さんにんかくれんぼ

ポテトギア

さんにんかくれんぼ

「ひとりかくれんぼがしたい!」


 ソファーに寝転がってぼーっとテレビを眺めていた呼詠こよみ人美ひとみは、たった今見ていた心霊番組に感化され、衝動的にひとりかくれんぼがやりたくなった。


 ひとりかくれんぼとは、とても有名な降霊術の一種だ。その不気味な実態に反して、比較的お手軽に行える心霊儀式として、巷では密かに人気を博している。

 動画配信サイトなどでは度々ネタにされ、実際に霊障が起きたと主張する者もいるとかいないとか。


 何かと影響されやすい年頃の女子高生がそういう番組や動画を見てしまえば、すぐにやりたくなるのも不思議ではない。彼女がやりたい事をすぐにやる行動力の持ち主である事も手伝い、動き出すのに時間はかからなかった。


 さっそく準備に取りかかろうとソファーから起き上がった人美。だがすぐに、降霊術と聞いて真っ先に浮かび上がるであろう感想を、今更になって口にした。


「でも、やっぱ怖いな……」


 テレビやネットでまことしやかにささやかれている成功体験や心霊現象の真偽はさておき、降霊術なんて軽はずみに行うものではない。もしも悪霊とよばれるようなモノに憑りつかれ、不幸が続くような事があれば……想像してしまうと、浮きかけた腰も再びソファーに降りてしまう。


 今日は両親が仕事の都合で家におらず、最愛の妹も友達の家でお泊り会。ひとりかくれんぼのロケーションとしてはバッチリなのだが、肝試しをするにはいささか不安が残る。

 我が家に一人きりな事も相まって、小さな恐怖がふつふつと湧き上がって来た。


「そうだ!」


 しかし。幸か不幸か、人美は恐怖心が消し飛ぶほどの完璧な解決方法を思いついた。

 霊が怖いなら、オカルトのスペシャリストに同伴してもらえばいいじゃない。



「って事で、ようこそわが家へ!」


 そして30分弱が経った夜11時。人美は二人の友人を家に招き、事のあらましを説明した。


「少し口が悪くなるけど言わせてもらう。こんな深夜に呼び出すとか馬鹿なのか?」

「急に連絡が来たからびっくりしちゃったよ」


 寝ぼけまなこの少年、殿炉異とのろいそらは呆れたように人美をねめつけ、緊急事態かと慌てていた少女、皆超みなこえ才輝乃さきのはただの遊びの誘いだと知ってほっと胸をなでおろす。


「でも人美ちゃん。こんな夜中に『今すぐ家に来て』なんてメッセージ送らないで。心臓に悪いよ」

「ごめんごめん。サキは来てくれそうだけど、最初から事情を話したらソラっち来てくれないと思って」

「よく分かってるな。今すぐ帰ってもいいか?」

「ダメ」


 三度の飯より睡眠が好きな空にとっては、こんな夜中まで起きている事自体が不服であった。そんな彼の性質を理解していた人美は、あえて緊急性をほのめかすようなメッセージを送って彼を呼び寄せたのだ。


「来ちゃったものはしょうがないよ、ソラっち。諦めて参加しよ?」

「騙して誘い出したお前が言うな。って言うか今更だけどさ」


 一度言葉を区切ってあくびをかみ殺した空は、続けて当たり前の事を人美に告げた。


「ひとりかくれんぼはひとりでやるものだろ」

「ごもっとも。でも怖いもん」

「でもじゃないだろ。ルールは守れよ」

「いいでしょ別に。七並べをひとりでやる人もいるんだし、その逆でひとりかくれんぼを三人でやったってセーフなはず!」

「アウトだと思うけどなぁ……」


 空は不安そうに呟くが、人美は謎の自信で満ち溢れていた。もはや何を言っても聞かないだろう。


「はぁ……しょうがない。ここまで来ちゃったんだし、付き合ってやるか」

「私も幽霊は苦手だけど、呼ばれたからには頑張るよ!」


 切り替えの早い才輝乃は、ぐっと拳を握って気合いを入れる。


「それで人美ちゃん。私と空君は何をすればいいの?」

「うーん……心霊現象が起きた時に解決してほしくて呼んだから、ひとまず事が起こるまでは待機かな。普通にひとりかくれんぼを楽しもう!」

「絶対にそんなテンションでやる事じゃない……」


 友人が来てくれた事によって恐怖が消え去ったのか、はたまたただの深夜テンションか。人美はノリノリで準備を始めた。何だかんだ言って空と才輝乃もそれを手伝う。


 準備物はすぐに用意できた。食塩水、ぬいぐるみ、米、赤い糸、カッターナイフだ。ぬいぐるみは、ボロボロになった三十センチほどのそこそこ大きな熊のぬいぐるみを使う事にした。


「どうしてよりにもよってテディベアなんだ……」

「え、もしかしてマズいの?」

「いや、何でもない。耳を捥いだり首を絞めてたりしないか心配なだけだ」

「……?」


 何かを心配する空は置いておいて、人美は心の中で謝りながらテディベアの腹を割いた。隣で才輝乃が「かわいそう……」と呟いたせいで罪悪感が増した。


「まずはぬいぐるみの腹を割いて米を敷き詰め、更に自身の一部を入れて赤い糸で縫い合わせる、と。入れる物は爪、髪の毛、血液の順で効力が強まるらしい」


 スマホを見ながら出される空の指示を聞き、人美は綿が飛び出したテディベアを見つめ、それからカッターナイフの刃を見つめた。


「なるほど……せっかくだし血を入れよっと」

「チャレンジャーだね人美ちゃん」

「こういうのは中途半端じゃ駄目なんだよ」


 カッターナイフで指先をちょっぴり切り、人美は指先から滴る血をテディベアの腹へ数滴垂らす。


「一応参加者だし、俺たちも何か入れた方がいいのかな」

「私は爪でいいかなぁ。怖いのは嫌だしね」

「むしろ三人分だと相乗効果で霊力倍増しそうだけど」

「もう、やめてよ!」


 何も入れなかったら入れなかったで不正扱いされそうなので、才輝乃は爪を、空は髪の毛を入れる事にした。ひとりかくれんぼを三人でやってる時点で不正しかないのだが、それは一旦忘れるものとする。


「あとは浴槽にお湯を張って……あ、ぬいぐるみに名前付けないと。何にしよう」

「くまきちとかキチクマとかで良いんじゃないか?」

「可愛くないから却下」

「酷いな。じゃあ熊五郎。熊助」

「ネーミングセンス0点だねソラっち」

「じゃあ人美は何かあるのかよ」

「……アンジェリーナとか?」

「人名だろそれ」

「私、良いの思いついた! テディベアをもじって『ティア』ちゃん!」

「かわいいね! 採用!」


 自分が名付けたら愛着が湧いたのか、才輝乃はテディベア改めティアを両手で抱っこして笑いかけた。


「今日から君はティアちゃんだよー」

「一度腹を割いたぬいぐるみ相手にその笑顔は、ちょっと狂気じみて思えてしまう……」


 熊のぬいぐるみとセットだと、いつもほんわかしている才輝乃の可愛らしさも五割増しだ。彼女が抱えているぬいぐるみが、血と爪と髪の毛が入っている呪物めいた物じゃなければの話だが。


「ねえソラっち。お風呂のお湯って使い回しで良いのかな?」


 ティアの頭をなでる才輝乃と彼女のぬいぐるみ遊びを一歩離れて眺めていた空がいるリビングへ、浴場へ行っていた人美が戻って来た。彼女に尋ねられ、空はスマホへ視線を落とす。


「どうだろう。サイトにはそういう注意事項は書かれてないけど。あんまり汚いと霊は怒るかもな」

「おいこら、女子高生の残り湯を汚いとか言うんじゃないよ。きちんと価値のあるものなんだからね。場合によっては高値で売れちゃうかも」

「それはそれで気持ち悪いだろ……」


 結局、お湯が勿体ないので人美が入った後のお湯を使い回す事にした。そして―――


「ぬいぐるみヨシ、塩水ヨシ、浴槽ヨシ! 準備は整った!」

「あとは午前3時まで待つだけだね」


 現在時刻は午後11時55分。そろそろ日付が変わる頃だった。そして、定められたひとりかくれんぼ決行時刻までは三時間もある。


「……もうやっちゃわない?」

「せっかちは早死にするぞ」

「いいじゃん! ちょっとくらい早出でも幽霊さんも許してくれるよ! 大体、ソラっちだってもう限界っぽいじゃん」

「うぐっ……」


 眠気に従い眠い時に寝る精神の空は、自らの意思で夜更かしをした事がほとんど無い。そのせいか、いざ遅くまで起きようとしても体が勝手に睡眠モードに入ってしまうのだ。そして今は、人美の言う通り限界が近付いている。


「こういう儀式事は時刻も重要なんだが……やむなしか」

「何かあったら私も頑張るから! 幽霊退治くらいなら!」

「サキは頼もしいねぇ。んじゃさっそく始めちゃうよー!」


 話し合っているうちに時計の針は進み、ちょうど0時になった。3時間早いが、いよいよひとりかくれんぼのスタートだ。


 はじめの鬼は言い出しっぺの人美。「最初の鬼は人美だから」と3回唱え、彼女はティアとカッターナイフを手に取って浴室へと向かった。


 ちなみに、三人で行うにあたってルールを微妙に変更している。普通のかくれんぼに則って鬼は一人。なので鬼ではない空と才輝乃は人美と一緒に浴室へは行かず、先に隠れ場所であるリビングの机の下に潜っていた。


「何だか避難訓練みたいだね」

「確かに。学校の机よりかは広いけどな」


 一応、二人は鬼から隠れているていなので、声のボリュームも自然と落とされる。


 本来のひとりかくれんぼでは、浴槽にぬいぐるみを浮かべた『鬼』は家中の電気を消してテレビを砂嵐の状態で点け、目を瞑って10秒数えるという工程が存在する。しかしそこも三人仕様にアレンジしており、部屋の電気は既に消している。その為、机の下に隠れるだけでもだいぶ雰囲気が出て来た。


「人美ちゃん、大丈夫かな……」

「心配が早いって。本番はティアが鬼になってからだし、大丈夫だろ」


 砂嵐の画面の前で数を数えるのもひとみの役目なので、二人はずっと待機。テレビの前で数え終わった人美がティアに刃物を突き立てて鬼を交代し戻って来るまで、人美は一人だ。才輝乃はその事を心配していた。


「それより、俺はこの暗闇の中で意識を保ってられるかが心配だ……気を抜くと、落ちる……」

「が、頑張って……!!」


 机の下であぐらをかきながら、空は既にこっくりこっくり舟を漕いでいた。


 廊下から足音が聞こえる。それは徐々に近付き、リビングにまでやって来た。人美の足だ。暗闇を照らすテレビ画面の前まで移動するのが、机の下からも分かる。


「ほら、空君。もうすぐ鬼交代だよ。何か心霊現象が起きないか見張らないと」

「ううん……分かって、る……」


 頭では理解していても、強大なる睡眠欲には抗えない。空の意識は糸が切れたように途切れ、支える力を無くした上半身が後ろに倒れる。あわや机の脚に頭を打ち付ける所だった彼の体を、すんでの所で才輝乃が支えた。


 ゆっくりと彼の上体を初期位置に戻したが、再び体がぐらつき、今度は横へと―――同じように隣で座っている才輝乃の方へと倒れる。


「……っ!!」


 空の頭は才輝乃の膝へと落ちる。つまり、偶然の産物によって発生した膝枕状態である。才輝乃は赤面し、思わず周囲を見渡すが、砂嵐のテレビに照らされる闇が広がるだけだ。当たり前だが誰も見ていない。むしろここで目撃者がいれば心霊現象である。


「……また倒れちゃったら危ないし、しょうがないよね」


 誰にするでもない言い訳を小さく口にする才輝乃。寝言や寝返りすらもなく電源が切れたかのようにスヤスヤと寝る空とは対照的に、耳まで火照った才輝乃の意識はバッチリ冴えていた。鬼に気付かれるんじゃないかと錯覚するほどに、心音が大きくなっている気がした。


「なーに人ん家の机の下でいちゃついてんだオイ」

「ひゃう!?」


 いつの間にか戻って来ていた人美に突然声をかけられ、才輝乃が情けない声と共に飛び上がって机の裏に頭を打ち付けるのは、この数十秒先のお話。

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