由。あいつは戦いの最初から最後までZゲージをMAXにして戦うことができる。つまり、あいつは自由自在にゾーンに入ることができる。しかも、深い深いゾーンにだ。まさに化け物!
素早く視界を転じる。今度は月照の残像を捉えた。俺のアバターの動きが速まった証拠だ。更に深く!月照の残像を追い、右脇から斬り上げるように斬撃を放つ!
止められた。だが、完全に月照の姿を捉えた!
立て続けに斬撃を放つ。月照が退いた。追え!と思った瞬間――視界が広がり、耳に微かにも外部の歓声が意識された。くそっ、ゾーンが解けた。これが俺の弱点であり、未熟なところだ。俺のゾーンはおおむね3秒程度しか保てない!
ゾーンが解けたのを感知したか、月照は衰えない驚速で攻撃を仕掛けてくる。また背後に回り込む。
解けたんだったら、また入る!月照に追いつく。3秒経ったら解ける。また入る!――
また入る!
また入る!
「クリフボク!」
棘付きの巨大な丸太が転がり月照を襲うが、さらりとかわされる。
また入る!
また入る!
「ボクルッケ!ボクルッケ!コボク、5!コボク!コボク!」
何とか距離をとり魔法を撃ちまくるが、月照を捉えることはできない。
また入る!
「クリフボク!」
唱えるが、棘付き丸太が視界に表示されなかった。RYが足りないか。なら、
「コボク!コボク!」
1発目は出たが、2発目は視界に映らなかった。くそっ、もうエールピークを迎えたのか。こうなったら、後は接近戦あるのみ!何度でもゾーンに入ってお前に追いついてやる!
また入る!
また入る!
また入る!
また入る!
また入る!
また入る!
――!
あれ?俺は何してるんだろう……?
視界が赤く染まった。あっ、やられた……そうだ、俺はファーストリーグの舞台で、今日がデビュー戦で……まだだ!
特殊能力『雑草魂』発動!発動条件はHPゼロになること。そして、発動されたならプラスαで隠しHP出現!
きっと終わったと思って月照も油断してるだろう。そこを突いて反撃だ!
月照の姿を捉えた。斬りこもうと前進する。が、瞬時に状況を察知した月照は、最後のラッシュを仕掛けてきて――俺はあっさりと仕留められてしまった。
これが最強王者、月照雪華か。――結局、何もできなかった。
「勝者、月照雪華!」
MCが勝ち名乗りを上げているのが聞こえる。割れんばかりの観客の歓声が聞こえる。
完敗だった。力の差を見せつけられた感じだ。
溜息一つ。
俺はBMIを外そうと、腕を上げようとした。――あれ?腕が上がらない。あれ?……あれ?
体がまったく動かなくなってしまった。そうわかると、途端に恐怖心が吹きあげてきた。
「動かない!体が動かない!」
俺は叫んでいた。
どうした?俺はどうしたんだぁ?!!――
俺はパニックに陥っていた。
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