all need your death

九重つくも

第1話 魔法使い

 初春生馬。男、十七歳。彼女無しバイト経験なし。最終学歴中学校。現在高校にて卒業に向けて二年目を過ごしている。


 目標はあまりない。真ん中ぐらいに頑張って、真ん中ぐらいにさぼる。嫌なことは最小限。いいことはそれなりに。

 去年の担任には君は生きたように死んでいるのか、死んだように生きているのかわからないね、とも言われた。




 そんな俺が、一人暮らしの1Kアパートの寝室兼リビングにて、お気に入りのタンブラーにエナジードリンクを注いだ時だった。




 人生で初めて聞いた自分の身長よりも高さのある窓ガラスの割れる音とともに、三階に位置する自室へ飛び込んでくる人影。


 そのままその人影は一メートルほど窓から離れた、タンブラーを置こうとしたガラステーブルの上に着地――どちらかといえば墜落のほうが近い――した。




 深夜帯に似つかわしくない大音量に「うおぁっ!?」と情けない悲鳴を上げて驚く。しかし貧乏性なのか、タンブラーに入ったエナジードリンク(これは500ミリリットルで二百円もする。自販機のコーラよりも高いのだ)だけは一滴もこぼれていないのだった。




 「えっ何。誰こいつ?」




 我が城にド派手に登場をかましてくれた犯人を改めて確認する。誰だ人の家にダイナミックエントリーなんかしたやつは。




 犯人は一人の少女だった。


 思わず息を呑む。




 それは、その少女がたとえ泥と血にまみれていても、本当に綺麗だったからだ。




 サラサラの星の光を糸にしたようかの長髪。どこかで見たような気もする制服の上からでもわかるスタイルの良さ。厚手のタイツで包まれた足はしなやかで長い。街の中で見かけたなら時を忘れて見とれていたことだろう。こんな状況でさえなければ。




 ガラスで切ったのかところどころから血がにじんでいる。しかし不思議なのは制服の方だ。袖には少し焦げたような跡があるし、腕の当たりは擦り切れたような破損が見え、脇腹あたりとスカートのすそには鋭利な切り傷が。これはガラスで切ったのか……?




 「警察! いや、この状況なら救急車のほうがいいのか? ガラス片が血管に入って動脈とか心臓とかがズタズタになるとかどっかで聞いたことあるぞ」




 近寄って救助しようにもこちらは夕飯後のリラックスタイム。裸足である。玄関まで部屋中に散らばったガラス片を踏まないように気を付けながら向かい土足を取って戻ってきたときには少女は意識を取り戻していた。




 テーブルの残骸の上に起き上がり、あたりを見回す。微細な破片が制服に付着したのか、室内灯の光が反射してキラキラと光っていた。


 ちょうど両手に土足を持っている俺を見みて、少女が口を開いた。




 「あなた、ここの部屋の住人?」




 透き通るような声だった。血まみれの状態で、明らかに全身に怪我をしているのにそんなことはどうでもいいようにこちらに話しかけるものだから、あっけにとられて声を出すことが出来なかった。




 「で、どうなの? 質問に答えてくれるかしら? あなたはこの部屋の人間なの?」


 「あ、ああ。そうだけど……って怪我! とりあえず応急処置しないと」


 「必要ないわ。あなた以外にこの部屋に住人は? 見たところ男一人暮らしといった印象だけれど」




 さっき周りを見回していたのは部屋の内装を確認していたらしい。この少女、自分の大けがよりも、周りに人がいるのかどうかを気にしている。




 「そんなのどうだっていいだろうが、本当に手当てしないと死ぬぞ」

 「こんな怪我、自分ですぐに直せるわ。否定しないところを見ると、本当に一人暮らしのようね」


 なんなんだこいつは。


 「けがが大丈夫なんだったら言わせてもらうが、どうすんだこの部屋の惨状は! 窓ガラス、弁償して……今、治せると言ったか? しかも自分で? 医学の知識かなんかでもあんのか?」


 そうだ、こいつは自分で治せると言った。医者でも医学の知識でもない俺が全治何週間なんていう予想を立てることはできないが、少なくとも自分で、とか学校の保健室で、だなんてすむ怪我ではない。あちこちにある切り傷に打撲跡、こんなの何針縫う必要があるだろうか。


 少女はふふん、と得意げな顔をした。俺であればこんな大怪我、立っているのだってきついはずなのに。

 桜色の唇が、きっと誰をも魅了する声を紡ぎだす。なぜだか俺は、こんな状況なのにとてもきれいだと思った。


 「ええ、私、魔法が使えるの」

 「イカレてんのか、お前」

 「いいえ。私はいたって正常」


 そうね、と彼女は続けてガラスが飛び散った部屋を見回し手から再び口を開く。


 「この部屋の窓ガラスも直して差し上げましょう。私が行きなり飛び込んで素敵な部屋を台無しにしてしまったものね、あなたの主張は当然の権利だわ」


 そこからはまるで目の前の俺がいないかのようにぶつぶつとつぶやきだす。ありていに言えば、独り言だった。


 「まずは私の傷の治癒。そしてこの部屋の証拠隠滅と彼の記憶の消去。欲を言えば魔力の回復、ね」

 「おい記憶の消去ってなんなんだ、うわっ」


 彼女の中で何かの結論がはじき出されたのか、こちらに向かってずんずんと進んでくる。後ずさりしたが、ベッドがあるのに後ろに下がろうとしたのだから背中から倒れてしまう。倒れたのはもちろんベッドの上だったから痛くはない。


 なんだか頭が回らない。


 両方の腕を彼女に抑え込まれ、身動きが取れなくなる。あの細腕に、なんでこんな力が――?


 「魔法使いになると決めたときに、素敵な体験ができるなんて思ってはいなかったけれど。はぁ、仕方がない。誇りなさい、私の初めての相手よ」

 「いきなり何のはな……んむっ――。


 キスをされた。


 キスをされた。


 かろうじて思考していた意識はすでに真っ白になっている。

 いきなり頭を鈍器で殴られたような気分だ。


 とにかくそれでも思ったのは、俺も初めてだったのに、だった。 

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