埴輪食堂

不動のねこ

第1話 埴輪食堂

東京の目黒区にある小さな食堂があった。お店の名前は「埴輪食堂」。

一見すると何の変哲もない普通の定食屋さんだが、実は知る人ぞ知る隠れた名店だった。店主の神山綾人(15)は、小学生の頃に両親を亡くしてこの埴輪食堂を継いでいる。彼は毎日朝から晩まで働きづめで、そのおかげでなんとか経営が成り立っている状態だった。

今日も、いつものようにランチタイムの営業が始まる。

そして午後2時を過ぎた頃…… ガラガラッ! と勢いよく店の扉が開かれた。そこには1人の少女がいた。彼女はキョロキョロとお店の中を見回して、それから僕を見つけて駆け寄ってきた。

僕の幼馴染みの真島日奈だ。彼女のことは小さい頃から知っている。

でもここ数年はずっと会っていなかったし、そもそも連絡先すら知らなかった。それなのにいきなり会いに来るなんて一体どういう風の吹き回しだろう? 僕は首を傾げた。

彼女は息を整えてから言う。

日奈ちゃんは少しだけ頬を赤く染めていた。どうやら興奮しているらしい。

そんなに慌てて来なくてもいいのになぁ。

僕は思わず苦笑した。

まあ、それだけ僕に会いたかったってことなんだろうけどね。そう考えるとちょっと嬉しいかも。

日奈ちゃんは言った。

彼女曰く、僕は最近SNSで話題になっているらしく、それが気になって仕方がないのだという。

それで直接聞きに来たということか。

うん、そういう理由なら納得できるかな。

僕は日奈ちゃんを連れて店内に入った。ちょうどお客さんのピークが終わったところだったので、すぐに席に着くことができた。

メニュー表を渡しながら尋ねる。

神山綾斗)日奈ちゃんは何にするのか決まったかい?

日奈ちゃんはメニュー表を見ながら目を輝かせている。

よっぽど迷っているみたいだ。

やがて注文が決まったようで、店員を呼ぶためのボタンを押す。

しばらくしてやって来た店員さんに向かって日奈ちゃんは元気良く言った。

真島日奈)あのっ、これお願いします! 日奈ちゃんが指差したのは『特製オムライス』という文字が書かれた品物だった。

確かに美味しいんだけど…… あれは高いんだよねぇ……. 値段を見てみると、やはり千円を超えてしまっていた。

うーん、さすがに高校生のお財布には厳しいんじゃないかなぁ。

しかし当の本人は気にする素振りもなくニコニコしていた。

お金はあるんだろうけど、それでも躊躇いなく頼めるあたりすごいと思う。

とりあえず確認しておくことにした。

神山綾斗)本当にこれで良いんですか? 日奈ちゃんは笑顔のまま大きくコクリと首肯した。

よしよし、本人がこう言ってるわけだし問題ないよね。じゃあ早速作っちゃおうっと。

まず最初にケチャップをかける。次に卵の上にバターを乗せてフライパンの上で溶かす。

ジュワーッといい音が鳴った。

ある程度火を通したところでご飯を入れる。パラパラになるまで炒めたら完成だ。

それを皿の上に乗せて日奈ちゃんの前に置く。

最後にデミグラスソースをかけて出来上がりだ。

我ながら上手くできた気がする。見た目も匂いも良い感じだ。

日奈ちゃんはスプーンを手に取って一口食べるなり目を大きく見開いた。そして幸せそうな表情を浮かべた。

日奈ちゃんはそのままパクパク食べ進めていく。あっと言う間に完食してしまった。

日奈ちゃんは満足げなお腹をさすりながら呟いた。

日奈ちゃん)ふぅ〜、おいしかったです♪ごちそうさまでした。

それは良かった。

喜んでくれたなら何よりだよ。それにしても日奈ちゃんは変わったなぁ。昔とは全然違う。背も伸びたし大人っぽくなったような印象を受ける。

まあ、もともと可愛かったから当然といえば当然かもしれないけれど。

日奈ちゃんは僕の視線に気付いたようだ。彼女は不思議そうに見つめ返してくる。日奈ちゃんは首を傾げた。

日奈ちゃんは昔から変わらない無邪気な瞳をしていた。そのせいだろうか?なんだか懐かしくなって胸の奥がきゅっと締め付けられるように痛む。

僕は思わず顔を逸らした。

日奈ちゃんは何か言いかけたようだったが、結局何も言わずに黙ってしまった。しばらく沈黙が続く。

やがて日奈ちゃんが再び話し始めた。その声音はどこか寂しげなものに感じられる。

日奈ちゃんは言った。

真島日奈)ねえ、覚えてる?私達が子供の頃によく遊んでいた公園のこと

もちろん忘れていない。

僕達はよくそこで一緒に過ごしていたのだ。

僕は答えた。

神山綾斗)ああ、勿論だとも。今でも鮮明に思い出せるよ。日奈ちゃんと一緒に過ごした日々のことを日奈ちゃん」というのは彼女の愛称だ。本名は真島日奈(15歳)である。

日奈ちゃんは嬉しそうに微笑んで言った。

真島日奈)よかったぁ。忘れられてなくて安心した。

僕は苦笑しながら言う。

神山綾斗)当たり前だろ?と続けようとしたのだが、それよりも先に彼女が言葉を発したため最後まで言えなかった。

真島日奈)あのいきなりだけど...綾斗くん...この埴輪食堂で働かせてください!!

僕は思わず固まってしまった。

えっ、どういうことだろう? 日奈ちゃんが何を言っているのか理解できなかった。

僕は困惑しながらも尋ねる。

神山綾人)働くって、ここでバイトしたいっていう意味かな? 日奈ちゃんは大きく首肯する。

どうやら本気らしい。

僕はさらに質問を重ねることにした。

神山綾斗)どうして働きたいと思ったのかな? すると日奈ちゃんは少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめながら言った。

日奈)実はね、ずっと前から考えてはいたの。でもなかなか踏ん切りがつかなくって……。でも最近になって決心がついたの!だからこうしてお願いに来たんだよ。

なるほど、そういうことだったのか。

確かに気持ちはわかる。

僕だって最初は不安だった。でも今はもうすっかり慣れちゃったけどね。

日奈ちゃんは真剣眼差しで言った。

真島日奈)だって、このままじゃダメだと思うんだもん。

日奈ちゃんは続ける。

日奈)いつまでも子供のままではいられないんだよ。もう高校生だし、そろそろ将来のことも考えないといけない時期なんじゃないかなぁと思ってさ。

日奈ちゃんの口調はいつもよりも大人びたものに感じる。

きっと彼女なりに色々と考えているのだろう。

日奈ちゃんの気持ちはよく分かった。

神山綾斗)しかたないなー。そこまで言われたんじゃ断れないよね。うん、いいよ。採用してあげる。

日奈ちゃんはパアッと表情が明るくなった。

日奈)ほんと!?ありがとう!嬉しい! 日奈ちゃんは心の底から喜んでいるみたいだった。

そんな彼女を見ていると、こちらまで幸せな気分になる。

僕は彼女に尋ねた。

神山綾斗)それでいつから来られる? 日奈ちゃんはう〜んと考え込む仕草を見せた。

そしてしばらくして答える。

真島日奈)今すぐにでも大丈夫だよ。

神山綾斗)へぇ〜、随分やる気があるんだねぇ。

日奈ちゃんは笑顔で言う。

真島日奈)そりゃあそうだよ。早く仕事を覚えないとだし。

神山綾斗)じゃあ早速明日から働いてもらうことにしようか。

日奈ちゃんは元気良く返事をした。日奈ちゃんはそれから、お店を出て行った。

さて、これから忙しくなってきそう。頑張らないと。

僕は気合いを入れ直した。

翌日になり、いよいよ新しいアルバイトさんが来る日になった。

今日は日曜日なので、学校はない。

朝から日奈ちゃんは張り切っていた。

日奈ちゃんはエプロンを身につけると、僕に挨拶してきた。

日奈ちゃんは緊張しているようだ。表情は強ばっているし、声も上擦っていてぎこちなかった。

日奈ちゃんはまだ慣れていないようだし、まずは簡単な仕事をやってもらおうか。

そう思いながら僕は指示を出す。

神山綾斗)それじゃあ、日奈ちゃんには食器洗いを頼めるかな? 日奈ちゃんはコクリと首肯した。

日奈ちゃんはスポンジに洗剤をつけて皿を洗っていく。

しかし、どうにも動きが硬い。

やはりまだ緊張しているのだろうか? まあいいか。

そのうち慣れるだろう。

日奈ちゃんは一通りの仕事を終えると、僕のところにやってきた。

日奈ちゃんは言う。

真島日奈)綾斗くん、次は何をすれば良いですか? 僕は顎に手を当てて考える。

ふむ、何が良いかなぁ? 僕は考えた末に答えを出した。

神山綾斗)じゃあ、料理の下ごしらえをお願いできるかな? 日奈ちゃんは「はい!」と言って厨房へと向かっていった。

その後ろ姿を見送ると、今度は客足が増えてきた。

店内にいる人達はみんな埴輪の置物を見て驚いている様子だ。

やがて、日奈ちゃんは下ごしらえを終えて戻ってきた。

日奈ちゃんは言った。

真島日奈)綾斗くん、終わりました。次は何をしましょう? 僕は少し考えてから言った。

神山綾斗)じゃあ、レジ打ちをしてもらえる? 日奈ちゃんは「分かりました」と答えて、会計台へと向かった。

日奈ちゃんが接客をしている間、僕はひたすら料理を作り続けた。

しばらくすると客足のピークが過ぎ去ったため、ようやく一息つくことができた。

よし、この調子で頑張っていけば閉店時間までには何とか乗り切れそうだぞ。

するとその時、店の扉が開かれた。どうやら新たなお客様のようである。

入って来たのは2人の女性だった。

片方は眼鏡をかけた小柄な女性である。

もう片方は背が高く、スタイルの良い美人な人だった。

2人はキョロキョロと店内の様子を窺っていたが、すぐに僕らの姿を見つけると近づいてきた。

彼女たちは何者なのだろうか? 不思議に思っていると、その女性は僕に話しかけてきた。

??)あのぉ……ここって埴輪食堂であってますよね……? 彼女の問いかけに僕は答える。

神山綾斗)ええ、ここは埴輪食堂ですけど……何か御用でしょうか? 彼女はホッとしたような表情を浮かべた。

??)よかったぁ……。間違ってたらどうしようかと思ったよ……。

すると隣にいた女性が言った。

長身の女性)ちょっと、いきなり走り出さないでよ。置いてかないでよ。

眼鏡の女の子)だってぇ……。

長身の美女)だってじゃないわよ。まったくもう。

そんな会話を繰り広げていると、日奈ちゃんがやって来た。

日奈ちゃんは彼女達に気づくと、嬉しそうな表情になって駆け寄った。

真島日奈)お姉ちゃん!それに美月さん! 彼女達は日奈ちゃんのお知り合いらしい。

日奈ちゃんはニコニコしながら話を続ける。

日奈)お姉ちゃん達もここに来てたんだね! お姉ちゃんと呼ばれた少女はニッコリと微笑んで答える。

???)うん。日奈ちゃんがここでバイトしてるっていう噂を聞いてさ。それで来ちゃいました。

厨房の奥から神山綾斗が来た。

神山綾斗)どうもはじめましてこの埴輪食堂の店主を努めています。神山綾斗と申します。

以後よろしくお願いします。

真島美月こちらこそ、日奈の姉の真島美月。こちらの方は私の友達の原崎真希だよ。

真島美月)こちらが私の先輩の海関海東くんだよ。

原崎真希)どーも、原崎真希だよ。

真島日奈)お二人とも、今日はどうしてここに? 真島美月)実はね、今日は私たち二人でお出かけしてたんだけど、帰り道の途中で偶然日奈ちゃんを見つけてさ。それで追いかけてここまで来ちゃいました。

真島日奈)そうだったんですか。わざわざ来てくれてありがとうございます。

日奈ちゃんは笑顔で言う。

日奈ちゃんはとても楽しそうにしている。

きっと久しぶりに姉妹水入らずの時間を過ごすことができてるから嬉しいんだろう。

日奈ちゃんにこんなに仲のいい友人がいたなんて知らなかった。

日奈ちゃんは昔から人見知りするタイプだから、あまり交友関係が広くないと思っていたのだけれど、それは僕の勘違いみたいだ。

でもまあ、こうして日奈ちゃんに新しい繋がりができたことは喜ばしいことだと言えるだろう。

日奈ちゃんは僕に尋ねてきた。

真島日奈)ところで、今日は忙しいですか? 僕は首を横に振った。

神山綾斗)いや、今は落ち着いてるから大丈夫だと思うよ。

真島日奈)ほんと!?じゃあさ、せっかくだし、ここで一緒にご飯食べていかない?

日奈の提案に対して、僕は少し考えた後に答えた。

神山綾斗)う〜ん……まあ別に良いんじゃ無いかな。

日奈ちゃんはパアッと明るい顔になった。

真島日奈)やったぁ!!じゃあ決まりですね。日奈ちゃんは大喜びしている。

日奈ちゃんは早速料理の準備に取り掛かった。

日奈ちゃんはテキパキと料理を作っていく。

その様子を見て、日奈ちゃんは本当に料理が好きなんだなと感じた。

日奈ちゃんは料理をテーブルの上に並べていく。

真島日奈)はい、どうぞ召し上がってください。

日奈ちゃんが作ったのはオムライスだ。卵はふわふわしていてとても美味しかった。

日奈ちゃんが作ってくれた料理を食べながら僕は言う。

神山綾斗)日奈ちゃんって凄いえっ?

僕は思わず声に出してしまった。

真島日奈)えへへ……。そんなことありませんよ……。

真島美月)そんな事あるよ。だって、この子すっごく可愛いもん。

原崎真希)うん、確かに。

真島美月)あのさ神山綾斗くん、この埴輪食堂の従業員って神山綾斗くんと日奈だけだよね?

神山綾斗)はい。

真島美月)よかったら私たちを雇ってみない?ちょうど就職先見つからなくてさ。

僕は少し考えてみた。

正直なところ、今この店にアルバイトとして働いてくれている人はいない。

なので、もし彼女たちが働きたいと言ってくれるなら是非とも歓迎。というかむしろこっちからお願いしたいくらいである。

それに、彼女たちは日奈ちゃんの友人でもあるし、何より人柄の良さそうな人たちである。

そんな2人が僕たちの店で働けるのであればこれほど心強いことはないと思う。

神山綾斗)分かりました。ではこれからよろしくお願いします。

真島美月)こちらこそよろしくね! こうして、真島美月さんと原崎真希さんが埴輪食堂で働くことになった。

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