ナイル溺愛物語〜金管の王子とじゃじゃ馬寵姫〜

紅葉ももな

第1話


 大いなるナイル川のほとりをティイは、育ちの良さそうな美少女の手を引いて、お世辞にも細いとは言い難い足を必死に動かして上エジプト最大の都市テーベの下町の路地を走っていく。


「くそっ、逃がすなー!」

  

 大人の男たちから逃げ続けるのは中々大変だ。


 黒髪が主流の上エジプトでティイの赤い髪はどうしても目立ってしまうのだ。


 生活様式も、常識も、気候もティイが前世で生きていた二十一世紀の日本とはまるで違う世界……せめて、せめて今流行りの西洋風の異世界に転生させて欲しかった!


 古代エジプトに転生とか、どないせいっちゅうねん!

 ………………………………


 流行病を拗らせて病院に緊急搬送されたところまでは覚えている。

  

 高熱を出して生死の淵を彷徨い続け、気がつけばティイと言う名前の少女に転生していた。


 見たことがない茶色い肌の壮年の男女が心配そうにこちらを覗き込んでおり、硬い寝台から飛び起き、自分が置かれた状況に頭を抱えていた。


 生成り色の腰帯の前に布を垂らした褌みたいな布の上から一枚の布の腰巻きをつけた半裸の男性が父親のイウヤ。


 両肩に掛ける形の白い筒状のドレスを身に纏い天然石のアクセサリーをつけた女性が母親のチュウヤだ。


 ティイたちが住むナイル川沿いの黒い大地から離れると、赤い大地と呼ばれる砂漠地帯には大きな岩山がある。


 その岩山から切り出した石と土で出来た四角い家には窓ガラスなんてものははまっておらず、ナツメヤシの木板を貼り合わせた窓が取り付けられている。


 アメンとハトホルの祭祀で神殿楽師の長である『芸人の長』としてミンの神殿へとやってきた母のチュウヤに一目惚れし、父の猛アタックの末に産まれたのが……ティイだと思い出した。


 今世のティイとしての人生と、前世で生きた記憶が混じってから私は、両親が本気でアポピスに呪いを掛けられたのかと大騒ぎになった。

 

 ちなみにアポピスは邪悪と混沌の化身と呼ばれる巨大な蛇だ。

 

 自分が古代エジプトに転生したと自覚して、泣いて喚いて今では……だいぶ落ち着いた。


 というか慣れざるを得なかった。

 

 スマホやネットなんてないこの古代エジプトで、いまだに万年新婚みたいな両親がまた目の前でイチャイチャし始めたので、できる娘のティイは静かに家から抜け出して外に出る。


 毎年恒例の川の増水と氾濫の為に川沿いに住む農夫や漁師たちも高台にあるこの街に避難している為、見慣れない人々が溢れ活気に満ちている。

 

 既に氾濫期が始まってふた月を超えているから、それほどときを待たずに水が引いていくはずだ。


 大きな帆を張った大小様々な葦船や木造船がキラキラと太陽光を反射する母なるナイル川を行き来する光景は、絶景と言って過言ではないだろう。


 褐色の肌をした全裸の男児が目の前を走っていくが、この時代ではありふれた光景だ。


 前世の記憶を取り戻して、このナイル川の氾濫があるからこそ、小麦や大麦などを毎年植えても連作障害になることはないのだなと思う。


「あらティイ! お出掛けかい?」


「えぇ、小麦を買いに行くの!」


 声を掛けて来た近所のおばちゃんに手を振って、ティイは上機嫌に街の中を歩いて行く。


「……!」


 何かを争うような声が聞こえて反射的に顔を向けた。


 ナイル川の氾濫は吉事ではあるけれど、同時に多くの人が集まれば、嫌でも治安は悪化する。


 両親から決して踏み込んではいけないと念を押されているスラム街がある場所だと気がついた。


 そんなティイの視界に飛び込んできたのは、一目でお金持ちだとわかる美しい少女だった。


 まるで黒曜石のような美しい黒い髪は肩の長さに……おかっぱに切り揃えられており、その右側にはひとふさだけ金管の髪飾りで纏められている。


 艷やかな赤銅色の肌を包む筒型のワンピースは、ティイが着ている麻のワンピースとは明らかに色が違う。


 宝飾品を複数身に付けている事から、良家のご令嬢だと一目でわかる。


 少なくともこんな、スラム街にいるはずがない少女が、二人の浮浪者に無理やりスラム街の奥へと引き摺り込まれそうになっていた。


「その女性を離して!」


 建物の脇にあった木材を掴んだティイは、咄嗟にスラム街へ踏み込み、浮浪者に木材を振り下ろした。


 突然ティイが切り掛かった事で驚いたのだろう。


 切り掛かった浮浪者が咄嗟に木材を回避した事でバランスを崩して地面に転んだ。


「なんだ!?」


 ティイの強襲に驚いたもう一人が、動けずにいるうちに少女と浮浪者の間に回り込み、その浮浪者の素足の小指を跳ねた勢いで思いっきり踵で踏み潰した。


 足の裏でピキッと嫌な感覚がしたけれど、そのおかげで少女の手首を掴んでいた浮浪者の手が外れた。


「早く! 逃げるわよ!」


「グッ、何してやがんだ! 捕まえろ!」

 

 労働なんてしたこともないだろう美しい手を掴むと、ティイは少女を引っ張ってスラム街から抜け出した。


 これだけ人が多ければ、まだ子供のティイと少女なら容易に紛れ込める。


 土を重ねて造った家の角を曲がりながら、少女の手を引いて駆け抜ける。


 なんとか自宅まで戻ってきたティイは、少女を連れたまま家に駆け込みそのまま床へとへたり込んだ。


「はぁっ……はぁ……怖かったー!」


 ティイが座り込んだ時に手を離せば良かったものの、そのまま床へとへたり込んだせいで、少女まで一緒に床へとダイブした形になってしまった。


「あの……」


「ぬ?」


 上がった息を整えるようにその場に仰向けに寝転がったティイを、美少女が覗き込む。


「助けていただきありがとうございます」


「ふふふっ、もうスラム街に入っちゃ駄目だよ? 私はティイ、あなたの名前は?」


「名前……えっと……」


「あっ、もしかして名乗っちゃだめだったりする? なら無理に言わなくていいよ」


 正直古代エジプトの常識なんてティイには、わからない。


 前世でも名乗ることが嫌いだったり、しない人も一定数いた。


「いえ、私は……ヘ……セトと申します」


「ん? ヘセトで合ってる?」


 せっかく名乗ってくれたのに、ボソボソと話すからうまく聞き取れず聞こえた部分を繰り返した。


「はい、ヘセトと呼んでくださいティイ」


 あぁ、女神っていうのはこの子のような少女を言うんだろうな。

 

 初めての友達にテンション爆上げのティイは、初対面のセトの髪に視線が釘付けの両親に気が付かなかった。


…………


 ヘセトはそれからも良く我が家へと遊びに来るようになった。


「ティイ!」


「キャ~ヘセトいらっしゃ~い!」


 ティイよりも細身で背が低いヘセトは、どうやらティイよりも歳下らしい。


 いつも通りその小さな身体で抱き着いてきたので、むぎゅうと抱き締め返す。


 おかっぱに切り揃えられたストレートの黒髪には、今日も金管の髪飾りが揺れている。


 毎日付けているから、きっとヘセトのお気に入りの髪飾りなのだろう。


 常々妹が欲しいと思っていたけれど、友人と妹が一緒に出来たようで嬉しい。


「ヘセト、今日はナイル川に行こうよ! 水が引き始めたんだって!」


 川の増水によって水没していた場所が、水が引き始めたことによって、くるぶし丈の水深まで減少した。


 そのおかげで遠浅となったナイル川は、街の子どもたちの人気の遊び場に変わった。


「本当はもっと早く行きたかったんだけど、ヘセトと一緒に行きたくて待ってたんだ!」


 ヘセトが遊びに来たら直ぐに迎えるようにと、ナイル川へ持っていくための熊手は既に準備が済んでいる。


 というか、熊手が古代エジプトに無かったので、アセと呼ばれる竹みたいになる植物で自作した。


 何個か作って一番上手に作れた熊手をヘセト用に取っておき、試作で作った物は近所の子供に分けてあげた。


 それを見たアセ細工職人が、アイディアを買いたいと申し出てくれたので、ティイの懐はウハウハだ。


 左手で熊手を入れた麻袋を持って、ヘセトのきれいな手と右手をつなぎ、二人で走り出す。


 ナイル川には既に街の子どもたちが大勢来ていて、男の子達は親から教わったのだろう、大き目の石を川縁に向かって幅が狭まるように組み上げて魚取りの罠を仕掛けていた。


 葦の枝で水面を叩き、罠に魚を追い込んで、幅が狭まった場所に取り付けた大き目の麻袋へ入るようにする罠だ。


 ブルティーをはじめ色々な魚、たまにナイルパーチと呼ばれる巨大魚の稚魚が掛かることもある。


 成魚になれば成人男性ですら水底に引きずり込むほどの巨大魚だけど、浅瀬に来るような稚魚は、子ども達の格好の獲物だ。


「うわぁ~、凄いね」


 黒い瞳を煌めかせ、食い入るように子ども達を見ているヘセトに、ナイル川へ連れ出したのは間違っていなかった事に顔がにやける。


「魚とりは私達には難しいから今日はこっちね!」


 魚取りをしている子ども達をの罠から少し下流に麻袋を下ろす。


 持ってきた麻紐を腰に巻きつけると、ティイは足首まであるワンピースの裾をたくし上げて膝上まで上げると、その紐に括り付けた。


「わぁぁぁ、ティイ!? なにしてるの!?」


 わたわたと顔を真っ赤にして慌てるヘセトの足元にしゃがみ込み、ヘセトのスカートをたくし上げる。


「なにって、川に入る準備だよ! 転んで濡れても乾くけど、濡らさないほうが良いじゃない?」


「それはそうだけど……(ティイの生脚)が見えちゃうじゃないか」


 ボソボソと何か言ってるけれど、さっさと麻袋から熊手を取り出してヘセトに手渡して、空いた麻袋を腰紐に括り付けた。


「ヘセト、ほら足を上げて」


 目が細かい麻布二重にしてヘセトの両足に履かせて膝下で袋の口を縛る。


 自分も同じく麻布を靴代わりにして履いた。


 このナイル川には人の足を齧る憎き貝が居るのだ。


 ティイがはじめてナイル川に兄のアイに連れられて来た頃は、素足で水に入って病気になる子供が数人いた。


 病気になった子どもたちは足に何かに刺されたような跡があり、これは何かに良くないものが居るなと感じ取った。


 しかし、この遠浅での水遊びは子供達にとって楽しみの一つだ。


 いくら辞めるように進言しても、ティイの言葉を聞こうとしない。


 だから言う事聞こうとしない年嵩の子ども達は諦めて、ティイが小さい子ども達を纏めて素足ではなく麻布の袋を二重にして必ず着用するように約束させた。


 それから数年、この街に限っては病気になる子が減ったことで一定の効果は有ったようだ。


 ヘセトの手を引いて、水に足を付ければ麻布を通過した川の水が冷たくて気持ちいい。


「見ててね!」


 熊手を川底に沈めて砂を掬い上げると、水と砂が熊手から流れ落ち、小さな数種類の貝が熊手に残った。


「うわぁ、いっぱい取れたね! すごいやティイ!」


 ヘセトの大絶賛についドヤ顔をしてしまった。


「ほらヘセトも一緒にやろう? いっぱい取ってあっちの男の子たちの取った魚と交換して貰うの! 今晩はお母さんに魚と貝の料理にしてもらおう?」


「うん! 頑張る!」


「ティイ! その子どこの誰だ?」


「バスル」


 楽しく貝取りをしていたティイ達に声を掛けて来たのは魚取りのリーダ的存在のバルスだった。


 その活発さと、顔の良さから同年代の女子から一定数以上の人気が男の子だ。


 声を掛けられて人見知りしたのかヘセトがティイの腕に縋り付いた。

 

「私の親友のヘセトだよ可愛いでしょう?」


「ふーん、可愛い親友ねぇ?」


 普段の気さくなバルスとは少しだけ違うどこか剣呑とした様子に首を傾げた。

              

「ふっ、今にも噛み付いてきそうな獣みたいな目ぇしてやがるぜ? そいつ」


「えっ?」


 バルスは一体何のことを言っているのかと、ヘセトを振り返れば、涙目でティイを見つめてくる。


「もう、バルスったら変なの! 所で魚は取れたの? この貝と交換してほしいんだけど」


「ん……あぁ、こっちだ」

     

 そんなふうにヘセトと過ごす楽しい日々に、ティイは護衛と伴にヘセトがやってくるのを心待ちにするようになった。


 しかしある日を境に……パタリとヘセトがやってこなくなってしまった。


「ヘセト……今日も来ないのかな……」


 家の前に有る木箱に腰を掛けて、街並みを行く人々の群れを眺めながら、全く顔を出さなくなってしまったヘセトの姿を探しながら溜息を吐いた。

 

「なーに、ふてくされてるんだ俺のかわいい妹は?」


 突然強すぎる日差しが遮られたため顔を上げると、既に成人し家を出て王宮に住み込みで働きに出ている兄のアイが、日差しを背にして立っていた。


 アイはこの国のファラオを支える宰相様に、その優秀さ見込まれて直属の部下として仕事をしている。

 

「アイ兄ちゃん!」


 大好きな兄の身体に飛び付くと、苦もなくティイの身体を持ち上げて左腕に乗せるように抱き上げた。


「父様と母様の言うことをよく聞いて良い子にしていたか?」


「うん! 勿論だよ!」


「そうか、ならこのお土産も無駄にならずに済みそうだな」


 そう言ってアイは、腰布に吊り下げていた葦を織って作った袋をティイに渡してくれた。    


「わぁ! キャロブのお菓子だ!」


 キャロブとはイナゴマメと呼ばれるマメ科の植物で、果肉を乾燥させて粉末にした調味料だ。


 主に地中海に近い下エジプトで栽培されているため、上エジプトでは中々に値段が張る贅沢品だ。

 

 このキャロブ、味はなんとチョコレート!


 まさか古代エジプトでチョコレートが食べられるとは思ってなかった。


 カカオ製のチョコレートに比べると、程よい甘みで口当たりがすごく軽くて手が止まらなくなるのが問題だ。


 ティイがキャロブを好きな事を知っているアイは、自宅に来るときには必ずキャロブのお菓子を買ってきてくれるのだ。


「今日はゆっくりして行けるの?」


「ごめんよ……父様と母様に話をしたら直ぐに王宮へ戻らなければならないんだ……」


 理由は教えてもらえなかったけれど、アイの話ではアポピス(邪神)が現れる兆しが出ており、王宮内はその対応に追われているらしい。

 

「そっかぁ、仕方がないね……」


 シュンと項垂れたティイの様子に困り果てた様子で、アイはティイの額と自分の額を合わせる。


 はじめにこの額を合わせをされたときには本当に驚いたけれど、家族や恋人など親しい人々の間では普通に行われるらしい。

 

「これからしばらくの間……この国は揉めるだろうから、俺のかわりにこの家を守ってくれ。 俺は王宮内から家族を守るから……」


「うん! 私に任せて!」


 いちばん大変な王宮で働くアイが、心配しないでお仕事に専念できるように頑張らなくちゃ!

    

 カラカラと乾いたエジプトの空気にティイの決意の声が溶けて消えた。


 一方アイがティイと再会する少し前、ヘセト……ヘカワセトはヒリヒリとした王宮の雰囲気に苛立ちを隠せずにいた。


 偉大なる太陽神の代理人であるて、トトメス4世が病床に倒れてしまったのだ。


 エジプト全土に悲しみが広がりるなかで、王宮の中だけは殺伐とした空気に包まれていた。


「次期ファラオは長男の私がつくべきだ!」


「いえ、王の偉大なる妻(ヘメト・ネスウ・ウェレト)である正妃の嫡子である私こそファラオにふさわしい」 


 病に倒れたファラオの心配をするどころか、王宮内は自らが次期ファラオとして即位しようと、側妃から産まれた長兄と正妃から産まれた次兄が争いを繰り広げていたのだ。


「どうしてファラオの地位が欲しいのか、理解に苦しむな……」


 ナイル川から水を引き込んで作られた庭園の水路に足を漬けながら、アメンヘテプ、通り名をヘカワセトはブツブツと不満を口にする。

 

「ヘカワセト様も立派にファラオの地位を継ぐ資格がございますのに……王位を望まれないのですか?」


 そう聞いてきたのは、産まれた頃からヘカワセトの守護者となったゼダだ。

 

「いらないかな、わざわざ僕がしゃしゃり出なくてもほら、やる気がある人が二人もいるんだから三男の僕が出る必要なくない?」

 

「神々の導きがあれば、ファラオの地位ヘ登られることもございましょう……たとえヘカワセト様が望まれなくても……」


 腰布が濡れるのも気にせずにヘカワセトは水路へと飛び込んだ。


 王宮内の水路はナイル川と柵で仕切られており、ナイルワニは入ってこないから暑い日や、煩わしい事柄に疲れて熱した頭を冷やすのに心地良い。


「失礼致します、ヘカワセト様……ホテプ大神官様がヘカワセト様への目通りを希望されておられます」


 そこへやってきたのは王宮で働く官吏の一人だった。


「ホテプ大神官が?」


「はい、大至急ファラオの居室へいらしてほしいとのことです」   

 

「はぁ……わかった」


 そのまま官吏の後を追って王宮内を移動する。


 あちらこちらに病を遠ざけると信じられている香が焚き上げられており、ヘカワセトはその臭いに眉間に皺を寄せた。


 神官たちはこの生臭いような、青臭いような香りがファラオに襲いかかるアポピスを祓うのだと信じている。


 しかしヘカワセトからしたらこの臭いが、ファラオの病を悪化させているのではないか……と本心から疑いたくなるような酷い臭いだった。

 

「ファラオのお召によりアメンヘテプ参上しました」


 ファラオの部屋の前にはホテプ大神官が待ち構えていたので礼をする。


「お待ちしておりましたアメンヘテプ殿下」


 まだ濡れたままのヘカワセトの髪を見て僅かに顔を嫌悪に歪ませたが、ホテプ大神官は直ぐにヘカワセトをファラオであるトトメス四世の寝室へと通した。


「ファラオ、アメンヘテプ殿下が参られました」


 ホテプ大神官が声をかけて、寝台に掛かった目隠しの布を引き上げる。


 満足に食事を取る事すら出来ないのだろうか、病に倒れる前の逞しかったトトメス四世の面影はなく、頬は痩せこけ眼窩が落ち窪み、まるで既にミイラになっていると言っても過言ではない。


「アメン……ヘテプ……か……」


 かろうじて動かしているのだろう掠れた声が所々で途切れながらもヘカワセトの名を呼んだ。


「はいファラオ」


 返事をしてホテプ大神官に促されるままにファラオの寝台に身を寄せる。


「わ……私がイアルの野へと旅立つ日が来たようだ」   


「まだアヌビス神の導きは早いと思いますが?」


「自分の……事は、私が一番良く分かる……」


 ヒューヒューと空気が抜けるような喘鳴が大きくて、声があまり聞こえない。


「ホテプ大神官と……相談し……わ、私は……ア、アメンヘテプを……次期ファラオに決めた……」


 その言葉に目を見開く。


「は? 何を言っているのですか? 私はただの三男ですよ? 兄上方がいるでしょう?」


 トトメス四世の言葉を拒否するようにヘカワセトは寝台から後ずさる。


「あれら……はだめだ……おま……えがファラオになりな……さい」


「いやだ!」


 ヘカワセトの拒絶の声にファラオがニヤリと笑う。


「本人が……拒もうとも……ホルス神の、み、導きはもっとも相応しい……者にのみ、訪れる……今度は……お前が苦労しろ」

 

 震えながらもヘカワセトへと伸ばされたファラオの手が力尽きたように床へと落ちた。

 

「オシリス神よ、ファラオにアヌビス神の導きがあらんことを」 

   

 寝台の横にひざまづき神々に鎮魂の祈りを捧げるホテプ大神官の隣に、ひざまづき神々に祈りを捧げながら、ヘカワセトは心の中で悪態をついていた。


 このまま行けばヘカワセトは間違いなく王位継承争いに巻き込まれることになる。


 祈りを捧げ終わるとホテプ大神官はファラオの遺体の拳を握らせると、両腕を交差させるようにして両胸の上に置いた。


 これからファラオの遺体はミイラに処理され、歴代ファラオや妃の遺体を埋葬してきた王家の谷へと納められる。


 ファラオめ、最後の最後で厄介な遺言を残しやがって!


 部屋に戻り、花瓶や壺など手当り次第当たり散らしたヘカワセトは、気分が悪いと側仕え等を自室から追い出した。


 直ぐに部屋の外に見える水路へと飛び込み、そのまま泳いで、下男や商人達が使う門がある広場の生け垣へと、その身を隠した。


 門には行商に来ただろう牛が引く馬車が止まっている。


 ヘカワセトは素早く商人の牛へと近づき、足元から拾った石を牛の尻へと投げつけた。


 突然の痛みに大きな声を上げて暴れ出した牛に、皆の視線が集中した。


 牛を抑えるために門を守っていた警備がその場を離れた隙に、ヘカワセトはテーベの街へと飛び出した。


 いつもなら女性用のワンピースに着替えて外出するが、その時間さえ惜しく思うほどに無性にティイに会いたくなったのだ。


 土埃も気にせずに、もう迷うことなくティイの家へと駆けていく。


 あぁあの建物の角を曲がればティイに会える。


 そう考えれば、ファラオから押し付けられた厄介事も一時の間だけでも忘れる事ができるかも知れない。


「ティ……イ?」 


 角を曲がった所でヘカワセトの目に飛び込んできたのは、ヘカワセトへ見せたことがない親しげに……楽しげに笑うティイの姿だった。


 間違っても女性には見えない逞しい身体と、人好きする笑みをティイに向ける男の姿に苛立ちが湧いた。


 そしてティイのかたわらに佇み、ひと目で親しい間柄だと分かるほどに二人の距離が近い。


 互いに額を合わせるそれは、恋人同士のようにすら見える。


 自分はまだティイに男性だと気が付いて貰えていないのに、結婚相手候補の異性として認識すらされていない現状を突きつけられたようだった。


「誰なんだあの男は……」


 ギリリと噛み締めた下唇がピリッと裂けたのか、血の味が口内に広がる。


 ティイが自分以外の男に笑いかけるのすら苛立つ自分の狭量さに反吐が出る。


 ティイと出会った頃よりも少しだけ身長は伸びたけれど、歳下のヘカワセトはまだ少しだけティイに身長で負けてしまう。


 女装しなければ王宮からティイのいる街へ自由に出ることも出来ない。


 まだ成長途上のヘカワセトではティイに、異性として見てもらうことなどできないのでは無いかと言う不安が付き纏う。

 

「女神(ハトホル)を娶ることが出来るのは、女神の寵愛を受けた太陽神(ホルス)のみ……」


 今すぐにティイの側に駆け寄って、傍らの男から奪い去ってしまいたい。


 あぁ、これほどまでに自分の中でティイに対する執着が……アポピスの影響が大きいとは考えていなかった。


 アポピスに支配された者が、ファラオの位に?


 笑わせる、太陽神ホルスの代理人に相応しいとは到底思えないな……


「クッ、アハハハハっ!」


 頼りない自分の手で額を押さえて自嘲する。


 サラリと目の端に落ちてきた髪の毛と、なんの役にもたたない王子の証である金管の髪飾りが目障りだ。

 

 このまま何もせずに手をこまねいていれば、ティイは身分が釣り合ったヘカワセト以外の男に嫁いでいくのだろう。


 そしてヘカワセト以外の男の子供を産む……そんなの耐えられるわけがない。

 

 ティイを妻にするだけならばそれほど難しくはないだろう。


 王子といえど三男でしかないヘカワセトならば、高貴な太陽神ラーの血脈を薄める愚行だと主張する、頭の硬い高位の神官たちもうるさくは言われないかも知れない。

 

 しかし、その後ヘカワセトに愛するティイを守りきれるのだろうか?


 あの権力に目がくらんだ兄達から……

  

「焦るな……ティイは……ハトホルは俺のものだ」


 再び上げたヘカワセトの瞳にはしっかりした決意の光が揺らめいていた。

  

 太陽神ホルスの加護を受けた先代の王(ファラオ)が亡くなり、アヌビス神の導きで死の神であるオシリス神の住む来世の楽園、イアルの野へと旅立たれたと民に向けて発表がなされた。


 これからファラオの遺体は七十日ほど掛けてミイラに処理され、王家の谷と呼ばれる墓地へと埋葬されることになると王位継承権を有する王子達が集められて、複数の神官立ち会いのもと説明があった。


「ファラオとなるためには、葬儀までに自らの手で、高位神官立ち会いのもとスフィンクスの砂を取り除く必要がございます」


 ホテプ大神官の説明を、兄たち二人は自分がファラオに相応しいと口論しながら聞いていた。


 ホテプ大神官の説明に従って、ヘカワセトは翌日すぐに高位神官を手配し、説明があったスフィンクスのある場所まで赴いた。


 

 ファラオの座を巡り継承争いを繰り広げる兄達の目を盗み、継承に必要なスフィンクスの砂を取り除き、高位神官に確認させる。


 本来ならば砂で埋もれたスフィンクスを掘り出さなければならないのだけど、ヘカワセトが目立って互いに争っている兄達に結託されると厄介事なので、最低限の儀式に留める。


 継承争いが激化する中、ファラオの遺体が無事ミイラとなったため、遺体を埋葬する為の美しく装飾が施された木箱に入れられる。


 王のミイラの前ですら争いを辞めようとしない兄達と、その母親や親族の姿に葬儀の儀式を執り行うホテプ大神官の表情は険しい。


 木箱は数人の従者たちの手でゆっくりと運び出され、ナイル川の河口に面した船着き場に横付けされた巨大な王家の葬儀船へと運び込まれる。


 小さな王家の船が先導するようにして帆を掲げ、漕ぎ手と楽師を乗せてナイル川を進み始める。


 大きな太鼓を鳴らしながら、ナイル川に浮かぶ船という船に退去を促す。


 多くの民達が川べりに集まり、ファラオの最後の旅立ちを見送るのだ。


「民達ですらファラオとの別れを惜しんでいるのにな……」


 船上で睨み合う兄達の醜い姿にホテプ大神官の怒りは深い。


「次期ファラオの器ではないな」


 地を這うようなホテプ大神官の声に、ヘカワセトはホテプ大神官から距離を取ろうとして、ホテプ大神官に捕まった。


「ヘカワセト様……いいえ、アメンヘテプ様がファラオの地位を臨んでおられないのは、このホテプ重々に承知しております、どうしたらファラオに戴冠していただけますかな?」


 ホテプ大神官の目が完全に据わっている。


「あの王子殿下方では早々にエジプトはアポピスに呑まれてしまうでしょう、そうなればアメンヘテプ様の大切な女子も無事にはすみますまい」


 大切な女子とは誰のことを指しているのかなど、聞かなくても分かる。


「俺には兄達を抑えることができるほどの後ろ盾がない」


「神官と官僚は全て秘密裏に掌握済みです、ファラオはあなただ」


「分かった、ただし私の唯一の女神(ハトホル)はティイ一人だけだ。ティイを王の偉大なる妻(ヘメト・ネスウ・ウェレト)として迎えることが出来なければ、私の治世はアポピスに飲み込まれることになると心得よ」


「ふぉふぉふぉ、えぇ、太陽神ホルスに誓いましょう、相応しきファラオを迎えられるならば、それくらいのこといくらでも叶えましょうぞ」


 ファラオの遺体を墓所である王家の谷に、一緒に埋められる副葬品と供物と伴に運び込む。


 ほんの一握りの特権階級の者達と、最も信頼できる労働者達だけで、迷宮化している王墓を目指して墓守たちのあとに続いて進んでいく。


 王墓の中は既に墓守りたちによって相応しく整えられており、墓所の中央には大きな石棺が鎮座していた。


 石棺にファラオの棺が降ろされると、数人がかりで人型に細工されファラオの顔が描かれた蓋が填められる。


 ファラオの正妻、王の偉大なる妻(ヘメト・ネスウ・ウェレト)の手によって美しい花輪が棺の上に供えられる。


 王墓から地上へ戻ると、既に饗宴の準備が完了していた。


「ファラオはアヌビス神の導きで死の神であるオシリス神の住む来世の楽園、イアルの野へと旅立たれた」


 ホテプ大神官の声が、王家の谷に朗々と響き渡る。


「ファラオは亡くなる際に、自分のかわりに代理人となる次期ファラオを太陽神ホルスへとご報告なされました」


 どよめく兄達とは対象的に、ホテプ大神官を始めとする神官たちと、ファラオの意志を受けて実際にこのエジプトを統治する宰相達官僚は落ち着いたものだ。


「ここにアメンヘテプ様を次期ファラオとして認め、一月後に戴冠式を執り行う事を宣言する!」


 兄達の視線がグサグサと突き刺さる。


「ふざけるな! ファラオに相応しいのは兄である私だ!」


 さきに声を上げたのは正妃から産まれた次兄だ。


 怒りに顔を赤くしてホテプ大神官を睨み付ける次兄に、ホテプ大神官は首を横にふる。


「いいえ、ファラオがお亡くなりになってはや三月……王位継承権を保持しておられるのはアメンヘテプ様だけでございます」


 ホテプ大神官の言葉に双方がどよめく。


「ファラオがお亡くなりになって直ぐに、王子様方が御揃いの場で神官一同が介する中、私が説明した内容を覚えていらっしゃいますか?」


 兄たちの顔に動揺が広がる。


 それはそうだろう……行き違いが無いように、神官立ち会いのもと、継承権があるヘカワセトを含めた三人が集められて王の葬儀の説明と一緒に、説明があったのだから。  


「既に定められた選定期間は過ぎました。 スフィンクスの砂を取り除いたのはアメンヘテプ様だけでございます」


「今からすればいいだろう!?」


「残念ながら神々がお認めにならないでしょう」


 エジプトのファラオは神の代理人だ、神を蔑ろにするものに、代理人を任せることは出来ない。


「金管の髪飾りの返還の儀を執り行う!」 


 その日、ファラオ候補はヘカワセト……アメンヘテプ三世のみとなった。


 …………………… 

             

 増水期に出会ったヘセトが顔を出さなくなってしまってから気がつけば、季節は種まき期を過ぎて収穫期になっていた。


「ヘセト、なんで来ないのよー!」


 感情のままにナイル川に向かって声を張り上げれば、驚いたカモが一斉に逃げていく。


 まるでティイを避けて会いに来なくなったヘセトのように。


「ヘセトのバカー!」


「バカは酷いんじゃないかな、ティイ?」


「ヘセト!? なんでぜんぜん会いに来な……!?」 


 名前を呼ばれて、勢いよく振り返れば見知らぬ美青年が居て首を傾げた。


「えっ、誰!?」


 もしかしてヘセトの護衛かと思ってヘセトの姿を探して、目の前の美青年の髪にある見慣れた金管の髪飾りに目が止まる。


「えっ、その髪飾り……まさかヘセト!?」


「ふっ、あぁティイそうだよ」


 わたわたと顔を赤くして混乱するティイの様子に、やっと自分が男だと認識させることに成功したヘカワセトは、ゆっくりとティイとの距離を詰めていく。


 この数ヶ月でヘカワセトはティイの身長を越したようで、見上げていたティイが、今はヘカワセトを見上げてくる。


 自然と上目遣いになるティイが可愛くて、愛おしさに気がつけばその柔らかな唇を塞いでしまっていた。


 ティイから抵抗がないのを良いことに軽い口づけを数度繰り返す。


 気がつけばどうやら夢中になっていたらしい。


「ティイ、愛してる……」


 たった数ヶ月、されど数ヶ月……すっかり女性には見えなくなったヘカワセトから、会えなかったぶんを補充する勢いでの告白と口付け。


 前世と今世合せて男性に免疫のないティイに取って、ヘカワセトの熱烈なアプローチは荷が重すぎた。


「ティイ……ティイ」


 気がつけば深くなっていた口付けに酸欠を起こした上、ヘセトが男性になって戻ってきたことでティイの脳みそは考えることを諦めたらしい。


「もっ、む……り……」


「ティイ? ティイ!?」


 すっかりと逞しくなったヘカワセトが意識を失ってしまったことティイを抱き支えた。


 ティイが目を覚ますと、使い慣れた自分の寝台に横になっていた。


「みっ、水……」

 

 寝ぼけた頭で身体を起こし、喉が渇いていたので寝台脇に置いてあるはずの水挿しに手を伸ばす。


「はいティイ飲んで?」

 

「あっ、ありがと……う!?」


 差し出されたコップを煽り、少しもが覚めた事で飲みかけの水をむせこんだ。


「だめだよティイ、慌てて飲んじゃ、まだあるからゆっくり飲まないと」


 心配そうにティイを見つめる美青年にされた口付けを思い出した。


「へ、ヘセトなのよね?」


「そうだよ、改めましてヘカワセト……本当の名前はアメンヘテプだよ」


「アメンヘテプ?」


 先日王宮から発表された新しいファラオの名前と同じなのはティイの気のせいだろうか……


「あらっ、ティイ起きたの?」 


「おっ、お母さん! ヘセトが、へセトが男の人になって戻ってきた!」

  

 必死に訴えるものの、部屋に入ってきた母のチュウヤと父のイウヤは、さして驚いた様子もなく寝台のかたわらに座るヘセト……アメンヘテプに飲み物が入ったら器を渡している。  


「あら、あなた本当に気が付いていなかったの?」


「王子のみが着けることが許されている金管の髪飾りを見れば、すぐにわかるだろう……」


「そうよね……初めてティイがヘカワセト殿下を友人だと連れてきた時には驚いたけれど、殿下は何もおっしゃらないから殿下が問題ないならと話さないようにしてきたけれど」           

  

 右側の金管の髪飾りは王子である事の印!?


「え〜!?」

 

「なんだ? もしかして本当に知らなかったのか?」


 知るわけないじゃないそんな常識!


「チュウヤ、もしかして教育足りなかったか?」


「私もまさかティイが本当に気が付いてなかったと分かってびっくりよ」


 まって父様と母様! そんな残念な子を見るような目で見られても心がバリバリ削られるから!


「ふふふっ、イウヤ、チュウヤ。ティイは私が必ず幸せにしてみせるから安心して任せてほしい」


 ヘセト、もとい新たな太陽神ホルスの代理人であるファラオとなったアメンへテプ三世が父様と母様の前に頭を下げた。


「ファラオ、平民でしかない我々に頭を下げてはなりません」


「そなたらの愛娘は私にとって唯一の女神(ハトホル)だ、私はティイを王の偉大なる妻(ヘメト・ネスウ・ウェレト)として貰えなければ私の治世はアポピスに飲み込まれてしまうだろう」


 ハトホルは太陽神ホルスの妻であり母である女神だ。


 牛の角を持つ女神で王(ファラオ)を守り育てる愛と幸福の女神であると同時に、天空の女神ともされる偉大な女神だ。


 そんな素晴らしい女神だと言われて舞い上がらない女性はいないのではなかろうか。


 ちなみにアポピスは邪悪と混沌の化身と呼ばれる巨大な蛇だ。


「私にはティイが必要だ。 私のハトホルよ……共にこのエジプトを治めてほしい」


「はい……私でよろしければ私のファラオ」


 同年、アメンヘテプ三世の公式な戴冠式が活気づいた王宮で執り行われた。


 複雑な儀式……ティイから見たらこんな儀式いるか?と言いたくなるような儀式がてんこ盛りだ。


 新たな太陽神ホルスの代理人の戴冠に忙しい中でも、準備をする官吏や様々な神の代理人となる神官たちの表情は明るい。


 上エジプトを象徴する白い冠と、下エジプトを象徴する赤い冠の両方を重ねて、アメンヘテプ三世の頭に恭しく載せられる。


 兜の形をした青い冠は、エジプトを守る軍の指揮官として、上エジプトの守護神である女神ネクベトを象徴するハゲワシと、下エジプトの守護女神ウアジェトを表す聖蛇コブラの装飾品を額に着けた。


 本来ならばまだ髭など生えるはずがない年齢だけど、まだ線の細いあごに付鬚 (つけひげ) をつけているのが、ミスマッチすぎて笑える。


 必死に吹き出すのを堪えていたのに、恨めしそうにアメンヘテプ三世がこちらに据わった目を向ける。

 

「むぅ……ティイ! 笑うなら笑えば良いだろう!」


「ぶっ、わはははは!」


「本当に笑うことないじゃないか!」


 プリプリ怒っているけれど、チラチラとこちらの様子を伺う姿を見れば本気で起こっていないのがわかる。


 まぁ、ただのポーズなんだけど、ファラオの怒りに周りは凍りついている。


 女官の一人から幅広の襟飾りを受け取り、アメンヘテプ三世の首に掛けて身支度を手伝う。


 少しだけ着崩れた腰布と、獣尾を直した。


「さぁこれで大丈夫よ」


「ティイ」


 名前を呼ばれて振り返るなり、唇を奪われあまりの衝撃に固まった。


 みっ、皆の前でなんてことを!?


 羞恥心に熱を持った顔を咄嗟に隠す。


 「よし!私のハトホルからの祝福も賜ったからもう大丈夫だ!」


 ニヤリと笑って、戴冠式へと望もうと前を向く頃にはもう、この国を背負うファラオの顔になっていた。


 翌年、平民出身で本来ならファラオの正妃になんて決してなれないはずのティイは、アメンへテプ3世の正妃として王の偉大なる妻(ヘメト・ネスウ・ウェレト)となり、彼との間に二人の息子と八人の娘を授かった。

 

 古代エジプトの歴史の中で最も愛妻家であったアメンヘテプ三世を、ティイは亡くなるまで王の側で伴侶として支え続けた。


 アヌビス神の導きで死の神であるオシリス神の住む来世の楽園、イアルの野へと旅立つその時まで……



 完結

 

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ナイル溺愛物語〜金管の王子とじゃじゃ馬寵姫〜 紅葉ももな @kurehamomona

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