11アルバート君観察日記その6「財布がない」

 夕方仕事を終わらせてそろそろ帰りの支度を始めようかなと思っていた時、

 アルバート君が血相を変えて自分のところにやってきた。


「ワタシ、財布ナクシタ」

「まじかアルバート君!財布ナイナイしちゃったの?」

「そう。財布ナイナイ!」

「これは大変だアルバート君。どこで財布ナイナイしちゃったの?」

「ベンジョ(便所)」

「何時に便所に入った?」

「13時」

「13時ってもう4時間も時間が経ってるじゃんか。これはまずいぞアルバート君」


アルバート君は「トイレ」ではなく、「便所」という言葉を好んで使う。

もっというと、「トイレットペーパー」ではなく、「紙」と言う。

もっというと、社員食堂に行く時、「ランチ行く」ではなく「めし」と言う。

お前は普段誰に日本語を教わっているんだアルバート君。


話を本題に戻すと、

「アルバート君すぐに便所に行って確認してきたまえ。まだあるかも。」

「いや、何度も探した。けどない。」

とアルバート君はショゲている。

 そりゃそうだ。アルバート君の財布の中には外国人登録証や運転免許証やら職場のIDカードやらどこかの飲み屋でもらった女の子の名刺やら大事なものがパンパンに詰まっているのだ。


「ちょっと総務とか守衛所に財布が届いていないか聞いてみるよ!」

とアルバート君に言って、総務の担当や守衛所に連絡して財布が届いていないか聞いてみたが、届いていないという。

それをアルバート君に伝えると、彼はだんだん興奮してきて、

「ワタシ、警察行く。」

と騒ぎ始める。話を聞いていた部下たちも

「それがいいね紛失届だしたほうがいいかも」

と同意する。


「警察に行く前に、もう一度便所に行って確認してきてもらいたいことがある。」

「ナンデスカ?」

「アルバート君はいつもお尻の右ポケットに黒の長財布を入れて行動している。」

「ソウデス。」

「アルバート君、君は便所でズボンを下ろす前に財布をポケットから出さないといけないはずだ。」

「ソウデスネ。」

「そうしないと、ズボンを下ろしたときにポケットから飛び出た財布が、便器の中の青々とした洗浄液の中に『ダイブ・トゥ・ブルー』することになるからだ。」

「なんです『ダイブ・トゥ・ブルー』って?」

「いやっ、あのー自分が好きなL'Arc~en~Cielの曲だ。特に意味はない。とにかくアルバート君の財布の在り処は推理するに2箇所しかない。」

「ドコですか?」

「1つは便器のすぐ裏の窓枠。床に財布は置きたくないだろうから、右の尻ポケットから右手で抜き取った財布は無意識に腕を伸ばせば届く窓枠におけるはずだ。」

「ナルホド」

「ただし窓枠は個室に入るとすぐに目に入るので、そこに財布はないとなるともう一つは…。」

「手を洗うところ?ミラー?」

「それはちがうアルバート君。君はトイレの後いつも手を洗わないことはここの男性スタッフはよく知っているよ」

一緒に話を聞いていた部下数人の顔が「マジか…」とひきつっていく。

「便器のナカですか?」

「違うわ。便器の根元の見えないところに転がってまだアルバート君の位置から見えないところにあるかもしれない。」

「いや、ワタシ全部ミマシタ!」

「もう一度確認してこい。マリオ野郎が!」

「ワカリマシタ!イッテキマス!」


ちなみに一緒に話を聞いていた上司は、

「名探偵ですね」

とニヤニヤしていた。

 10分後、アルバート君はニヤニヤしながら長財布と手にトイレから戻ってきた。

「床に財布アリマシタ。スゴイですね」

「アルバート君あれだ。もう明日からスボンのベルトと財布をウォレットチェーンで繋げ。」

「チェーンはカッコ悪いデス」

「アルバート君、今回はたまたま見つかったが次回はもう見つからないと思った方がいい。十分気をつけたまえ。」

「ワカリマシタ」

そういってアルバート君は帰宅していった。


翌日、お昼すぎに総務から電話が掛かってきた。総務からウチの部署に電話が来るのはめったにない。

(多分美人だろう)女性が、

「そちらのアルバートさんという方が、トイレで財布を無くしたといって総務に財布が届いていないか聞きに来ているんですが。」

「えっ。財布は昨日のうちに見つかったはずですよ。」

「えっ。アルバートさん昨日も財布無くされたのですか?」

「そうなんですよ。昨日総務に連絡したのですが。」


少し間があって、総務の女性は笑いをこらえながらこう言ってきたのである。

「アルバートさん、『今日も』財布をなくしたそうなんです・・・。」


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