竜の夢

大黒天半太

竜の夢

 それは虚空に浮かぶ水滴、上下も、左右も、前後も、ない。

 幽かな光は、全天に散る小さな星。


 夜空を見上げているような感覚ではなく、全ての方向が夜空のような、水中を漂うような浮遊感。


 水滴と見えたそれも、近づくにつれてその大きさを増して行き、その表面をうねる波が鎌首をもたげる。


 一つ、二つ、三つと大きなうねりのそれぞれが、多頭の竜ヒュドラの首となって、球状の体から浮上し、こちらを見詰め、或いは見下ろしていた。

 背後の夜空が透けて、星々が輝いて見えているのかと思われた光は、その水の球体の中で輝いている何かだった。

 通りすがりに、天の星を丸飲みしてしまったかのような、青い光。


 竜の鎌首は、こちらへ狙いを定めると、無造作に口を開いた。

 長い首を迫り上がってくる何かを、喉の奥から吐き出す。

 分身のような、小さな透明の球体。

 それぞれの首が、いくつもの球体を吐き出し続ける。


 小さな球体も、同様に竜の首を持ち上げ、そのまま母体を写したかのような無数の竜になった。

 分身の竜達は、母体よりも小さい分だけ速い。

 最も早く近づいた竜達は、まず衛星を飲み込んだ。

 竜自体の重力が、まず衛星を引き裂き、貪欲な顎が噛み砕き、飲み下して行く。

 星々の間に浮かべられた、ささやかな機械達人工衛星も一飲みにされ、地上の文明は、星々を一望する眼と惑星の裏側の都市の声を聞く耳とを、瞬時に失った。

 天空の猛威に対して、地上が放った無数の矢ミサイルさえ、竜は喰らい尽くす。


 その矢の爆発の力は、竜達の体内の光にも及ばない。

 その惑星の昼の側が夜になる前に、地上の文明と生命は滅び、分身の竜達が、母なる球体へ再吸収された頃には、惑星の痕跡さえも残らない。


 甲虫は、そんな夢を見た。偉大な精神と知性とが、時空を飛び越えて見せた、過去か未来の情景だったのだろうか。甲虫は、ただ、その夢を見ている。

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