2話:美人と弁当と腹を壊した俺
どうやら朝を迎えたらしい。
強い日差しが薄いカーテン越しに
正直、食べ飽きているので美味しくはない。
まだ時間に余裕があるので、昨日起こったことを頭の中で思い浮かべてみる。入学式の日から好きだった
だが私も似たようなものだ。私も女でありながら男の制服を着て、男として学校生活を送っているのだから。
朝からモヤシだけでは元気が出ないが、高校生が実家を離れて一人で暮らしているのだから金銭的な余裕は勿論ない。食費に金をかければ水道や電気が止まりかねない。諦めて学校に行く準備をしよう。
あまり意味がない気はするが地毛を
後は上手く言えないが、なんか男っぽいようなメイクを施して完成だ。これで
まぁ避けられてても文句は言えない立場だ。終わったことを考えていても仕方がないので、気にするべきは今日の昼飯か。俺の栄養源のほとんどは我が友である
他の人間の大半から嫌われているけれど……理由は主に性に対する欲求が強すぎるからだ。
といっても
そんな悪友のことを考えながら欠伸をしつつ歩いていると、後ろから非常に可愛い声が聞こえてきた。
「あ、おっ……えと、おはようございます!」
振り返ると黒髪短髪でアホ毛が目立つ美少女、
「おはようございます
「そっ……そ、そうですね。最近あまり時間が合いませんでしたものね……」
なんだ? どういう訳か
そういえば俺を振るにしたって、自分が男であることを言う必要はなかった。俺だって自分の性別を隠して告白した訳だし……勿論、もし付き合えたらいつか伝えようと思ってはいたけど。
その辺なんというか不器用というか、そんなところも含めて非常に可愛い。少なくとも縁を切られたわけではないらしいので心の中でガッツポーズをする。
「……あの、
「えっ―――」
唐突な展開を前にして続く言葉が頭に浮かんでこない。
いや落ち着け俺。振られたんだ、恋愛感情でこの人を見るのは辞めよう。
そもそも冷静に考えたら前提がおかしい。俺は
つまり
そして俺は女であることが嫌だから男の格好をしているだけで肉体的にも精神的にも女だ。だが
でもすごく嬉しい!!!!
「ありがとう
「ひゃっ……は、はい!」
大喜びするのを我慢して冷静にクールにお礼を伝えようとしたけど、抑えきれず馬鹿みたいな大声になってしまった。
実際は虎とかライオン級の戦闘力なんだけど。
声量の調節が出来なくなった俺と
「
教室に入りカバンを下ろすと、何やら小さい生命体が話しかけてきた。ただでさえ身長が低い身体を折り曲げ、頭の上から小さめの毛布を被っている。なんとなく
「俺だってそんな時はあるんだよ。
「
階段下でスカートを覗くために一日中待機していた実績を持つ男だ、非常にアホだ。
学校に何をしに来ているのか分からない。まったく仕方がない奴だ。そんなことを考えながら、俺は一限目を夢の中で過ごした。休み時間になると、ようやく登校してきたらしい変態の
「おはよう我が友。見ろよ今日は朝から本屋に行ってだな」
「エロい漫画を買って読みながら来たんだろ、鼻息が荒いって」
こんな奴でも、昨日は足元が覚束ない俺を家まで送ってくれたのだから憎めない。憎めないのだが、曲がりなりにも一応は女としてコイツのことは殴っておくべきかもしれない。
寝て起きてを繰り返し、四度寝から目覚めると昼食の時間になった。誰にも邪魔されないような場所で一人で食べようかとも考えたが、我慢しきれず教室の机で
標準サイズの弁当箱で右半分は白米、左側には焼き鮭と野菜、あとは見た目では味付けがよく分からないが鶏肉のおかずもある。流石は
「いただきます!!」
急に大声を出したことでクラスメイトに不思議そうな視線を向けられるが、無視して米を口の中に入れる。一粒一粒が丁寧に炊き上げられており、噛めば噛むほど米特有の甘みが出てくる。
俺は今、何を食べたんだろう……?
純粋な疑問が脳裏に浮かぶが、モヤシばかり食べて味覚がおかしくなっているのかもしれない。次は焼き鮭を食べてみよう。
見た目は何も問題はない。少しだけ焦げてはいるものの、きちんと火は通っているようだし美味しそうだ。まずは箸で一口大に切って口に入れ……切れないなぁこれ。あまりにも硬すぎる、箸では太刀打ちできない。仕方がないから箸で鮭を持って歯で噛み切るしかない。
―――ガリッ
口の中に広がる魚の風味と血の味。傷一つない焼き鮭は箸の間でご健在、まるで鉄を噛んだような衝撃だ。おかしいなぁ、鉄を鮭にする技術が日本にあるとは思わなかったよ。
そっと焼き鮭を弁当箱に戻し、サラダを食べてみようと気合を入れる。レタスとトマトのサラダだ。トマトから食べようか、小さい方がダメージも少ないだろう。
と思ったが全然少なくなかった。めちゃくちゃに辛かった。水で溶かした唐辛子でも塗っているのかと感じる程に辛く、これが
「お、おい
「黙ってろ……俺は今、
普段は適当に喋りながら
ここが俺の関ヶ原、食うか捨てるかの大決戦だ!!
「
「間違いねぇ……アイツが自分の弁当食べるなんておかしいと思ったんだ。ごみ箱から拾ってきたのか……?」
数少ない友人の視線を浴びながら俺はこの弁当と対峙している。野菜は噛める、数回噛めば呑み込める。米は茶で流し込む。鮭は……鮭はどうしよう。歯が通らないんだよな。いや迷うな、気合いで噛むしかない。
もしかすると
そこから先はよく覚えていない。謎の鶏肉のおかずを食べるのが一番厳しかった。顔を洗っている時に洗剤が口の中に入ってしまったような味がした。味覚が麻痺していて今なら泥でも濃厚スープとして飲める気がする。
午後からの授業も寝て過ごした。いや、もしかすると気絶の方が適切な表現だったかもしれない。気がつくと放課後になっていた。
食事のダメージが抜けきれず未だ震える身体に鞭を打ち立ち上がる。早く弁当箱を返しに行かないといけない。
昼間のうちに教室まで行って渡しても良かったかもしれないが、他の生徒に見られれば変な誤解をされかねない。幸いにも俺達の通学路は俺と
靴箱に向かっていると
「ご、ごめんなさい。こちらに居たのですね……お待たせしました」
よく見ると
「す、すみません他の人に見つかったら嫌かと思って……お弁当、マジで美味しかったです!」
「本当ですか! 良かった、今日のは特に自信作だったんです!」
嬉しそうな表情の
次の日の朝、俺は体調不良という理由で学校に休むことを伝えたが、担任の先生には「またサボりかいな、出席日数足りんくなっても知らへんで〜」と信じて貰えなかった。
普段の行いは大事だなと思いながら、腹を下した俺はその日の大半をトイレで過ごした。 END
―――――
・おまけ
登場人物紹介
性別:女性?
学年:一年生
誕生日:七月一日
好きなもの:
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