エルフ発電

ワッショイよしだ

第一章 春

第1話 集落の消失

 エルフのシュルツは、右手に杖を、そして左手には一冊の本を抱え、深い森の獣道を進んでいた。


 慣れ親しんだ道だが、しかしその心にはざわざわと不安が渦巻いている。


 複雑に入り組んだ道を進んでいくと、突然、異様な巨大なクレーターが現れる。


 そこは、10日前までシュルツたちのいたエルフの集落があった場所だ。


 その時たまたま狩りへ出ていたシュルツだけがその消失を逃れ、つまりは一人だけが生き残り、この世界に取り残されたのである。


 その絶望たるや筆舌に尽くしがたく、当初は怒りも悲しみも湧き起らなかったのだが、日が経つにつれその寂しさは増していき、同時にこの状況をなんとか打破しようと頭を巡らせ、足を動かし始めたのである。


 彼女はその生半可なエルフではなかった。


 彼女は小さな頃より、逆境に対する根性だけは集落の誰にも負けなかった。それは自他ともに認めるところである。


 飢餓が近づけば誰よりも多く危険な狩りをし、


 伝承魔法の担い手不足に際しては誰よりも多く魔法の研鑽を積み、


 そして同族間の諍いが起これば誰よりも優しくエルフたちのサンドバッグになりその場を収めた。


 そんな彼女が今立ち向かう最大難度の逆境「自分以外全員消滅」――


 その光景を初めて目にした夜、シュルツは考えた。


 まさか、人間たちが襲ったのか……


 まずはそう思ったのだが、ちょっと待て。

 

 あの愚かで汚くてかわいいところが多少あるかと思いきややっぱり汚い人間たちに、こんな器用なマネができるはずがない。


 では巨大なモンスターに根こそぎやられたか……


 それもあり得ないだろう。

 

 陸上モンスターには足跡が消すことができず、巨大なドラゴンであってもその爪痕やブレスの焼け跡を一切残さずに立ち去ることなどできはしない。


 この綺麗なクレーター痕は、やはり高度に制御された魔法であるセンが濃厚である。


 そう思ってクレーターを仔細に調べていると、おそらくこの魔法に使われたであろう魔力の網の一部が残っているのを見つけた。


 禁忌とされる、転送魔術の構成の一部を。


「やっぱり集落ごと転移したんだ。でも、誰が、どうやって……この本も持ち出された形跡はなかったしな……」


 そうして今、彼女が手にしているのが禁忌魔術書である。


 その中には魔力を用いた物質転送の手法が記されている。


 不完全な転送が数々の色々と言葉にしにくい悲劇を生みだした背景もあり、その一切の手筈を封印すべく、この本のなかに閉じ込められたのであった。


 三日ほど前、彼女は誰よりも修練を重ねた魔法力で、この本を王国首都城内の禁書図書館より強奪した。


「これはエルフにとっても重大な違反行為……たとえ素直に本を返したところで、私は王都への出入りは二度とできなくなる……でも、それでも、私はみんなを追いかけなきゃ……!」


 クレーターに残る魔力の残滓は日に日に薄くなっていく。


 これが完全に消えると、消えた集落やエルフたちを探すことはできなってしまう。犬が匂いを頼りに人を探すのと同じだ。


「待ってて、みんな! かならず私が助け出してみせるっ!!!」


 若きエルフのシュルツは本の封印シールを解き放ち、地面に杖を突きたてた。


 たしかに私の魔法は未熟だった。魔力量は人並み異常なくせに、全部の属性の基礎的な魔法だってままならない。


 でも、この禁書があれば、


 みんなの無事を祈る気持ちが、みんなを助けたい気持があれば、


 禁術魔法くらい、うまく発動させてみせる!


 すう、と息を吐き、小さくカウントダウンをする。


 5、4、3、2、1――起動。


 その瞬間、魔法本から黒い霧が湧き出でてシュルツにまとわりつき……


 その場には一人分のクレーターだけが残されていた。


(つづく)

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