クマ

eggy

 

耀子ようこちゃん、これお土産」

 外回りから帰ったらしい剛田ごうだが、給湯室の戸口から白い箱を差し出してきた。上に貼られた写真は、市内の有名スイーツ店のシュークリームだ。

「わあ、ありがとう。一度食べたいと思っていたの」

「一人分しかないから、他の人に気づかれないように持ち帰って」

 笑って、若い男は事務室に戻っていく。

 従業員十名の小さな会社だ。

 最年少の耀子にとって剛田は最も年が近いとはいうものの、特別付き合いをしているわけではない。

 それでもときどきこうして何かにつけ贈り物などを持ってくるあちらは、おそらく少なからずその気があるのだろう。

 あまり抜きん出た魅力を覚えることもない、風采の上がらない男だ。

 しかし。数日前、家でタウンペーパーを見ていて、このスイーツの写真に目が惹きつけられた。それを特に話したわけでもないのに、こうして買ってきてくれる。もしかすると、何処か通じるものがあるのではないかと思ってしまう。

 ひと月ほど前に贈られた小ぶりの熊のぬいぐるみも、気に入って部屋の棚に飾っている。


「ただいま」

 機嫌よく帰宅して、

「今日も疲れたよお、チッチ」

 出迎えてくれた小さな愛猫へ独り暮らしで習慣になった話しかけを続けながら、狭いリビングへ。

 持ち帰ったシュークリームは、やはり期待通りの美味しさだった。

「これは当たりだよ。剛田さんに感謝、だね」

 何かお返しをしなければ。あのぬいぐるみのときは、何をしたんだっけ。

 思い、窓際の三角コーナーに目を向ける。

 あれ?

 そこに、あるはずの茶色い姿がなかった。

 中腰で覗くと。あった。

 脇のカーテンの陰に。

 見ると、つぶらな片目が糸を引いて垂れ落ちかけている。

「チッチ、あんたの悪戯だね」

 メッ、と叱りつけて。茶色いもふもふを抱え上げた。

 え?

 瞬間、背筋に冷たいものが走っていた。

 落ちかけたプラスチックの目の奥。小さい、明らかな電子機器が覗き出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クマ eggy @shkei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ