二章 四話

信貴山城 西の門


門の前の少し開けた場所。そこに五百程度の兵が集められていた。ある者は隣の奴と喋りそしてある者は槍を両手で力強く握りしめ武者震いしている。その人集りを馬に乗り、人を縦に四人並べたほどの長い柄の槍を持った将が通る。群衆は割られた海のようにその将の道を開ける。それまで喋っていた兵は馬上の将を羨望の眼差しで眺め始める。

男の名は飯田基次。屋敷で喋ったあとすぐ鎧を着飾った。彼を慕うものたちで構成されたこの部隊は彼の一声で直ぐに集まることができる。兵をかき分け一番先頭まで進むと門を背にする。誰一人喋るやつはいなかった。咳払いの後、兵に声高らかと叫ぶ。

「これより我らは!殿、久秀様の命により!織田本陣へ夜襲をかける!覚悟のある者のみついてまいれ!家族を残している者、まだ生きたい者は無理をするな!頼む!残れ!」

息を切らしながら自分を見上げる兵たちを見渡す。誰も彼もが基次の視線を受け入れている。みんな基次の声を聞き入っている。

「残る者よ、責めはしない!だが、一つ頼みがある…。これから散る我らの勇姿を語り継いでくれぇっ!」


門を出ると男たちは暗くて見えない道を進んだ。門には誰一人として残る者はいなかった。








信貴山城 東の門前 櫓上


作戦はこうだ。

まず、東の門から出てまっすぐいき森に入る。その森を進むと織田が本陣を敷いている山から流れる小川がある。その小川を川上へと登る。そうすれば織田本陣だ。まあ適宜変える必要があるが概ねがこう。しかし、森のそばに陣を敷いている軍がある。その軍に見つからないようにするのが肝だな。にしても不可解な事がある。昔、松永家に来た時久秀から織田の将と家紋を覚えさせられたことがある。あの人一人殴り殺せるぐらい分厚い本を三十分で覚え、久秀を驚かせた俺でもその陣幕は見たことがない大きな丸を八つの小さい丸が囲んである家紋だった。



「おかしい…」

ずっと俺と一緒に敵陣を観察していた無口な兵が声を発す。しゃべれたのか。地図に書き込む手を止め、獣の唸り声とも取れる低音の持ち主に目をやる。しかし、困ったことが。こういう時は話しかけて良いものなのか。独り言だったら独り言に入る図々しいやつだって思われるかもしれない。聞こえないふりしても無視してると思われて傷つけるかも。でも、なんて言ったのか気になる。んー…あ、そうだ。

「あー…えと。何かおかしいところはあるか?」

とりあえず聞こえなかったことにした。それどころか俺が聞くことにより偶然に気になり出した途端に聞いてくれたな。と、相手にも配慮したなんと素晴らしい計画だろうか。さて、聞いちゃおうかな?!

「…」

「……」

「………」

「えと、なんか…」

「…おとなしい」

「あい!?」

驚かすんじゃないよ。急に、急に喋るじゃんこいつ。こわ

「おとなしいんです。陣が」

「へ?あ、大人しい?」

言われてみればそうだが戦前となると静かになるものじゃないかと俺は違和感は抱かなかった。

「今まではそうじゃなかったのか」

無口な兵の方を向く。しかし兵はずっと織田軍を見つめながらはなす。

「ええ、飯田様と戦っていた二日前頃の織田軍は夜も昼も絶えず兵が動いていた。そして夜襲を仕掛けてきていた。しかし、今夜になって急に松明が動かなくなった」

「なるほど、たしかに怪しいな」

櫓の柵に肘をかける。

「しかし逆に夜襲をかけてくる可能性が低くなったとも取れる」

「ええ。嵐の前の静けさ、とでもいうのでしょうか、兵の巡回の遅さ、片岡城などの要所ではなくこの平野に全軍を配置したこと。明智、筒井がいますからね。による本陣の守りの手薄さ。何か誘っているのかも。例えばー」

一瞬の沈黙を風が騒ぐ。

「あなたとか」

「だとすると織田は俺を買い被りすぎている。こんな忍一匹に何万人を使うつもりだよ」

「ふふふ。流石久秀様から直にお声をかけられたお方」

口角が自然と上がる。にやけているのを悟られたくなくて話をぎこちなく変えた。

「もし、織田が仕掛けるならば…」

話が盛り上がりかけていたころ忘れていたあいつがやってきた。

「霜永様ー!松明お持ちしましたー!」

息を切らせながら梯子を登ってくる。全力疾走をしてきたからか松明の火がまた消えかかっている。

「あぁ、そっか。ありがとう」

忘れていたことを隠し地図、筆などの使った荷物をまとめる。

「あれ?もう行かれるのですか?だったら耳寄りの情報が」

松明を調達してる間に他の兵士とも喋り得た情報だという。あまり喋り過ぎるとどこからか情報が漏れてしまうのでよろしくないのだが。

「森好久様が本願寺と毛利の鉄砲隊を引き連れて戻ってきたんですよ!」

「!!?」

これで…!多少なりとも織田に痛手を負わせることができるはずだ。信長の暗殺もしやすくなる。口角が上がっているのを感じ安堵した表情を見せまいと考え事をしているかのように口を手で隠す。

「そう。わかった。しかし、あまりぺちゃくちゃ喋るな。情報が漏れでもしたら疑われるのはお前だ」

余計な一言を挟む。

「これは。肝に銘じておきます」

あ、説教臭かったか?初対面でこれは流石に…。一人反省会を催しながら梯子を降りようと手をかける。

「御武運を」

今度は低い声を聞き逃さなかった。

「…あぁ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る