29.ブチブチ千切れる他繰り糸
私が指差した男の顔の表面は、真っ赤に膨れ上がっていた。
すると隣にいた黒子が慌てだし、男に何かを伝えようとした。
しかし男はそれを無視して激昂した。
「小娘が!偉そうに口ごたえしやがって!」
目の前にいるのが誰だかわかってるのか?誰もが知ってる大人気サーカス団の団長、ホルダーだぞ!
お前らごときが軽く口を聞いてるんじゃー」
すると横にいた黒子が男に何か耳打ちした。
「何?もうCM明けてる?」
そう言うと男は黒子を殴りつけ、カメラを手にした。
「わあ、なんということだ!?大丈夫か!?
く、くそ、緊急事態です。なんと彼らは突然頭がおかしくなったのか暴れだし、我々の大切な同志であるスタッフのカメラマンを……はあっ、殺した……!許せない、こんなこと……!」
捲し立てるようにそうしゃべりながら、私たちをカメラで映した。
「私は怒りで打ち震えています……みなさんもそうですよね!?
ですがご安心を。私たちには心強い味方がいます。出でよ、勇者!」
男はにたあっと笑みを浮かべ、指を引いた。
「きゃああああ!」
「なんだ!?」
後ろへ振り返ると、頭上にUFOを浮かばせたメガホン娘が、既に体中を白い紐のようなものでぐるぐる巻きにされていた。
彼女は一秒の間もなくこてっと首を擡げ意識を失った。
すると次の瞬間、私たち全員の頭上にUFOが現れたと思うとそこから照射された青白い光に包まれ、満員の観客に囲まれたコロシアムにいた。
観客たちはざわめいていた。
「放送事故だろ…」「ホルダーは大丈夫なのか?」
すると上空に男の巨大な虚像が現れ、両手を広げて観客たちに言った。
「この度は、皆様にご心配をおかけしてしまい大変申し訳ございません。
ですがご安心ください。想定外もありましたが、予期せぬアクシンデントやアドリブは時に芝居やショーのアクセントとなり、刺激を与えてくれます。ここからは目の前で、観覧をお楽しみください。
私の顔を傷つけた卑劣な犯罪者共を処刑するスペシャル解体ショーの開幕です!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!!!!!!!」
熱狂する観客たちは、耳をつんざくほど五月蠅い歓喜の叫びを上げた。
「羨ましい、私もショーに出てみたい!」
「チッ、悪いことしたのにショーに出れるなんて、ずるいだろ!」
「流石ホルダー!なんて寛大なんだろう!」
「さあ勇者よ、軍を指揮せよ」
ホルダーがそう言うと、周囲から無数の人影が飛び出し襲いかかってきた。
乱戦になった。
「なんなんだこいつらは!?」
目がうつろな彼らは、身体がスライムのようにグニャグニャだったり、猫のように跳びはねたり、薬瓶を投げたり、野菜を投げたりしていた。
なんだかんだみんな冒険者だからこそ、戦うか逃げるかぐらいはできそうな様子だった。
「む、無理よ!私はすみっこで隠れてるから……!」
しかし時々危ない場面もあり、私はそれをちょくちょく助けながら、この中で最も単騎での生存能力に難のありそうな聖女様といた。
「何故これほどの能力を持ちながらあんなやつに従っている!答えろ!」
そう叫びながら特異な能力者たちを蹴り飛ばしたカキの背後に、別の人影が迫っていた。
「しゃがんで!」
そう言いかけるとカキはすぐさま姿勢を屈めた。
「ビチャアッ!!!」
私の口から、蜘蛛の巣のような粘質のオノマトペが放たれ、飛びかかってきた人を壁に吹き飛ばし貼り付けにした。
私は答えた。
「催眠スキルじゃない?目もあからさまに『催眠されちゃった♡』って感じだし」
「いや、違うはずだ。こいつらはリアルタイムでこちらの位置を把握し、攻撃に対応している。
確かに瞳の紋章こそ瓜二つだが、事前に対象にさせたい行動を指定する必要がある催眠系統のスキルとこれは似て非なる別物だ。」
捜査官はそう言った。
「なんでそんな催眠に詳しいのさ、意外とスケベなの?」
周囲からの攻撃に対応しながら会話する。
「ふざけるな!催眠スキルを悪用した犯罪は後を経たない。嫌でもいろんなスキルの仕様に詳しくなるものだ!」
「っ!?ピスカ!!」
つい目を離してしまった。その瞬間に聖女様にビームが突撃してくるのが見えた。
すると彼女は大きな虫眼鏡を取り出し前に突き出した。
ビームがグラス面に直撃。
それとともに虫眼鏡は割れるが、ビームは屈折。そのまま地面に激突し爆発、パイナップルジュースのようなベタベタとした黄色い火花がブシャアっと散って雨になった。
そのビームに、私は見覚えがあった。
「このエネルギー波は、まさか………!」
歓声が上がった。
「うおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
「パイン!パイン!パイン!パイン!」
そこに立っていたのは…………勇者パーティの武闘家、ナップルパイン。
以前の布人形の身体と違って、本物の人間と遜色ない精巧なディティールの姿だったが、彼女だとわかる見た目をしていた。
それなのに。
以前よりしっかりとした立ち姿をしているのにもかかわらず。
彼女の姿をしたそれからは、以前と違ってまるで生気を感じなかった。
私は驚いた。そして、自分でもびっくりするくらいの震え声が出ていた。
「なあ、さっきのオノマトペは、冗談で出したんだよ。
メガホンっ娘ちゃんを最初に縛ったやつ…………似てたからさ、あのスキルに……」
そして偶然であろうか。
皮肉にもパインがまき散らしたジュースによって、今までは目視できなかった蜘蛛の糸が、人影たちを操っているその糸が見えるようになった。
私は素早く息を吸って、すぐに吐いた。
「メラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラ!!!!!!!!!!!!!!!!」
私が放ったオノマトペの勢いで糸はブチブチと千切れ、操られていた人たちはばたりと倒れていった。
がしゃんと大きな音を立てて、巨大モニターが崩れ落ちる。
そしてしまいに、上から一人の人影がどさりと落ちてきて地面に激突した。
それは以前洞窟で出会った、勇者の肉体に他ならなかった。
観客席からは、ブーイングが飛び交っていた。
「あぶねえだろ!何やってんだちゃんとしろよ!!」「え、これ本当にやばくない?道具あんな派手に壊しちゃっていいの?」「流石に演出用でしょ、今回すっげえな、大胆で!」
「…………………」
勇者の挙手頭足に括られた紐の先は、上空から垂れていた。
それを握ってこちらを見下している男を、私は見上げて絶句した。
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