第22話 衝突Ⅶ 仲直り①

今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でアリエル視点→ミレーヌ視点に切り替わります。

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「ごめんね、街の様子を見てたら色々呼び止められて話し込んじゃって……って、どうしたのそんな顔して。それに、ソラはどこ行っちゃったの? 」


 ソラ先輩を見送った後。路地裏でそのまま俯いていたぼくのことをお嬢様が見つけてくれたのは1時間後のことだった。


 ぼくがソラ先輩が襲われていたことを話すと。


「そっか、ソラには悪いことしちゃったな。最近は【呪詛】が明らかに発現することはなかったから油断してた……なんて言い訳にならないわよね。帰ったら謝って、なんか埋め合わせしないと。あ、でもアリエルのせいなんかじゃないから気にしないで。寧ろ、アリエルにも怖い思いさせちゃってごめんなさいね」


 そう頭を下げてくるお嬢様。でも、今のぼくが欲しかった言葉は謝罪じゃないから、心の中に硝子の破片が刺さったような感覚は残ったままだった。


 そうぼくが煮え切らないままでいるのがお嬢様にも伝わったのかな。お嬢様が注意深くぼくの顔を覗き込んでくる。


「……アリエル、もしかしてソラに対して謝りたいと思ってる? 」


 自分でもはっきりとは自覚できていなかった感情をお嬢様はズバッと指摘してくれて、そこでぼくは今の自分の感じている息苦しさの原因をようやく理解する。


「はい。ソラ先輩は先輩として、似た者同士として、ぼくに寄り添ってくれた。だからぼくだってソラ先輩の抱えている悩みに寄り添って、力になりたいはずなのに、ぼくが弱いせいで、あろうことかソラ先輩のことを怖いと思っちゃった。ソラ先輩のことを避けちゃった。そしてソラ先輩を孤独ひとりにさせちゃった。そんな自分が許せなくって、そのことをちゃんとソラ先輩に謝りたいんです。でも、ソラ先輩が女の子として怖いと感じちゃった気持ちはまだ尾を引いていて、ソラ先輩に会うことを怖がってる自分がまだいるんです……」


 自分の面倒くささに自分で自分が嫌になる。と、その時。


 お嬢様が情けない自分に対する怒りで小刻みに震えたぼくの手に、きめ細やかな自分の手をそっと重ねてくる。その温もりを感じた瞬間、自分に対する苛立ちが微炭酸のようにしゅわっと消える。


「やってしまったことを後悔するよりも、アリエルにはしたいこと・しなくちゃいけないことがあるんじゃない? ソラにちゃんと謝りたいんでしょ。なら、いつまでも俯いてないで、どう謝るかを考えなくちゃ」


 確かにお嬢様の言う通りだ。


「帰ったらもう流石にソラのことを怖いとは感じなさそう? 」


「それは……」


 断言できないでいるぼく。でもお嬢様は、そんなぼくに失望したり呆れたりすることはなかった。


「じゃ、アリエル自身が謝れるようにもう一工夫が必要か――そうだ、アリエルがあたしとまともに話せるようになった時みたいに、ソラに対して仲直りの料理を振る舞うのはどうかな? 」


「仲直りの手料理……? 」


「そうそう! アリエルって料理が上手だし、料理を間に挟むと話しやすいこともあるし、面と向かってよりもアリエルが女性恐怖症を意識しないでできるかな、と思って」


 料理、か。確かに手持ち無沙汰でソラ先輩と向き合うよりもいいかも。まあ物に頼っている引け目は若干あるけど、背に腹は変えられない。どんな手段を使ったとしても、ソラ先輩とずっとこのままはイヤだから。



◇◇◇◇◇◇◇



 その日の夜。お嬢様の食事が終わって厨房が開いた頃合いを見計らって、ぼくは厨房に立ってソラ先輩との仲直りのための料理をいろいろ思案していた。


「アリエル君は考えすぎなんだよ。アリエル君ほどの料理の腕前だったらどんなものを振る舞っても誰だって笑顔にできると思うけど。なんだったら今すぐ執事をやめて厨房専属で働いてほしいくらいの才能があるんだから」


 そう言って料理長がぼくの試作品を口に運ぼうとした瞬間。料理長が握っていたスプーンが誰かに取られる。


「アリエルはあ・た・し・の! 専属執事兼公務補佐の家族なんだから、ずっと厨房に貸してあげないんだから」


 悪戯っぽく笑う彼女に、ぼくと料理長は


「「お嬢様! 」


とついハモっちゃう。


「ど、どうしてお嬢様がここに……? 」


「いや、やっぱりあたしがソラをアリエルの先輩にした以上、2人がどうなるのかはやっぱり気になるじゃん? それに、アリエルがあたし以外のために料理してるなんて少し妬いちゃうし……だから試食の一番乗りくらいはさせてもらおうと思って」


 言ってから恥ずかしくなったのか、少し顔を赤らめて言うお嬢様。そんなお嬢様を見て、ぼくの胸は期待で高鳴る。そ、その反応は変化球だけどぼくへの告白……?


「あ、言っておくけど、これはアリエルに対する告白なんかじゃないからね。主人であるあたしを差し置いてアリエルの絶品料理を食べられる人が羨ましいだけで。ただ、こんなことを言いと食いしん坊みたいに聞こえるかなと思うと、恥ずかしくなっちゃっただけで」


 お嬢様の言葉にぼくはガックリと肩を落とす。でも。


 お嬢様の話につい吹き出してしまうぼくがいる。そのおかげでネガティブになりかけていたぼくの心は随分軽くなっていた。


「結局、ミートボールの林檎ジャム添えにしたんだね」


 値踏みするかのようにミートボールを凝視するお嬢様にぼくは頷く。


「ミートボールってこの地方で定番の家庭料理なんですよね。特に森林に近い地区では林檎ジャムが添えられることが多いとか。ソラ先輩は【呪詛】のせいで両親のどちらからも愛されなかったって聞いてます。そんなソラ先輩に食べてほしい料理と言ったら、やっぱソラ先輩のお腹いっぱい食べることが許されなかった『家庭料理』なのかな、と思って。


 ぼくがご両親の代わりになる、なんてことはとてもじゃないけど言えない。でもいつまでも怖がってないでぼくはソラ先輩と『家族』みたいな関係になって、もっともっと仲良くなりたい。そう言う気持ちを込めて作りました」


 お嬢様は「そっか」と呟いた後。一口自分の口元まで運び、顔を綻ばせる。


「おいしいよ、ものすごく。だから、アリエルならきっと大丈夫」



◇◆◇◆◇◆◇


 アリエルが改めて料理を盛り付けてソラの所まで出かけていったのを見送ると。厨房は料理長とあたしの2人きりになる。2人きりになった瞬間。


「やっちゃった……」


 恥ずかしさであたしは顔を両手で覆っちゃう。自分からソラとの仲直りのためにお料理をすることを提案しておきながら、アリエルがあたしのため以外にお料理をするということを考えるとなんか悔しくって、ついあんなはしたないことをしちゃった。


 今のアリエルはあたしが好きになったアリエル様とは違う。そうわかろうとしてるつもりなのに、アリエル様の『一番』は常にあたしでいたい。その思いを捨てきらない自分にイライラするし、そんなあたしのやらかしを思い出すと死にたくなる。


 そんな風に頭の中では羞恥のせいで七転八倒しているあたしを、料理長は意味ありげに微笑みながら見つめてくる。


「ミレーヌお嬢様って、アリエル君が来てから変わりましたよね」


 しみじみとした調子で言ってくる料理長。そんな料理長にあたしは首を傾げる。


「変わった? どこら辺が? 」


「魔法騎士としてのアリエルさんに憧れた時以来、ミレーヌお嬢様は天真爛漫に振舞うようになっていってました。でも、そんなお嬢様はずっとどこか無理をしてるように見えた。でも、アリエル君がすぐ近くにいるようになってからのお嬢様は素で明るくなったような気がするんですよね。それが、お嬢様が幼い頃から仕えている者としてなんか嬉しくって」


 意識したことがなかったけれど、確かに初恋相手がすぐ傍に居るようになって、あたしは我を失っちゃうことがこれまでに比べてちょいちょい出てきた気がする。それはきっと、もう存在しない『アリエル様』に対して本能的に突っ走っちゃうだけで、それが報われることもなければ正しくもない感情なんだろうけど。


 そんなあたしの複雑な思いを見透かしたかのように料理長は


「よくわからないですけど、自分は今はそのままでいいと思いますよ」


と屈託のない笑みを浮かべてくる。


「今のアリエル君がお嬢様の初恋相手じゃないからって、無理に距離をとりすぎることもなければ、アリエル君に対する気持ちに蓋をしすぎることもないと思うんです。お互いがお互いに抱くその全ての気持ちが本物で、それをさらけ出し合って、お互いに納得のいく落としどころを探していければ、それが互いにとって一番幸せなんじゃないですか? 」


 料理長はそう言ってくれるけれど、あたしは首肯することができなかった。


 だってあたしの本能的な欲望が暴走したら……今のアリエルを否定しちゃうことになっちゃいそうな恐怖があったから。

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