じゃあね、親友。キミとも一緒にいきたかったよ

嬉野K

じゃあね、親友。キミとも一緒にいきたかったよ

「そのぬいぐるみは極度の寂しがり屋でねぇ……手を繋いだ相手を引きずり込んじゃうの。気に入った相手と手をつないで、自分の住む世界に引きずり込んじゃうの」


 それから彼女は目の前のろうそくを吹き消す。明かりがまた1つ消えて、室内がさらに暗くなっていく。


「寂しいんだろうねぇ……だから、好きな人に来てほしい。自分が住むあの世まで引き込んじゃって……それでも寂しいから、次の標的を探しに行く」

「……」私は冷や汗を隠しながら、「へ、へぇ……そんな話があるんだ……」

「実話だよぉ……?」どこからともなく取り出した懐中電灯で、彼女は下から顔を照らす。「そのぬいぐるみさんと手を繋いだ人は、みんな死んじゃうの。もしかしたらあなたの持っているぬいぐるみが……その呪いのぬいぐるみかも……?」


 そんなことを部屋の中で楽しそうに語るのが、私の親友の1人、来望くるみである。適当でお調子者で、ムードメーカーかつトラブルメーカー。思えば私の高校生活3年間は、来望くるみが面白くしてくれた気がする。


「ひ、ひぃ……」私に抱きついて怯えているのが、親友の1人、せいである。「来望くるみちゃん……そんな怖い話しないで……」

「怖い話しないでって……」来望くるみは不服そうに懐中電灯を消して、「怪談話をしようって言ったのはせいちゃんでしょ? 呼ばれて怖い話をして、そんなこと言われる筋合いはないんだけど?」


 たしかに。今回の怪談話をしようと言い出したのはせいちゃんだ。怖がりの癖に好奇心旺盛だから、こんな感じで自爆することがよくある。


 そう。私たちは現在、怪談話をしている。私の家に集まって、雰囲気を出すために明かりはろうそく。そして1人ずつ怖い話をしていったのだが……来望くるみの話のあたりで、せいちゃんがブルブルと怯え始めた。


 来望くるみは、この手の語りがうまい。私も途中でビビってしまった。話の内容としてはありきたりだけれど、口調が恐怖を誘うのだ。ヘラヘラ笑いながら喋ってるのに……


「まぁ、怖がってくれるのなら、とっておきの怪談話をした甲斐があったねぇ」

「とっておきって……さっきのぬいぐるみの?」

「そうそう。寂しがり屋のぬいぐるみさんは、友達を自分の世界に引きずり込んじゃう。決してそのぬいぐるみの手を握らないようにねぇ……」


 ヒッヒッヒ、と来望くるみは芝居がかった笑い声を出す。本当に楽しそうだった。


「ま、怖い話はこれでおしまいかな」そういって、私は部屋の明かりをつける。ビビっているのがバレたくなかったので、話を変える。「それにしても……私達もそろそろ卒業かぁ……早かったね」

「そう?」来望くるみが答える。「私には長く感じたけどなぁ……人生経験の差ってやつですか」

「同い年でしょうが」たまによくわからんことを言い出す来望くるみだ。「……寂しくなるね……」

「そうだねぇ……」来望くるみは天井を見上げて、「はじめてキミたちに会ったときのこと。鮮明に思い出せるよ。あれは私が世界を救おうと魔族に立ち向かってたときだったね。光に勇者たるキミたちが……」

「誰と誰の出会いを語ってるの」知らない記憶を捏造しないでほしい。「たまたま、クラスが一緒だっただけでしょ」

「そうだね。それでたまたま席が近くだったんだよねぇ……」


 そうだ。本当にたまたま。そして来望くるみが話しかけてくれて、3人が友達になった。そしてなんとなく親友になって、なんとなく今まで付き合いがある。人と人との出会いなんて、そんなものだろうと思う。特に理由なんてなくて、なんとなく出会ってなんとなく付き合う。運命の出会いなんてそんなものだ。

 私は、彼女たちのおかげで楽しく高校3年間を過ごした。他に友達と呼べる存在はできなかったが、彼女たちがいれば問題ない。それくらいは思える……親友ってやつだ。


 そんな親友とも、そろそろお別れが近づいてる。


「進路は別々だけど……」来望くるみが言う。「たまには集まろうね。1年に1回とか……」

「じゃあ……この怪談話、毎年恒例にする?」

「それもいいね」首を横に振るせいちゃんを無視して、「じゃあまぁ……今日はもう遅いし、解散かな」


 その言葉に反対したのは、せいちゃんだった。


「……まだ別れたくない……」せいちゃんは明日、県外に行く。進路が違うから、私達とは離ればなれになる。だから、今日が私たちが一緒にいられる最後の夜なのだ。「……もっと一緒に、いたい」

「そう言ってもらえるのは友達冥利に尽きるけどよ……」まんざらでもなさそうな来望くるみだった。「結構な大移動になるんでしょ? ちゃんと、寝といたほうがいいよ」

「……そうだけど……」

「大丈夫。私たちとはまた会えるよ」

「そうかもしれないけど……」グスグスと泣いているせいちゃんだった。「だってぇ……寂しいよぉ……」

「そんなことを言われてもねぇ……」

来望くるみぃ……だって、来望くるみは写真も撮らせてくれないじゃん……離れても写真を見て思い出そうとしてたのに……」

「私は写真が苦手なの。だから写真はダメ」

「ケチ……」


 そのまま、せいちゃんは来望くるみに抱きついて泣き始めた。来望くるみもちょっと泣きそうな顔に見えたが、笑顔でせいちゃんを慰めていた。


 そんな2人を見て、私は思う。


 ……こっそり写真を撮ってしまおう。来望くるみに気づかれないように写真を撮って、あとでせいちゃんに送ってあげよう。それが遠くまで行ってしまう親友にできる最後のことだ。


 そう思って、私はこっそりとスマートフォンを取り出した。そして来望くるみに気づかれないように操作して、カメラアプリのシャッターを切る。無音で撮影できるアプリを入れたので、バレることはないだろう。

 

 さて、撮った写真を確認しようと思った瞬間、


「ねぇ」いきなり来望くるみの視線がこちらに向いた。私は慌ててスマホをポケットにねじ込む。「どうしたの?」

「あ……いや……」怪しまれるのはまずい。「感動的な別れだなぁ、と」

「あはは。そうかもね」なんとかごまかせたみたいだ。「じゃあ……一緒にやる? 感動の別れ」

「それもいいかも。でも……私はせいちゃんみたいに感極まるタイプじゃないし……」

「じゃあ握手でもしようか。友情のシェイクハンドさ」


 そう言って、来望くるみは私に右手を差し出した。


 当然私もそれに対応しようとしたが……


「あ……」せいちゃんが情けない声を出して、「電話……お母さんから……」


 言われてみれば、振動音が聞こえる。どうやらせいちゃんのスマホに着信があったらしい。


 電話の内容は「明日に備えて早く帰ってきなさい」というものだった。ということで、渋々という感じでせいちゃんは私の家をあとにした。「絶対また会おうね」なんて泣きながら言われたので、こっちまでちょっと涙が出てしまった。


「じゃあ……私たちもお別れだね」来望くるみが伸びをして、「じゃあね、親友。キミとも一緒にいきたかったよ」

「そういうわけにもいかないでしょ」


 それぞれの場所に引っ越してしまうのだから仕方がない。一緒に行けるものなら、私だって行きたかった。でも、それはできない運命だったのだろう。


 そうして、私は親友2人と別れた。私自身も引っ越しの準備をしなければならない。しばらくは新生活の忙しさで親友とも連絡が取れなくなるだろう。


 しばしの別れ、そう思っていた。


 まさか、一生の別れになるとは、まったく思っていなかった。



 ☆



 来望くるみせいちゃんの訃報を聞いたのは、翌日の朝のことだ。


 引っ越しのために家を出たせいちゃんが、偶然道で来望くるみと出会った。そして、その場所にトラックが突っ込んできたらしい。信号無視の飲酒運転。過失は100%運転手側にある。


 過失がどちらにあろうが、どうでもいい。私からすれば大切な親友を同時に失ったという結果だけが残った。


 しばらく私は放心状態だったらしい。2人の死が受け入れられなくて、ずっと部屋にこもっていた。食事ものどを通らなくて、かなり痩せ始めていた。


 そうしているうちに、ふと思い出したのだ。


「……そうだ……写真……」


 最後に撮った、親友2人の写真。生前の彼女たちを写した最後の写真。その写真を見たくなった。撮っていたことすら忘れていた写真だが、少しくらいは元気がもらえるかもしれない。


 そう思ってスマホを取り出す。そしてアルバムアプリを起動して、


「……え?」思わず、目を見開いた。「なに……これ……?」


 そこに写っていたのはせいちゃんと……ぬいぐるみ。中途半端に人の形をした、不気味なぬいぐるみが写っていた。


 せいちゃんとぬいぐるみが抱き合っている。おかしい。この写真は、来望くるみせいちゃんが抱き合っている写真のはずだ。別れを惜しむ親友同士の、友情が残されているはずだ。


 そのぬいぐるみは、せいちゃんの手をしっかりと握っていた。


 その写真を見た瞬間、来望くるみの声が脳内に蘇った。


――そのぬいぐるみは極度の寂しがり屋でねぇ……手を繋いだ相手を引きずり込んじゃうの。気に入った相手と手をつないで、自分の住む世界に引きずり込んじゃうの――


 手を繋いだ相手……写真の中のぬいぐるみとせいちゃんは手を繋いでいる。


 そして……来望くるみは、最後……私に握手を求めた。結局せいちゃんの電話で流れてしまって握手はしなかったけれど……


「じゃあね、親友」耳元で、来望くるみの声が聞こえた気がした。「キミとも一緒にいきたかったよ」


 キミとも一緒に……


 ……来望くるみは、私も連れて行くつもりだったのだろうか。寂しがり屋のぬいぐるみは、親友2人を連れて行こうと思ったのだろうか。


 もしも私が、あの握手に応じていたら……


 ……


 来望くるみの話に出てきた寂しがり屋のぬいぐるみ……それは、来望くるみ本人だったのだろうか。来望くるみせいちゃんの手を握って、連れて行ってしまったのだろうか。


 そういえば来望くるみは、写真が嫌いだった。写真で撮られることを嫌がっていた。


 それは、ぬいぐるみの姿が写ってしまうから、だったのだろうか。


 真相なんてわからない。私は探偵でも霊媒師でもない。だから真相なんてどうでもいい。


 親友2人を同時に失った。私に残されたのは、やはりその事実だけだった。

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