四
小さい頃は恐らく人様からみても稔と仲がよかっただろうと思う。いつからこうなったのかは弓弦には分からない。小学校までは普通だったように思うし、既に違っていたのかも知れない。
家族とまったく打ち解けられない弓弦に最後まで付き合ったのは結局のところ、稔だけだった。
小さい頃は互いに何でも話したし、分かり合えたものだ。
あの頃、それは楽しかったな。
そう弓弦は思う。
だからこそ幼馴染みというのは案外難しい関係らしいと弓弦は感じていた。彼としては自分が特に変わっているつもりはないが、人というものは成長とともに何処かは変わっていくからそれで折り合いがつかなくなることがあるのだろう。今現在、要するに弓弦と稔はそりが合わない、そう言うことなのだ。
故にお互いの平穏のためにも構わなければいいのだが、どういうわけか稔は何かあれば必ず弓弦に関わろうとする。
しかし往々にしてそれらは弓弦にとっては有り難迷惑であることが多く、いらないアドバイスを叩き付けるように言ってくるだけなので弓弦としても厳しい口調で返すことが多くなっていた。
「うん、まあ、昔は確かに迷ってばっかりいたけれどね」
稀代の方向音痴と呼ばれるほどに弓弦は幼い頃、頻繁に道に迷っていた。
よく覚えてはいないが、いつも何かに呼ばれていたように感じてその心のままに歩いていたら結果的に迷子になってしまっただけなのである。
どうしても自分を呼んだだろう人に逢いたかった。
尤もそれを話したことあるものは殆どいない。いや、最初のころは夢中になって話したものだが、そうした結果として誰もが彼の話を微塵も信じてはくれなかったから話さなくなっただけだった。お陰で無口でかつ時折奇妙なことを言う子どもとして有名となったのだが、そんな弓弦と仲良くしてくれたのは稔が最初だった。そこで彼は弓弦がどういうこと言えばそう取られるのかを教えてくれたものである。所謂処世術というヤツだ。
お陰様で以前ほどはおかしいことは思われなくなったのだからそれについては稔には感謝している。
稔はしかし弓弦にそう言うことを教えると同時に弓弦の不思議な話を聞きたがった。だから唯一弓弦が不思議なことを話していた相手になるが、ある日を境に稔は一切合切拒否するようになった。
きっかけは何だったのか分からない。もしかしたら弓弦が
あのときも呼ばれた気がしたのだ。何にかは分からないが、その前に行くなとも聞こえたと思う。だから彼は止まったのだ。そしてぎりぎり助かった。端から見たらそれは自殺行為だったと聞いている。弓弦からすればまったく違うのだが、それは理解されない。
稔が泣きながら死ぬんじゃないと言っていたのを思い出す。
弓弦はそれを何処か遠くで、どちらかと言えば他人事のように聞いていた。交通事故のショックのせいだと言われたが、それは違うと弓弦だけが分かっていた。
それからは周囲のことを考え、声が呼ぶままには行かないように努めたし、稔にも話さないようにしてきたつもりだ。誰かに心配をかけたくはなかったし、実際自分のやったことを考えればそれが当然だと思えた。
ただ、それ以降、稔のお節介は増し、彼が何をするにも否定的になった。
多分、僕をまともにしてやろうと思ってるんだろうな。普通に暮らすにはよくないと言いたいのだ。
弓弦は苦笑した。
別に僕はおかしいわけじゃないんだけどな。
でも一般ではそう思われないらしいことも同時に理解していた。
つまりは弓弦には所謂普通でいるためには決定的に何かが欠けている、そう言うことなのだ。ただそれを誰も彼に与えられたことはなく、彼も求めてはいない。
一番問題なのは恐らく弓弦が周囲との軋轢を当然と考えているからなのかも知れない。
弓弦が対人関係が破滅的なのに対して稔は社交的であり、学校でもかなりの有名人である。それの幼馴染みが変人であることがどうにも解せずに関わりを続けるが、話が通じないから苛立つ。つまりはそんな感じだろう。
それならば関わらないのがお互いのためだろうと思う。
弓弦としては早くからそう結論づけているのだが、稔の方は止める気配はない。感情というのはそう割り切れないからこんな関係になっているのだろうが、弓弦の方はそこまで稔という存在に固執してはいなかった。
何しろ弓弦が昔から関心があるのはもっぱら動物、それも特に猫についてが強かった。
猫に関してはそこいらを歩く野良猫すら覚えてしまうほどの集中力を見せ、誰も見分けの付かない猫たちを区別することが出来た。
いつも気のせいか、彼らの言うことが分かる気すらする。
だからいつも猫が迷っていたり、怪我をしたりしていれば放ってはおけず、そのためなら学校を遅刻したり休んだりすることなども当たり前だった。
弓弦にとってはその方が学校よりも遙かに有意義な時間であったから尚更だ。
それでもあるところまでは彼なりに周囲に合わせてきたのだが、そうすることにはもう疲れてしまった。幾らやっても違うと言われれば努力の甲斐もない。
もしかしたら確かに僕は努力というものがないのかも知れない。相手に理解されようという熱意があればもう少しマシな状況になれるのはあるだろう。
そうは思うが、今更それを変えることも馬鹿らしかった。自分が自分である方が彼には大事であり、他人がどう思おうと今こうして猫といる方が遙かに安らぐ上に心地よかった。
「さて、お待たせしちゃったね。お前の家は何処だろう?」
弓弦は優しく子猫に向かってそう尋ねる。
「うん、でも本当にとても不思議な色をしてるよね、お前は」
よくよく見れば瞳も毛色も変わった色をしていた。
「きっと美人さんになるよ」
そう言われた子猫は自慢げに喉を鳴らし、お目が高いわとでも言いたげに弓弦を見つめた。
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