大帝の娘が大帝!
浮添尾軸
確認編
第1話 メロップちゃん再誕!
一人で背負うには、余りにも重すぎた。
他人に比べれば、恐らく、そこまででは、という程度のものだったのかもしれない。少なくとも"彼"の周囲にいる人間からすれば、なんでもないことに近かったのだろう。
それでも、だからこそ、"彼"には耐え難いことだった。
命を、奪う。
字面にすればカンタンだ。それがどれほど禍根を生む行為だとしても、表すのは造作もない事だった。
でも、"彼"にはそれができなかった。みんなができる事を、できなかった。
ヒトだけではない。動物も、虫も、魚も植物も。
生きていると認識してしまった時点で──生を手にかける事の重さに、潰えてしまうのだ。
気負いすぎだと、考えすぎだと"彼"以外の者は言った。言う。言うのだ。口々に。口をそろえて。
自らの生存のためには必要なことで、己たちの生命維持には必須の事象で。
仕方ないのだと。それ以外に方法がないのだと。
さらに、言うのだ。
できないのならば、やらなくていいと。
そのために自分たちがいるのだ、と。
命を奪えない"彼"の代わりに、"彼"の周囲にいた人間は命を奪った。ヒトの命も、動物の命も、虫も魚も植物も。出来ないという"彼"に代わって、奪い尽くした。
そしてそれを、"彼"に献上した。
"お前が"奪った命ではないから、安心して誇れ。
"貴方が"奪った命ではないから、安心して食べて。
そうではないと、生きていけないだろう。そうでもしないと、明日はないのだろう。
わかっていた。わかっている。わかり切っていた。
自らの我侭に、しかし、周りまでそれに合わせてはいられない。
いられないし、いるつもりもない。だって周囲は、それを忌とは思わないから。
けれど、やっぱり。
それは──"彼"が一人で背負うには、余りにも重いものだったのだろう。
"彼"の周囲の人間が、"彼"以外の全てを奪い尽くし、それを"彼"に献上した時。
つまり、この"大帝国"が真実大陸を統一した時、"彼"は決意をしていた。
最初で最後に、一つだけ命を奪おう。
そう、だから──。
自分の。
誰からも愛された皇帝の死から一年。
彼と、彼の愛した妻の子供が生まれたのは、国民の誰もが黙祷を捧げる"その時間"──正午の、その時だった。
厳かな空気の中に響き渡った産声。
それは、城の誰が伝えずとも国中へと届き、すべての民が祝福の声を上げた。
優しい皇様の娘が産まれた。
優しい子になるだろう。立派な子になるだろう。
皇帝もきっと、夜の国でお喜びになっておられるに違いない。
誰もが喜んだ。良かった、良かったと。
誰もが祝った。おめでとう、おめでとうと。
一人だけ。
一人だけ、喜ばなかったし、祝わなかった者がいたことを除けば──その日、大帝国はかつてない賑やかさに包まれたのである。
無論。
その一人とは、生まれた娘本人。
名をメロペー。愛称メロップ。
父に大皇帝アトラスを、母に聖女プレオネを持つ"帝国の愛娘"。
その精神、没したアトラス張本人な、スーパーTS幼女である。
*
それはないだろう、と。
メロップは揺り籠の中で顔を顰めていた。
メロップは全てを覚えている。
己の体感ではついこの前。時間という面では一年と少し前。
己は自ら命を絶ち、この世をたった。
初めて命を奪った。嫌な感触だった。忘れられない──もう二度と、やりたくない。
よりいっそう嫌になった。奪うのが。殺すのが。
だから、もうしなくていいことに安堵したものだ。これでようやく、あらゆる安楽が得られるという夜の国へ旅立てると。
懺悔と後悔と禍根と戒めと──その他、色々を胸中に収めて、ようやく。
だというのに。
だというのに。
「うぁ……」
何故なのだ。
聞いたことはあった。否、大陸の民ならば誰もが知ることではあった。
夜の国に旅立った者が、姿や形を変えて、戻ってくることがある。
言ってみれば、宗教である。
そんな言い方をするならば"夜の国"も宗教なのだが、それよりも妄言に近いものだ。
未練を捨てきれなかったもの達の
だと、思っていたが。
「うぅ……」
まさか自分の身に起きてしまっては、疑いようもない。
しかしならばせめて。
何故、"ここ"なのだと。死者を扱うという夜の国の主に問いただしたかった。
他になかったのかと。
他にいなかったのかと。
何故、何故。
自分の娘に──己の愛した女の腹から生まれねばならんのだと。
僕は、私は、
「……」
などと、叫ぶことも出来ない。
悲しいかな、
あぁ──しかし、だけど──だから。
この生においては──彼女に悲しい思いをさせてはいけない。
これは、ならば、そうか。
罪滅ぼしなんだ。重荷に耐え切れずに楽な方を選んだ僕への、断罪。
僕が私となった理由は、そういうことなのだろう。
プレオネ。我が最愛の妻。
私は娘として、母を支えよう。
あ、と。
自らの手を使って食事ができるようになったその日、祝い事か何かかのように集った"かつての仲間たち"と妻、そして侍従たちは、揃って声を上げた。誇張か、侍従達は寸でのところで止まったようだったが、少しでも目を見開いたのは事実だ。
一番に早く、そして一番うるさく反応した奴がいた。
この帝国における最大の戦力を持つ個人──アレス。アトラスの幼馴染の一人であると同時に、アトラスに最もヒトの命を献上した男である。
本来このような格式ある食事の場には来ないのだが、私に関わる祝い事にだけは必ず顔を出すあたり、律儀であると言えるのかもしれない。
そんなアレスが、いの一番に、とびっきりの笑顔で。
「やっぱアイツの娘だなぁっ! 食い方がそっくりだ!」
──表情を崩さなかったのは、それが苦手であるからだ。
心の底は十二分に驚いていたし、やってしまった、と思った。
とかく、大声を出した大男に対しての反応としては、ビクッとなって静止することは間違いではなかったと自認する。
事実。
その隣にいた二人。長髪を後ろに括った男と、金の髪を惜しげもなく広げた女によって瞬時に椅子へと縛り付けられることとなる。
男はメティス。女はプラム。兄妹であると同時に、二人ともがまた、アトラスの"かつての仲間"である。
「──失礼。驚かせてしまいました」
「ごめんなさいね、この猿は相手の情緒が考えられないの」
一瞬、誰だコイツら、と思った。
アレスだけは毎度毎度話しかけてきていたから耐性があったが、ここに集まったほとんどの"仲間たち"と話すのは、この身になってからは初めてなのだ。
少しばかり怖気が走るほど──声が優しい。誰だ、ホントに。
「メロップ。スプーンを置きなさい。零してしまうから」
「ぁ……はい」
食べ方。そうか。そんなに癖があったのか。
「あの」
私の問いかけに、総勢10名──侍従を入れるとその倍の目が、一斉に私を向く。
無論、それに怯むようなことはない。それ以上の目を向けられた経験は両の指では足りないし、懐疑の目でもないのなら、怖がる必要がない。
誰もが自分の次の言葉を待つ感覚は懐かしく──同時に、これもまた自分には持てあますものだった。
とはいえ、とりあえず。
「父と──似ていますか。そんなに……どこが?」
息を呑む音は、8つ。
アレスと母以外の仲間たち。
「え──ええ、とても似ています。食べ物をくわえたあと、何かに思いを馳せるように目を瞑るところや、少しだけ悲しそうに眉をひそめるところなんか、そっくりで」
プラムの言葉に、なるほど、と吐息した。胸中で。
一度夜の国に旅立とうと、やはり癖というのは抜けないらしい。
自分が"奪った"わけではないのに、目の前の料理を、命だと誤認しかけるこの癖は。
「そうですか。喜んでよいのかわかりませんが、ありがとうございます」
「喜んでよいのですよ。少なくとも、私達は嬉しいですから」
メティスの言い分に皆が頷くが、それはそちらの事情である。
私はあまり嬉しくない。
しかし、同時に。
「お母さまは、嬉しいですか?」
「──ええ、とても」
それが娘のあるべき姿と思うから。
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