第8話 邂逅Ⅴ お嬢様の真実
昨日ぼけてて8話として7話と同じ内容を掲載しておりました。申し訳ございません。
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始業前。鏡を見るといつものように燕尾服に身を包んだ、緑色のショートカットが目立つ男の子っぽい女の子が少し自信無さげに檸檬色の瞳を揺らしている。そんな今のぼくを見ると、やっぱり頬が緩んじゃう。ナルシストみたいでちょっと恥ずかしいけれど、でもお嬢様がくれた今のぼくのことを自分で気に入っているというのは疑いようのない事実。
あの夜、お嬢様に髪を切ってもらってからもう1ヶ月近くたつけれど、毎朝鏡を見ることが楽しみなのは当分抜ける様子がない。
お嬢様に髪を切ってもらった日以来。自分の容姿に対するコンプレックスが殆ど解消されたぼくは、少しずつお嬢様の身の回りのお世話をする機会が増えていった。これも、自分の次は今度は他人である女性のお嬢様になれていくというぼくが女性恐怖症を克服するワンステップだって言うことは明らかだった。
ソラ先輩と3人ならともかく、最初の頃はやっぱりお嬢様と2人きりになるのはちょっとだけ怖かった。お嬢様がプロムのようにいきなりぼくに痛いことをしてくるんじゃないか、苦しいことそして来るんじゃないかって言う不安はなかなか消えなかった。
でも、お嬢様はそんなことなんて全くしてくる素振りがなかった。ちょっと肌が触れそうになっただけですぐぼくの女性恐怖症を心配してくれる。それに対する気持ちが安堵感から少し物足りなさへと変化したのはいつぐらいかな。
――むしろお嬢様の肌に触れたい。もっとお嬢様の温もりを感じられたらな。
そう思ってはっとする。いつの間にかぼくは、お嬢様に対する恐怖症を克服していた。うんうん、それ以上に進みすぎちゃった。今のぼくがお嬢様に抱いているこの気持ちは……きっと恋。
そう自覚すると、ぼくの胸の中ですとんと腑に落ちたように感じた。お嬢様は全てを失った『わたし』に、今の大好きな『ぼく』をくれた恩人。そんな相手のことを好きになるな、っていう方が無理がある。お嬢様に褒められたい、お嬢様の近くにもっといたい。その気持ちは、日に日に大きくなっていくばかり。でも。
その気持ちを自覚しつつも、ぼくはお嬢様にその気持ちを告げられなかった。だって今のぼくはお嬢様の使用人。使用人と貴族の恋なんて身分違いもいい所で、叶うはずもない恋。そんなことは最初から分かりきっていた。そして、勇者パーティーを追い出される前のポジティブすぎる「わたし」ならともかく、臆病な今の「ぼく」にはそんな大それたことを現実にする勇気なんて到底湧いてこなかった。
だから、ぼくはその気持ちを必死に抑え込もうとした。日中、お嬢様のすぐ傍でお嬢様のお世話をしていると、これまでとは違った意味で胸が苦しくなる。お嬢様にこの思いを伝えたくてうずうずする。そんな気持ちを、ぼくは必死で抑え込んだ。思いを告げて、今の関係が崩れる方が怖かったから。
だけど、そんな無理はいつまでも続くものじゃない。ある時。
「……お嬢様ってどんな人がタイプなんでしょうね」
ソラ先輩と2人きりでお掃除している最中、ぼくはぽろっとこんな疑問を口にしちゃった。
ぼくの発言に唖然とするソラ先輩の表情に気付き、ぼくは慌てて誤魔化し笑いを浮かべる。
「……って、何言ってるんでしょうね、ぼく。ぼくはあくまでお嬢様の使用人。使用人が辺境伯であるお嬢様の恋人になれる訳なんてないのに」
そう自虐して、その話を終わらせようとした時だった。
「……アリエル、それ本気で言ってる? 」
いつになく冷たい口調で言うソラ先輩。
――使用人がお嬢様に恋愛感情を抱くことって、口にすることさえ許されないようなことだったのかな。
そんな不安が頭をよぎる。でも、ソラ先輩が怒っていた理由は少しだけ違った。
「あなただけは、今のあなただけはお嬢様のことを好きになっていいわけないよ。だって……お嬢様の初恋相手は勇者パーティーの一員だった頃のあなたなんだよ? 」
先輩の思いもよらない言葉にぼくは絶句しちゃう。気づくと先輩の頬には一筋の涙が光を反射して煌めいていた。
「お嬢様は魔法の実力が重視されるこの世界で辺境伯を継ぐには生まれながらにして魔力適正も魔力量も低かった。周囲の貴族や領民から幼い頃から『ミレーヌ様が領主を継いだらランベルドルト辺境伯領は終わりだな』って陰口を何度も叩かれて幾度となく心が折れそうになっていた。そんなお嬢様の希望となったのが、庶民から勇者パーティーの一員へと上り詰めた、女魔法騎士だった頃のあなたなのよ? いつも明るくて、バカみたいに前しか見てなくて、みんなに元気をくれる、笑顔が眩しい可愛い女の子。そんなあなたの活躍にお嬢様は何度も救われ、辺境伯を継げるくらいまでに魔法の実力を伸ばしていったのよ。それに比べて、今のあなたはどう? 」
先輩の言うように、勇者パーティーのいた頃までのぼくは今とは180度違う。強さと共に可憐さも持ち合わせる、誰にでも好かれるような女の子だった。そんな過去の自分のことが今のぼくは大嫌いだ。八方美人で誰にでも媚びているように思えて虫唾が走る。そんなことまで計算づくで振舞うほど前のぼくは賢くなかったことは他ならないぼく自身がよくわかっているけど。
勇者パーティーを追い出されてから。明るかったぼくはいつもふさぎ込むようになった。誰にでも自分から話しかけに行っていた陽気な『わたし』は鳴りを潜め、人見知りするようになった。怖いもの知らずでどんどん進んでいっていた女魔法騎士だった時のぼくなんていなかったかのように、よく先輩やお嬢様の陰に隠れちゃう。でも、そんな今の自分のことがぼくはそれなりに好きだった。こんな今のぼくのことをお嬢様は受け入れてくれたのだと思っていたから。だけど、現実が違った。
「あなたを助けたのだって、最初はあなたがお嬢様にとっての憧れの人で、お嬢様の初恋相手だったからなのよ。でも、勇者パーティーを追放されたあなたは心身ともに衰弱しきっていて、その時は既にお嬢様が愛したあなたはいなかった! なのに、お嬢様はあなたのことを見捨てたりせずに、あなたが自分の好きだった『女魔法騎士アリエル』からどんどん遠ざかっていくのをむしろ応援した。それが、今のあなたにとっての幸せだと思ったから。初恋が儚く終わったお嬢様がこの一か月間、どんな思いであなたのことを見ていたかわかる?」
先輩は肩を震わせて泣いていた。物心ついた時からお嬢様に使えてきたお嬢様の側近中の側近である先輩だからこそ、お嬢様のために本気で泣いて、ぼくに対して怒ってるんだろう。
それに対してぼくはなんの言葉も返せなかった。だって今の話はお嬢様の初恋が儚く終わったのと同時に、ぼくの淡い初恋が永遠に叶うことがないことも示していたから。
ぼくの初恋相手が好きなのはぼくが嫌いになってしまった過去のぼく。そんなの、流石にむごすぎるよ……。
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