トラヴェリング

緋城 沙耶

01ネコになりたい

 サキはそう言うと、酎ハイを一口飲んでそっと缶を置いた。サキって何者?まあとりあえずお酒とお肉が大好きな美人と書いておこう。お土産に買った唐揚げはすぐに無くなった。ネコになって、優しい飼い主のもとでのんびり暮らしたいのだという。夏は冷房、冬は暖房が24時間効いたお部屋の中でぬくぬくと寝っ転がっていたいのだそうだ。サキみたいに雪国で育つとずっと快適な家の中にずっと居たいという気持ちになるのだろうか。


「ネコなあ。昔猫飼ってたなあ」

「どんなネコ飼ってたの?」


 昔ネコを飼ってたときが懐かしい。

 小1の時、小さい黒猫が我が家にやってきた。母親の実家で生まれて間もない黒猫を貰ってきたのだという。すぐに誰が名付け親になるかで兄弟で争いになり、最終的には黒猫の命名権を巡って布団の上で兄弟3人三つ巴のちびっこプロレス大会が始まった。最終的には、兄に足4の字固め、弟にアキレス腱固めを決めて優勝したような気がする。当然ながら後で、兄弟まとめて両親に死ぬほど怒られた。


 自分が命名権を無事に獲得した自分は、名前を「メーテル」と命名した。

「オスのネコなのに。メーテルは女性の名前だろ!」という兄弟からの批判はごもっともであったが、とにかく美形猫だったのだ。まあしばらくすると、いつの間にか「クロくん」という普通の名前に変わっていた。親が「メーテル」の由来を知り合いや近所にいちいち紹介するのが面倒だったらしい。自分が苦労して命名したのは一体何だったんだろう。


 我が家に美人の黒猫ちゃんがやってきたというニュースは、黒猫というポイントが興味を持たれたようで近所の中で話題になり、「クロちゃんを見たい」と言って自宅に見に来る人が現れた。はじめは緊張して誰彼構わず「シャーシャー」言っていたが、自分のことをキャッキャ言って抱っこしておやつをくれるんだと理解するようになると、すごく甘え上手になっていった。なんて現金なやつだろう。


 クロちゃんには不思議なところがあった。母親によると夜中にふと目が覚めると、クロちゃんは家の神棚をじっと見上げていたらしい。神棚の中にある神様がくろちゃんには見えていたのだろうか。また、クロちゃんは猫のくせにネズミが苦手だったらしく、おもちゃのネズミには飛びかかっていたのに、リアルなネズミに遭遇した途端逃げ出したかと思うと、布団の中にダッシュで潜り込んでブルブル震えていた。優しいのかただのビビリなのかよくわからないが、その割には蛇には強かったらしく、たまにお土産として、外から帰ってきたクロちゃんが蛇のこどもを咥えて、「ほらよっ」って自分の前にボンっと置いた日には、家の中は世紀末といった感じだった。


 ここに書ききれないほどいろんな事があったけど、そんなクロちゃんも随分前に天寿を全うして天国へ逝った。17年位生きたような気がする。ずいぶん長く生きたもんだから、尾が2つに別れた猫又になって、自分の一人暮らしをしていた自分のところへ、夜中お礼参りにでも来るのではと少しだけビクビクしていたが、何事もなかったので、どうやらすんなり天国へ逝ったみたいだ。


 そうそう。結局この話で何が言いたいのかというと。


 最近、犬に転生して可愛い女の子に飼ってもらう漫画が好きでよく読んでいるが、自分も黒猫に転生したらサキちゃんみたいな可愛い女の子に飼われたい。朝から晩までぬくぬくたくさん甘えるのだ。でも、

「じゃあ自分は転生して黒猫になって、サキに飼育してもらおう」

と言ったら、間違いなく満面の笑みで、

「嫌です」

と言われるだろう。

 

 あの漫画、結構破廉恥だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る