第12話 遭遇Ⅰ 残された仲間

今回、全編チェリー視点(勇者の1人の視点)です。

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「アリエルちゃんが一人で逃げ出すわけがない! っていうか、あの怪我で1人で動けるわけないでしょ! プロムの話を鵜呑みにするベリーもどうかしてるよ! 」


 殆ど絶叫に近い声で叫びながらあたしはプロムとベリーのことを睨みつけるとプロムとベリーは気まずそうにうなずく。


 漆黒七雲客の一人との交戦があった翌日。プロムからアリエルちゃんが失踪したことを聞いたあたしは朝から怒り狂っていた。


「プロム、あなたがアリエルちゃんに何かしたんじゃないでしょうね? 」


 プロムの胸ぐらを乱暴につかむけれどプロムは視線を落としたまま何も言わない。そんなあたしを、ベリーは制止しようとしてくる。


「チェリー、さすがにそれはやりすぎだよ。十分な根拠もなく仲間を疑うのは良くない」


「じゃあベリーはアリエルちゃんがどこかで野垂れ死んじゃってもそれでいいっていうの? 平気な顔をしてられるの? 」


 あたしの問いにベリーは口を噤んだまま答えない。


「あたしは、そんなことできない。アリエルちゃんはあたしに『人に恋をすること』を教えてくれた大切な人なの。恋愛感情なんて勇者に要らないって諦めていたあたしが、はじめて好きになった人なの。あたしはその感情を偽ったり隠したりなんて、もうしない。もし勇者パーティーここにアリエルちゃんがいないなら――あたしも勇者パーティーを抜ける」


 それだけ言って踵を返すあたしに、プロムとベリーは慌てだす。


「チェリー、私達勇者が天命を放棄するなんて許されるとでも思ってるのかい? 」


「そ、そうですよ。チェリー様、もう少し考え直しましょ、ね? 」


 必死にあたしのことを引き留めようとする二人。でもあたしが凄むと二人は静かになった。


「……天命だとか世界だとか、もうどうでもいいよ。アリエルちゃんがいない世界なんて守る価値なんてないし、アリエルちゃんがいなくなったのにそんなに冷静でいられるような冷たい人とは、もう一緒にいたくない」


 その日。あたしは勇者パーティーを自らの意思で抜け出した。




 それから三日三晩、あたしはアリエルちゃんと別れた国境付近の森やその周辺の集落をくまなく探した。でも、アリエルちゃんの行方に関する情報は全く上がってこなかった。


「……アリエルちゃん、本当にどこか見つからない場所に逃げちゃったのかな」


 そんな弱気な考えが頭を過って、あたしは慌ててその考えを追い出す。最近、こんなことばっかりだな。アリエルちゃんのことを信じたいのに、信じてあげられるのはあたしだけなはずなのに、つい弱気になっちゃう。


「はぁっ、やっぱあたしって弱いままだな。ねぇベリー、あたし、どうしたらもっと強くなれるかな」


 そう隣を振り向いて、そこに誰もいないことでまたはっとする。アリエルちゃんに出会う前から、あたしの隣にはいつもベリーがいた。そんな相棒も今はいないんだな。ここまで気づくのが最近のお馴染みの流れ。これは自分で決めたことなんだから早くなれなくちゃ、そう思ってはいるけれど、まだまだ慣れる予兆がない。


 そんな自分にため息を吐いた時だった。



「これはこれは、この国の勇者様ではありませんか」


 聞き覚えのある纏わりつくような猫なで声。振り向くとそこにいたのは真っ黒なタキシードに黒のシルクハットをかぶった20代後半くらいの紳士。彼を見た瞬間、あたしはつい目を見開いちゃう。


「あなたは、漆黒七雲客……」


 忘れもしない。この男こそ、数日前にあたし達4人が束になってかかっても撤退させるのがせいぜいで、アリエルちゃんに瀕死の重傷を負わせた漆黒七雲客の一人。


 彼の顔を見ると同時に、アリエルちゃんが傷の痛みで顔を顰めている姿をつい思い出しちゃって、あたしの中に目の前にいるこの男を殺したい衝動が芽生える。でもあたしはそれを必死に抑える。あたし1人で考えなしに突っ込んで勝てる相手じゃないことは分かりきってるから。


 そんな人の気も知らずに。


「漆黒七雲客、ですか。間違いではないですが、あなたみたいな見目麗しい女性には名前で呼んでもらいたいものですね。ぼくの名前はライチ。以後お見知りおきを」


 芝居がかった調子でお辞儀してくるライチ。


「ところで、あなたの相方や一緒にいたあの厄介な女騎士はどうしたんですか? 」


「……どうでもいいでしょ」


 あたしが視線を逸らして言ったことでライチは今あたしが一人きりであることに気付いたんだろう。意味ありげな含み笑いをする。


「そうですか。それは好都合」


「好都合って、何が? 」


 それに対する返答はなかった。次の瞬間。


術式二重略式発動オミットデュアラクト_身体強化エンパワーメント/閃光の速さで貫く魔剣ライトニングセイバー


 これまで隠してたであろう膨大な魔力をあたしに見せつけるかのように全身に纏ったライチは右手に光で生成した剣を携えてあたしめがけて突っ込んでくるのを、あたしは無詠唱魔法で無理矢理自分の身体を吹き飛ばして間一髪のところで躱す。


「なにって、一つしかないでしょう? 勇者であるあなたを蹂躙するのに好都合、ってことですよ。――私、自分のことを強いと思っている女の子を蹂躙して、自分の非力さに絶望しながら息絶えるのを見るのが趣味なんです」


 恍惚とした表情でとんでもないことを言い出すライチ。そんなライチをあたしは険しい表情で睨みつける。


 ――魔王軍最強の1人だからある意味当たり前っちゃ当たり前だけど……アリエルちゃんのためにこいつを生かしておいちゃいけないよ。今は一人でできるかどうかなんて、言ってられる時じゃない!


 危機感に駆られたあたしはもう迷わなかった。急いで詠唱を開始する。


術式二重定立デュアライズ_高重力場グラヴィテーション/雷撃ライトニング_対象選択ロックオン_DKB_再現開始リスターツ


「喰らいなさい! 」


 ライチの周囲に発生させた重力場が彼の自由を奪い、脳天から強烈な雷撃を落とす。ベリーみたいな前衛と一緒に戦っている時は仲間を巻き込んじゃうかもしれないからどちらも放てなかったけれど、あたし単体で出せるとっておきの1つだったりする。これで倒れてくれるといいんだけど……。


概念構築アライズ_【強化】エンパワーメント_対象選択ロックオン_"重力"・"雷"_再定義開始リスターツ


「……うん、わかってた 」


 雷の爆風がようやく収まった中から出てきたのはタキシードはボロボロになりながらもその身体には一切の傷を負っていないライチだった。


「君は前の戦いでぼくのなにを見てたんですか? ぼくが司る概念は相対概念である【強化】。つまり対象さえ認識して対策する時間さえあれば、相手の攻撃を上回るように自分の体を【強化】してしまえば、いかなる攻撃もぼくには意味をなさない」


「こ、この化け物! 」


 そう叫んでから次の一手の詠唱をしようと息を吸い込んだその時。


「ぐふっ」


 血飛沫が上がったかと思うと、あたしはその場に倒れ込んじゃう。激痛の走るお腹の方を見ると、あたしの体に無数の光の矢が突き刺さっていた。一部は内臓まで貫通してる。


「そして、相対概念【強化】を持っているぼくに対して光を内包する雷撃魔法は悪手でしたね。他の比較対象を定義し直すことなく「光より速い速度」で動けるように自分の身体能力を定義し直せてしまったのですから。今のぼくの目をかいくぐってあなたが詠唱することはもうできないでしょう」


 ぞっとするような冷たい視線で、地面に這いつくばったあたしのことを見下ろしてくるライチ。


「呆気ないですね。まあ、自分の固有魔法を自覚すらしていないあなたの実力なんて、所詮はこんなものですよね」


 そう言ってライチはゆっくりとあたしに近づいてくる。


 ――あー、あたしってやっぱ一人じゃなんにもできないんだ。アリエルちゃんを探し出すとかアリエルちゃんの仇を打つとか威勢よく息巻いておきながら、結局こんなところで死んじゃうんだ。


 そう覚悟した時。


術式略式発動オミットアクト_異次元アナザーディメンション


 突如空間が切り裂かれて異次元のようなものが顔を覗かせたかと思うと、そこからの突風でライチの体が吹き飛ばされる。


「な……!?」


 ライチは何か言いかけたけれど、最後まで言わせてもらえない。


概念構築アライズ_【次元】ディメンション_段階選択レベル_2ツー_再定義開始リスターツ


 再び詠唱らしきものが聞こえたかと思うと、今度はライチが吹き飛ばされた側の空間が裂け、空間の裂け目の中に彼の体は吸い込まれていく。


 ――な、何が起こったの?


 そう思って何とかあたしの傍にやってきた人を見上げようとしたけど、思ったよりライチから受けたダメージが大きかったみたい。"その人"を確認することは叶わずに、あたしの意識はそこで途切れた。

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