地獄のバレンタイン
◇
思い返せば高校時代、俺の周りは皆モテていた。
言い換えれば、俺だけが全くモテなかった。
真葛は顔が良いし成績も良いし(性癖を知らない人からは)普通にモテた。春は女子よりもむしろ男子に隠れファンが多かった。暦も明るい性格から憧れてる人は多かったし、撫子も欠点は料理くらいなので(あの料理を食べたことがない人からは)モテていた。万年モテ期の雪兎は言わずもがなだ。
バレンタイン当日の部室はチョコの甘い香りに満ち満ちていた。
「下駄箱に三十七個、ロッカーに二十個、机の上か中に十二個、直接手渡し九個、すれ違いざまに投げつけられる二個、気付いたらポッケに入ってたの二個。はい、今年も僕の圧勝~」
「まあ別に勝負してた訳でもないけどね!」
「ていうか、僕が勝負しよって言ったら『絶対勝てないからやらない』って言ったのさねちーじゃん。最初から負け認めてるじゃん」
「春ちゃん、どうしたの? 何かぼうっとして」
「ああ、うん」
「あっ、春ちゃんもチョコもらったんだねぇ。すごい可愛いラッピング。誰から?」
「…………二組の田中」
「誰だっけ?」
「男でしょ、二組の田中は」
「男子は覚えてるなんて、さすがさねちー」
「キャラけっこう濃いよ、二組の田中は。覚えてるって、体育一緒じゃん」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「ああ、そうだ! りっくん、呼び出しされてるんだよね!」
「はい、マスター」
俺はクラスメイトの斎藤桃花から呼び出されているのだ。
「心配だから一緒に行ってあげようか?」
「そんなマスターの手を煩わせるわけには……」
「じゃあ、木陰で見守ってるよ」
「は、はい」
俺は自分がチョコをもらえると、何も疑いもせず、待ち合わせ場所に向かった。
「杜若君、これ雪兎先輩に渡してほしいんだ!」
「は?」
この可能性を考えなかった自分がアホらしい。
俺なんて雪兎にくっ付いてる金魚のフンみたいなもんなのだ。
「やっほー、それ僕宛てのチョコ?」
木陰から見守っていた雪兎が出て来た。
「ゆ、ゆゆゆきと先輩⁉」
「こうモテると参っちゃうなー。ありがとう、もらっていくね~」
雪兎はチョコを受け取ると、俺を置いて去っていった。
「あ、えと、杜若君も、ありがとう、ね」
ご本人登場の後の地獄のような空気を感じ、斎藤は、そそくさとその場を立ち去って行った。
その場に残された俺は、泣きそうになっており、しばらく部室に戻れなかった。
◆
「雪兎、元気にしてるかな?」
「夏に会った時は元気にしてたぞ。相変わらずだった」
「俺さ、前に会った時、喧嘩別れみたいな感じになっちゃってるんだよな。それから雪兎がケータイ替えたのか連絡出来なくなってさ」
「今の連絡先、教えようか」
「ありがとう。また心が決まったら連絡してみる」
睦月との口論の種なんて容易に予想できる。
何故、プロにならなかったのか、だ。
雪兎はなろうと思えば何にでもなれたはずなのに、あえて何者にもならなかった。
何者でもない、ただの冬月雪兎であり続けた。
それは少し勿体ないとも思っている。
しかし、雪兎がそうでありたいと願っているのだろうから仕方がない。
俺みたいな奴は、天才のことなんて分からないのだから。
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